28:Shadow in the Alley
しばらくは穏やかな日が続いていた。
ロウからの連絡もなく、2週間が経ち、さらに2週間もすればNC高も1.5か月程度の長期の休みに入る。
管理され、ある意味ではルーチン化されているともいえる学習により外部刺激の希薄さや、疲労による学習効率の悪さを考慮して導入されている。
とはいえ前後の一週間には補習とは名ばかりの通常の授業があり、さらに成績の悪い者、居眠りペナルティなどで学習時間が担保されていないと判断された者はコマが追加される。
そうでなくても、気のゆるみによりおざなりになった生徒は痛い目を見るため、うかうかはしていられないということで若干の緊張感が残っている。
ライラは特別成績が悪い方ではないが、例によってPSIの疲労による居眠りや遅刻が多いため、補習がいくつか追加されている。
補習日程が埋め込まれたスケジュールアプリを消して端末を閉じる。
「はぁ……。 補修はあるし、ロウの話もあるし、案外休めないかも……。 サイアク。」
「でも最近は何も連絡が来ないな……捕まったりでもしてればいいんだけど。」
ベッドに横たわりながら呟くと、久しぶりの通知音。
「げっ……言ってるそばから……。」
端末を手に取り、受信画面を開く。
のそのそと起き上がり、大きく欠伸をする。
寝不足のせいで髪はまとまらず、上着の前もきちんと閉める気になれない。
ライラはそのまま部屋を出て、彼のもとへ向かった。
ロウの住居ブロックに着くと、いつもの扉に手をかざしてパスコードを入力する。
ロックが外れ、機械音が短く鳴った。
「来たか。 ……ボサボサじゃねぇか。お昼寝中だったか。」
「別にいいでしょ。 来たことに喜んで欲しいくらい。」
ロウは腕端末を机に投げ、薄いホログラムのウィンドウをいくつか並べた。
「今回はストーカーの撃退だ。被害女性は警備隊に頼んでるが進展なし。
それどころかエスカレートしている始末だ。 優先度がどうしても低いからな。 そこで、“直接、痛い目を見せてくれ”ってさ。」
「警備隊も頼りないね。 いつものことだけど。」
ライラは椅子に腰を落とし、乱れた前髪を耳にかける。
「ただのストーカーなら、こっちに回ってくる前に片づくでしょ。」
「そこが違う。被害者は用心棒を雇ったが、逆に叩きのめされて入院中。腕が立つ奴じゃないとダメなのさ。 ウチの評判が上がっているってことよ。」
「そういうことね。」
「さて、依頼の詳細だが……」
ホログラムに、夜間の尾行ルートと時刻のヒートマップが浮かぶ。
「出没時間は二十二時前後。被害者の帰路に沿って現れる。
今日はお前が護衛に入って、依頼人を尾行してくれ。 ストーカーが現れたら合図を送る。」
「なんか二重ストーカーみたい。」
「まさか奴も追い回されているとは思うまい。 ……お前ももう少しケツがでかけりゃ……おっと!」
ライラがロウの頬をビンタしようと腕を振ったがロウは後ろに跳んでよけた。
「へっ、そういつもやられる俺じゃ……」
ロウが言い終わる前に目にもとまらぬ速さでつかみかかり、床に転がして横三角絞めをかます。
「……ぬぉおお! ギブギブギブ!!」
「くたばれ。セクハラオヤジ。」
「悪かった! お前は十分セクシーだって!」
「余計キモイ! てかそういう
ロウが窒息しかけて抵抗が弱まったところでライラは足をほどいた。
「ぜぇ……っ!ぜぇ……っ!」
「……犯人もこんな風にすればいい?」
「ゲホ……ゴホ……好きにしろ……。」
ライラは立ち上がり、フードの縁を指で整えた。
出口に向かいながら、ライラは一度だけ振り返る。
「じゃ、合図よろしく。」
ロウはうつむき呼吸を整えているためライラを見ていないが、親指を立てるハンドサインをだして返事した。
――ただのストーカー退治。それだけ。
この時はまだライラはそう思っていた。
薄暗い裏通り。
予定の時刻となり、空気が重たい。
遠くを走る搬送ラインの音だけが微かに響いている。
照明のちらつきが、古びた広告看板を歪ませていた。
イヤモニから、ロウの声が届く。
『先にいるスーツの女が依頼人だ。おそらくこの後、犯人が来るはずだが......』
ライラは路地裏の陰に身を潜め、依頼人を視界に捉える。
『……ああ、来たぞ。 そいつだ。』
ロウの声とほぼ同時に、ライラの目が暗がりの奥を捉えた。
細い路地の向こうで、影がひとつ、街灯の明滅に合わせて揺れている。
厚手のジャケットのフードを深く被り、歩幅を合わせるように依頼人の背後を進む。
何気ない歩調――だが、その距離はじわりじわりと詰まりつつあった。
『よし、そのままぶちのめせ!』
「ん。」
依頼人の足取りが、路地の奥で急に速くなった。
背後から近づく影が、まるでそれを追い立てるように歩幅を広げていく。
男の靴音が、鉄の壁に反響し、湿った通路全体を震わせた。
ライラは物陰から身を乗り出す。
照明の切れた細い路地。
そこは人ひとり通れる程度の広さ、逃げ場はどこにもない。
依頼人は息を切らしながら、スマートキーを取り出そうとしていた。
だが背後から伸びる手が、それより早く彼女の肩に迫る。
「……っ!」
刹那、紫電が走った。
ライラの足元の空気がわずかに歪み、次の瞬間にはすでに地を蹴っていた。
間合いを詰める――
男の右腕が女性に伸びきる寸前、
ライラの拳がその肩口を正確に撃ち抜いた。
「うおっ!?」
鈍い衝撃音。火花のような閃光が散り、男が倒れ込んだ。
女性が悲鳴を上げた。
「逃げて!」
ライラの声が鋭く響く。
女性は我に返り、バッグを抱えたまま駆け出していった。
ヒールの音が遠ざかり、残されたのはライラと、呻き声を漏らす男だけ。
「……アンタがストーカー、で間違いないね」
「チッ、なんだてめぇ……!」
ライラはすでに構えていた。
紫電が彼女の手足を淡く照らし、視界の隅で壁に映る影が不安定に揺れている。
「追いかけまわすくらいなら正面からいきなさいよ。このヘンタイ!」
「ハッ。お嬢ちゃんが俺に説教か? いい度胸だな……!」
(さっきのパンチが効いていない……? 確かに綺麗に入ったはず……)
一抹の不安がよぎる。
「……手加減する気はないから。」
(この人……いや、違う。 あの感覚とは別……)
「子供は守備範囲外だが……なかなかいいツラしてんじゃねぇか。 たまには悪くない。」
品定めをするようにライラを見つめ男が嗤うと、右半身をライラに向け、右腕を構える。
ライラは冷たい空気を切り裂きながら、迎え撃つように足を踏み込んだ。
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