13:Two Factors
ライラとロウは短くうなずき合い、手早く行動を分けた。
まだ体調は万全ではない。
ダリウスの言っていた解毒剤を投与し、薬の効果を打ち消す必要がある。
「……解毒剤を探す。あんたは外を見張って」
「了解だ。何かあったらこの回線で連絡を寄こせ」
ロウが差し出した小型端末を受け取る。既存の回線に割り込まれないよう改造された、彼独自の通信機だった。
「これなら探知もされねぇ。いつでも呼べ」
「助かるよ」
薄暗い廊下を進み、奥の部屋へ。棚には雑多な薬瓶や器具が散乱し、床には使い捨てのインジェクターが転がっている。嫌な予感を抱えつつも、ライラは引き出しを片端から開けた。やがて見つけたのは、封を切られていない銀色のケース。内部に整然と並んでいたのは解毒剤用のカートリッジだった。
一本を取り出し、自らの首筋にあてる。針が自動的に刺さり、冷たい液体が体内に広がった。しばらくすると胸の圧迫が和らぎ、痺れていた四肢に力が戻ってくる。まだ完全ではないが、立ち上がるには十分だ。
「……これで、何とかなるかな…あとは、アイツを……」
息を整え、広間へと足を向ける。扉を押し開いた先に、待ち構えるように立っていたのは――巨躯の男、ダリウスだった。
広間に重い靴音が響いた。
「見張りが戻ってこないから様子を見にきたが……しぶとい奴だな」
姿を現したダリウスは肩を揺らしながら、面白そうに笑った。
ライラは睨み返す。
「最高に最悪だったわ。……私で最後の被害者にする」
「へぇ。気合は十分ってか。だが――」
ダリウスはわずかに首を傾け、目の奥に冷たい光を宿す。
「何度やっても同じだ」
二人の視線がぶつかり合う。静寂を切り裂くように、ダリウスが足を踏み込んだ。
ライラは即座に構える。
勢いよく迫るダリウスの攻撃を、身体をかすめつつも躱す。
ライラは対策を練っていた。今の体調では先の戦闘のように打ち合いや回避だけでは無謀だった。
掴ませない、受け止めない。距離を保ちながら攻防を続ける。
突進してくる拳を滑らせ、体を斜めにずらして受け流す。壁際まで追い詰められても、跳ね返るように蹴って角度を変え、反撃の機会を狙った。
そして完全に受けに回るわけでもなく、隙を見つければ拳や蹴りを打ち込む。
しかし鋭さや重さが足りない。
片腕でいとも容易く弾く。
「どうした? もうキレがねぇぞ」
挑発が飛ぶ。だがライラは息を整え、返す言葉を飲み込む。無理に応じるより、動きを観察することが先決だった。
ダリウスの攻撃のうち右腕からはまだ来ていない。
いつでも必殺の一撃を放つ準備をしているのか、それとも……。
(あの時の蹴りが効いている?)
彼の右腕はまだ完全ではないのか、振り抜かれる一撃に鋭さは欠けている。だが質量が乗れば十分に致命的だ。ライラはその力を逆手にとった。
踏み込んだ瞬間、彼女は相手の動きに合わせて身を預ける。
腕を避けつつ、その首を抱え込むようにして体をひねった。
「うおおおっ!?」
ダリウスの巨体が宙に浮き共に勢いよく回転し、床へ叩きつけられる。落ちた音が広間に響き、振動が足元を伝った。
ライラは肩で息をしながら、再び構えを取る。
まだダリウスは起き上がれていない。
思い切り踏み込み、右足を振り上げた。
ダリウスはとっさに腕を交差させ防ぐが、低空を滑るように吹き飛び、――着地する。
「ちッ......やるじゃねぇか」
床に膝をついたダリウスは、苦笑を浮かべながらゆっくり立ち上がる。その瞳には、ますます獰猛さが宿っていた。
ライラは相手の巨体を逆手にとり、投げや崩しで少しずつダメージを与えていった。だが、それ以上に消耗は速い。息が荒くなり、汗が額を伝う。
「はぁっ…はぁっ…!」
蹴り足を掴もうとするライラにフェイントをかけた。
寸前で止め、逆回転し足を狙う。
「くっ!」
バランスを崩され、何とか耐えるが、背中ががら空きになった。
「掴まえたぜ!」
大きな腕が唸りを上げる。避けきれず、背中をがっちりと掴まれた。骨が軋む感触に、冷や汗が背筋を走る。
「これで……」
「!!」
咄嗟に膝を折り、顎めがけて蹴り上げる。鈍い音が響き、ダリウスの顔がわずかに反る。その隙に腕を振りほどき、転がるように距離を取った。
「ぜぇっ…!ぜぇっ…!」
(危なかった……!!)
――距離を保つ理由は二つ。ひとつは、攻撃を受けても致命打を避けるため。掴まれるのも、浮かされるのも駄目だ。
だが、もう一つは逆に……彼の必殺を真正面から受けなければならないから。
「クク…しぶとい奴だ。だがいつまでもつかな?」
(あまり効いていない……!)
ライラの呼吸が整う前にダリウスが踏み込み、床を割るような力で蹴りを放つ。ライラは両腕を交差させてガードするが、衝撃で宙に弾き飛ばされた。
「しまった……!」
空中、逃げ場はない。ダリウスの右手が構えられ、淡い橙光が走る。
直後、金属音が割り込んだ。何かが床を転がり、火花を散らす。
「――ッ!?」
ダリウスの視線がそちらへ逸れる。ライラはその一瞬で体勢を崩し、直撃を免れた。
「危なかった……」
荒い息を吐きながら着地する。ロウの影が視界の端にちらつく。助け舟だ。
だがライラの胸中には、別の感覚が芽生えていた。
――今の一瞬、確かに“何か”を掴みかけた。彼の手に宿った光の流れ、その構造……。
あと少し。もう少しで届く。
ダリウスが動いた。
「邪魔が入ったか。」
「これでもうひとつ貸しだぜ…って…うおっ!」
「ロウ!」
ダリウスはロウのいた柱の裏へ周り、右手をかざした。
彼にとっては突然ダリウスが現れたように見えただろう。
「あばよ」
しかしライラは駆け出し、跳び蹴りを放った。
ライラの蹴りを受け止めたダリウスは後方へ滑った。
「おお…助かったぜ」
「これで返しね」
「下がってて、私が何とかする……!」
「お前ら、生かしては返さないぜ……!」
ダリウスが怒りに震えている。
ライラは解毒剤が全身に巡り始めたのか、途切れ途切れだった呼吸が次第に整い、足取りに再び力が宿る。ライラは拳を握り直し、真正面から歩み出した。
ダリウスの唇が嘲るように歪む。巨腕が薙ぎ払われ、床が砕ける。
ライラは紙一重でかわし、足払いを仕掛けるがはじかれる。
掴みに来る腕を肩で受け流し、逆に肘を打ち込む。互いに一撃ごとに火花のような衝撃を撒き散らしながら、応酬は続いた。
疲労やダメージは蓄積しているはずだ、だが、ライラの攻撃はダリウスの力に追いつきつつあった。
(こいつ…力が増してやがる!だが俺の方が上だ!)
しかし元々の体格差はどうしても克服できない。
徐々に戦局はダリウスに傾きつつあった。
(このままじゃさっきと同じ……はやく”見せて”!)
(もう少しで、何か……!)
ライラは距離を測り、あえて攻撃を誘った。
彼が腕を伸ばした距離と同じ距離感。
「終わりだ!」
眼前に突き出された右手。橙光がほとばしり、空気が圧縮される音が耳を裂く。
ライラはこれまでにないほど集中していた。刹那、視界が歪んだ。
――時間が遅くなったかのように、すべてが見える。
腕の筋肉の収縮、皮膚を走る熱の揺らぎ、内部を流れるエーテリオンの線。圧縮された力が一点に集まり、解放されんとする流れまでもが。
(なに……?……見える!)
ライラの手が伸び、放たれる直前の右手を掴んだ。ほんのわずか、軌道を逸らす。
爆音。爆風が横に弾け、壁を抉った。
髪が煽られ、耳鳴りが残る。だが直撃は免れた。
「避けただと…!?」
ライラは後方へ飛び退き、深く息を吐く。心臓は激しく脈打っていたが、その鼓動さえも研ぎ澄まされた感覚を加速させている。
――流れは把握できた。
さらに、これまで以上にエネルギーが漲っているのが分かる。
纏う紫電は濃くなり、髪や眼も発光が強くなっていく。
あとは一か八かで、この力をぶつけるだけ。
ライラのもう一つの目的は果たされた。彼の必殺技を、間近で“見た”のだ。
ライラは椅子に縛られていた時にダリウスに語った言葉。
――あの時は、すべてを伝えきらなかった。
"PSIそのものについてはよくわかってない"
だが、少なくとも”生体エネルギーとエーテリオンが深く関わっている”ことだけは、A.R.I.Sで受けていた説明で理解していた。
そしてもうひとつ。PSIは持ち主の意思に呼応し、エネルギーの形を変えて現れるのだという仮説。
自分の力が正確に何を生み出せるのかは、まだ掴みきれていない。だが、もし本質が同じなら――あの爆発のように、自分にも似た現象を起こせるはず。
ライラは目を閉じ息を吸い込み、両腕に意識を向ける。
(いける……!)
漲るエネルギーが血流を逆巻くように奔流し、紫電が走った。
彼の放った必殺、
あれと同じように――ライラは両腕に力を収束させた。
「次は外さねぇぜ……!」
チャンスは、一度きりだ。
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