第6話 自由な生活って最高だな!!!

 俺が別人に転生してから一週間ほどが経過した。あれから俺は勇者シドウ・ユウジとしてではなく、ノートリア村の村人のゼルンとして生活している。


 村での主な生活サイクルは朝に起きて家畜の餌やりや掃除なんかの世話、そこから朝飯を食って軽く剣の素振りや石の投擲練習、筋トレなんかをこなして休憩。

 昼頃には本格的に鍛錬をしながら休憩時間に昼飯を食べて、夕方に買い物をして、この村の自警団隊長をしていて帰りが遅くなるオスカーの為に俺が夕飯を作るというサイクルらしい。


 勿論冷蔵庫や電子レンジ、ガスコンロのような便利な機械があるわけもなく、火を起こすのは火打ち石と薪でかまどを使っての調理だ。ちなみに飯の大半は干し肉やパン、シチューといったメニューがほとんど。まあこの辺は前世の豪勢な食事に比べたら劣るものの、野営なんかではよく食べていたから懐かしいもんだ。


 だが正直に言うと、これを毎日欠かさずやるとなると俺としては投げ出したくなる。できることなら一日中家の中で過ごしたいからな。

 しかしこのルーティンはゼルンの身体が覚えているのか、ごくごく自然な流れで毎日こなしている。


「転生してからどうなるかと思ったが…なんだかんだ順応してるな、俺」


 最初の方こそキツイと思っていたが、慣れてしまえばここでの生活は悠々自適なもの。勇者としてでは絶対に味わえない田舎での自由な生活に俺は満足していた。


 余談だがキラーベアが攻めて来ていた時の村の損害だが、村を囲う柵の一部が破損していただけで村人は幸いにも誰一人死んでいなかったようだ。


 そんな俺はと言うと近くの川で釣りをしており、小さな木製のバケツには鮎のような魚が3匹釣れていた。


「いやほんと、自由な生活って最高だな!!!やらなきゃいけないことはあるけどそれ以外は自由だし…ここは田舎だけど景色は綺麗だし、勇者時代の忙しさに比べれば平和でのどかな日常じゃねぇか」


 あの日からこの村のことや世界のことなんかをあらかた調べてみた。ここは俺が勇者として戦っていた世界で間違い無いようで、俺の元々いたディロード王国の王都から遠く離れた田舎にある辺境村だそうだ。


 そしてこれが一番驚いたのだが、俺が死んでからこの世界では5年ほどの歳月が経っていた。俺が魔王を倒してから世の中は平和になったものの、ここ数年で亜人や人間の国同士との諍いがまた増え始めているらしいという事、この国の時期国王争いが始まりそうな事などを父親のオスカーから聞いた。


 しかし田舎の村故にそれ以上の情報は調べられず、亜人との諍いの話のことだが元々人類と亜人との間には軋轢があったのもあって、特に気にしていないけどな。そのせいで俺が元仲間たちに殺されかけてたわけだし…。


 それと王位争いの事だが…まぁ十中八九長男の王子で俺の友だったルドラが王になるだろ、むしろ弟の方が王になったらこの国を無能な政策なんかの意味で滅ぼしかねないと俺は思うがな。


 よく俺の仲間達のこともいやらしい目で見てたような記憶があるし、優秀な兄と違って色ボケ王になることは間違いないわ。


「さてと…もう俺には一国民として以外なら関係ないことだし?そろそろ釣りはもういいから、ついにあそこの訓練場に行きますかねぇ」


 座っていた橋の淵から釣竿とバケツを持って立ち上がり、森の中にあるオスカーが作った訓練場に足を運んだ。


 獣道を歩いていくと綺麗に開けた部分があり、周囲の木々には紐で縛られた枝がいくつもぶら下がっている。

 中心部分にはとても太くて大きな大木が佇んでいて、恐らくゼルン以外の人間にも長い間斬り付けられていたのだろう、太く頑丈な幹には多くの剣で受けた傷跡が残されている。


「初めて…じゃないな、ここに来るのは。多分前の俺が修行しに来てたんだろうな……………よし、いっちょ転生後の肩慣らしと行こうかぁ!!!」


 俺は持っていた釣竿と魚が入ったバケツを近くに置き、中央に生えている大きな大木に近付く。

 その大きな木の周りには日光が遮られているせいか、地面がむき出しになっており植物は一本も生えていない。


 木の根元まで近づくと少し影になっており、上を見上げれば雨宿りができそうなほど枝葉が生い茂っている。


 その場所まで歩を進めた俺はペシペシと軽く大木の幹を叩いた後、静かに腰に下げていた木剣に手を添えて構える。


「この身体で一体どこまでやれるか…俺自身も把握しておかねぇとな」


 前世の俺のメイン武器は聖剣だった。しかし元をたどれば所詮平和な世界で剣なんて持ったこともないズブの素人、そんな俺がなんの知識も筋力も無い状態でいきなり剣を扱ったところで、異世界の住民が命をかけて洗練して来た技術を上回れる訳が無い。冷静に考えれば分かる事だ。


 聖剣もただの物質、俺の戦いをアシストしてくれるような効果もなく…何か神からもらったチート能力なんてものは存在しないこの世界で生き残るためには、俺自身が心身共に己を…技術を一から鍛え上げ、強くならないといけなかった。


「さてと……このくらいならかな。…………『聖鎧気纏いホーリーオーラ』『斬れ味上昇』『一点集中』『拡散風刃』…戦技・居合――――――抜刀!!!」


 限界まで集中力を込め、勇者の力の証である『聖鎧気纏いホーリーオーラ』も木の刀身に纏わせる。ザワザワと木々の葉が揺れる音だけが耳に入る時間を数十秒過ごし…刹那――――――俺は全力で木剣を腰から振り抜く。


 手には木剣が折れる感触、それとともに一瞬激しい光に包まれた。そしてそのすぐ後、俺が目の前の大木を軽く押すと、大木はグラッと大きく傾いていき―――ドオオオオオン!!!………と大きな音と土煙を立てて横方向に一本の線を走らせ、大木は真っ二つに斬れてしまった。


 そして近くの木々に縛られていた枝も、カランカラン…と全て同時に斬り落とされる音が時間差で聞こえて来る。


「…やっぱ元の身体じゃないから完璧とは言えねぇな。これくらいの木を真っ二つにする程度で木剣を折っちまうとは…また修行し直しだな」


 自分の手元を見ると手に持っていた木剣が中ほどから折れており、折れた剣先が俺の足元に転がっていたのでしゃがんで拾い上げる。


「さてさて…この大木を斬り倒した後だっていうのにビビって逃げる気配もなく、俺のことを見ているがいるなぁ!?出てこいよ!!」


 木々の隙間を見ながら俺が声を張り上げると、グルルルル…と唸り声をあげながら俺の目の前に赤茶色の毛皮を纏ったゼルンを殺した元凶、キラーベアが姿を現した。

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