第19話 成し遂げられなかったこと

「――やり直す……?」

 そんなこと。できたら、とっくに――!


 怒鳴りたくなった心は、悪魔の瞳を見て、萎む。


 悪魔は、悲しげな目で――それこそ絶望を見たことがある人にしかできない瞳で、私を見ていた。

『ああ、そうだ。……お前なら、できる』

 お前なら、できる。


 まるで、励ましのような言葉。

 でも、私はその言葉にひっかかりを覚えた。


「……悪魔は」

『?』

「悪魔、は……」


 この先を言っていいのか、迷う。言うことによって、これから先の私たちの関係そのものが変わるような気がしたから。


「神、だったんでしょう……?」

『………………ああ』

 三拍ほどおいて、悪魔が頷く。


「だったら、色んなことを見てきたのよね」

『……そうだな』


 悪魔が見てきた、色んなもの。それが、どんなものか想像もつかないけれど。


「悪魔は――」

 悪魔を見つめる。どこまでも深い赤の瞳は、この世界では有り得ない色彩だ。

「神だった悪魔でも、成し遂げられなかったことが……あるの?」


 悪魔の瞳が揺れる。


 今も涙ひとつも流していないし、泣いたところは見たことがない。


 でも、確かに悪魔は、泣いているように見えた。

『ソフィア』

 悪魔が私の名前をゆっくりと呼んだ。

 私は小さく頷いて、悪魔の言葉の続きを待つ。


『成し遂げられなかったことが、あるか、と聞いたな?』

「……うん」


 悪魔は、細く長い息を吐きだした。

まるで、人間のようなその仕草に、一瞬だけ誰かが重なって見えた気がした。

『……ある』


 ……そっか。あるんだ。


『だが――このことについて、これ以上、語るつもりはない』

 その言葉には、悪魔の強い意志がこもっていた。


「うん……わかった」

 私は頷くと、剣をずっと持ったままだったことを思い出し、鞘に納めた。


「悪魔、私は、心臓集めをやめる気はないよ」


 言葉にしてはっきりとわかった。悪魔らしくない提案は、確かに魅力的だ。

 私がもう心臓集めをやめて、リッカルド様との学園生活をやり直して。


 なぜだかはわからないけれど、現時点ではメリア様とうまくいっていないリッカルド様なら、もしかしたら、私を見てくれることもあるのかもしれない。


 でも……。


「私は、リッカルド様とどうにかなるつもりはないの。ただ、あの人が、生きていてくれる世界を作れたらそれでいい」


 私の返答に悪魔は、大きくため息をついた。

『あの男が……それを望むとは思えんがな』

「悪魔ってば、わりと知ったかぶりなのね」

 思わず、小さく笑う。

『なに?』

 悪魔が、戸惑ったように片眉をあげた。

悪魔のそんな顔を見ることは珍しい。


 ……可愛いところもあるのね。


 笑いながら、悪魔にいう。

「だって、私は、厳密には同一人物じゃないかもしれないけれど、リッカルド様と夫婦にもなったのよ。そんな私より、悪魔の方がリッカルド様を知っているわけないじゃない」


 まぁ、お飾りの妻だったけどね!


『……そうだな』


 悪魔は、絶対に納得していない表情で頷き、続けた。

『もうじき、暗くなる。寮に戻るがいい』



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