第11話「鎮魂のための新たな翼」

 翌日――空見機長は二一型を除いた隼隊、そして一式戦はとある建物に呼び出された。


 真っ白なコンクリート造りの建物。整備棟の隣に佇むその建物は、機長が配属初日に唯一見学できなかった研究所であった。


 「ここが研究所か……綺麗なところだね」


 「最近できたばかりらしいですからね。スカイフェアリーに関するいろんな研究をしてるって、聞いたんですけど」


 「スカイフェアリーって、まだまだわからないことがいっぱいありますからね……! アグレッサーの分析とかもここでするんですかね?」


 五二型と烈風が辺りを見回しながら呟く。通路から見えるいくつかの研究室には、白衣を来た研究者たちがシミュレーションやデータ分析を忙しくしている様子が見えた。


 「きっと、あの六二型とかいうやつに打ち勝つための秘密兵器があるに違いないわ! だからエースを集めてここに連れて来たんでしょう?」


 一式戦が興味深そうに研究室を覗きながら言う。よほど負けたのが悔しかったのか、六二型を倒すという意気込みが強かった。


 「ねぇ三二。一夜明けて、落ち着いた?」


 機長が小声で三二型に訪ねる。三二型は落ち着き払って口を開いた。


 「ああ、大丈夫。帰った後、自分で気持ちにケジメつけたからな」


 「……そっか、よかったよ」


 昨日の事を思い出して恥ずかしくなったのか、三二型は顔を赤らめてそっぽ向いてしまった。そんな彼女の乙女心を、機長は微笑ましく感じていた。


 やがて指定された部屋へたどり着く。そこは様々な機械やモニターが鎮座しており、辺りにはなにかの部品などが大量に散乱していた。


 すると、ひとりの白衣を纏った男性が機長らを迎えた。


 「……こんにちは。隼隊と64部隊のみなさん」


 ボサボサの黒髪に、メガネをかけたクマのある目がなんとも不健康そうな若い研究員。だが顔は、一瞬性別に迷うほど中性的な見た目であった。


 「私はこの研究所の飛行ユニット開発部門の主任技師をしております、『堀越 生次ほりこし しょうじ』と申します」


 「こんにちは、隼隊担当機長の空見です」


 軽く挨拶をすると、突然どこかから怪しげな声が響いた。

 

 「やぁやぁ、よく来てくれたねぇ〜」


 どこからともなく、同じく白衣を来た少女が短い銀髪を揺らしながら現れた。どこか気だるけで、ダウナーな印象だが、その瞳には何かただならぬ好奇心を感じられた。


 「おい研三。今日はテストフライトの予定が入ってるんじゃなかったのか?」


 「客人が来るというのに、どうしてテストフライトなんかに行けるんだい? 私の研究を見てもらわないなんて、もったいないじゃないか」


 「おっと、紹介が遅れてしまった。私はこの研究所で働いてる研究助手のキ78『研三けんさん』だよ。日本最速の機体……そう呼ばれることもあるねぇ」


 どこか自信ありげに自己紹介した研三を横目に、堀越は軽くため息をついた。


 「ということは、君もスカイフェアリーなの?」


 「そうさ。直接戦わなくとも、防空学園にはいろんな形でスカイフェアリーたちが関わっているのだよ」


 研三を見た空見は、防空任務以外にもスカイフェアリーたちが日常に溶け込んでいることを再認識させられた。


 「さて、今回来てもらった理由なんですが……みなさん、数日前の妖精型アグレッサーによる襲撃の対応に当たったんですよね?」


「はい。でも、実力と性能が足りなくて……ボロボロにやられちゃいました」


 「相手は強大な戦闘力を有する妖精型アグレッサー……ユニットの性能差はあまりなくとも、相手の技量は凄まじいものでした」


 「なるほど……やはり一筋縄ではいかない相手なんですね」


 堀越技師は顎に手を添えて考え込むような仕草を見せた。横では研三が早く何かを見せたがってるのか、こちらに熱い視線を寄せていた。


 「とまぁそういうわけで、司令部の方からスカイフェアリーたちの戦力増強に努めるよう指示がありました。今回ここへ来てもらった理由はそんなところです」


 「簡単に言えば、君たちの力をユニット換装で底上げしようって算段だねぇ」


 「ユニット換装……ですか?」


 五二型は疑問符を浮かべた。本来、ファーストエアフレームの機体は別のユニットを起動させることができないはずなのだ。それなのに、ユニットを入れ替えることなんて可能なのだろうか。


 「ユニット換装と言っても、まったく別の機体のユニットを身につけるわけじゃない。たとえば、同じ零戦五二型でも丙、乙、甲とバリエーションがあるだろう? そういうのに換装するのさ」


 「実際、同じ機体ならある程度起動実績がデータとしてあるからね」


 研三がフライトユニットについて熱弁する。5人はしばらく彼女の解説に聞き入っていた。


 「ということで、これから皆さんには新型のユニットを装着してもらいます。ずっとそれだけ使わなくとも、いつでも前のユニットに戻せるので安心してください」


 そう言って堀越技師と研三は4人を別室へと連れて行った。機長はしばらくの間、研究室を散策して暇をつぶした。


 「これ……」


 機長があるデスクに目を向ける。そこにあったのは、研三のフライトユニットの設計図に改良箇所が書かれた付箋を無数に貼り付けたものだった。そしてその端には――


 「目標、時速460ノット(約850km)」


 「世界最速の単発レシプロ機に。ジェットエンジンにも挑戦検討」


 「80年前の雪辱晴らす」


 「……努力家なんだな、あの子」


 機長はしばらく、彼女の意外な一面を眺めていた。


 ――すると。


 「さてさて空見機長、改修がおわ……」


 「って……君! な……何見てるんだね!?」


 研究室に戻ってきた研三が、自分のデスクを物色する機長を見て仰天した。何か恥ずかしそうに顔を赤らめ、慌てふためいた姿で機長をデスクから遠ざけようとした。


 「ひ、人のデスクを勝手に見物するなんて、君デリカシーがないんじゃないか!? もう! あっち行ってよ! しっし!」


 「何をそんなに慌ててるの?」


 「なんでもないってば! 何も見てないだろうね!?」


 「この目標時速460ノットって……?」


 「あーっ! うるさいうるさい! さっさと離れないかっ!」


 研三はプンスカ怒りながら機長をデスクから無理矢理引っ剥がした。


 「まったく! 研究所は機密事項の塊なんだから、勝手な行動は控えていただきたいね!」


 「ごめんね……ちょっと気になって」


 「(……笑うと思ったのに、笑わないんだ)」


 小声で研三はそう呟いた。機長の耳には届いていないようだが。


 「はぁ……なんの騒ぎだ?」


 わちゃわちゃしていると、堀越技師も部屋から帰って来た。顔を真っ赤にしてる研三を見た彼は軽く笑った。


「研三。もしかしてお前の『野望』がバレて恥ずかしがってるのか?」


「なっ……! 恥ずかしいだと!? そ、そんなわけないだろう!」


「ふふっ、どうだか」


「キーッ! なんなんだよ君たちは! 人をバカにするのがそんなに楽しいかい!」


 しばらくの間怒っている研三をなだめて、ようやく改修が終わった4人と顔合わせを行った。


 「ふぅ……すまない。少しばかり乱れてしまった。では見ていただこうか! 新しい翼を手に入れたフェアリーたちを!」


 「まずは……零戦五二型から!」


 研三が五二に型研究室へ入るよう合図をすると、彼女はゆっくりと機長の前に現れた。


 「ど、どうですか……? あんまり変わったようには見えないですけどね?」


 新しいフライトユニットを装着し、飛行服姿で出てきた五二型は、確かに外見上の変化はほとんど変わってなかった。いつもの見慣れた深緑のショートヘアに、シンプルなカーキの飛行服。飾り気のない実戦重視のデザインは、彼女の誠実な人相が垣間見える。


 ――だがほんの少しだけ、初めて会ったときより逞しく見えた。


 「まぁ小規模な改修だから仕方がないだろう。手を加えたのはユニットの方だからね」


 堀越技師がユニットの状態を確認しながら呟く。


 「今回君には零戦五二型乙のユニットをつけてもらった。甲はあんまり差が少ないから飛ばさせてもらったよ」


 「機首の九七式7.7mm機銃を撤去し、三式13.2mm機銃を一丁取り付けた。一丁の差だが火力増強が見込めるだろう」


 「そしてユニットの防弾ガラスの強化と後部に装甲板を追加……防御力も底上げされてるよ」


 新しいユニットに、五二型は満足げな表情を見せた。


 「さて、ドンドン行こうか。次は烈風一一型だ! 入りたまえ!」


 次に来たのは烈風一一型だった。やはりあまり外見の変化がない。五二型にそっくりだが、若干明るい深緑のボブカット。明るげな見た目とは裏腹に、自尊心が低い彼女の性格は実機で実戦を経験していない試作機だからだろうか。


 「えー、五二型と共に見た目の変化は少ない……というか型番も変わってないんだよね……」


 「えっ? じゃあどこが変わって……?」


 「武装を変更させてもらった。君の武装は試製烈風と同じ20mm機銃と13.2mm機銃が2門2丁ずつだった。それを量産型の構成である20mm機銃×4門へ置き換えたんだよ」


 「おそらく君は、烈風一一型の試作機だったのだろう。1機のみ生産された量産型だけが20mmを4門装備していたからね」


 「20mm4門ですか……いい火力が出そうです!」


 五二型が見守ると、烈風は少し照れたように微笑んだ。どこか本当の姉妹のような空気が流れた。


 「さて、次! 次は一式戦だ!」


 名前を呼ばれると一式戦は待ってましたとばかりに、研究室へ駆け込んできた。


 「ふふっ……空見機長、これが新しい隼よ! しっかり目に焼き付けなさいよね!」


 むふんと意気揚々に姿を見せた一式戦。すぐに目に付くのは深緑だったフライトユニットの翼が輝かしいシルバーに塗装されていたことだった。それ以外はやはり2人と同じく特に変わらない。深緑のサイドテールに、一束だけインナーカラーで黄色に染めるアクセントが印象的だ。


 「彼女は試験的に違う型番のユニットを装備してもらったよ。うまく起動できればいいけどねぇ……」


 「これは一式戦二型のユニットです。エンジンをハ25からハ115に換装し、プロペラは2翅から3翅へ。武装も7.7mm2丁から12.7mm機銃二丁に強化されてます」


 堀越技師が淡々と説明する。一式戦は満面の笑みでユニットの翼を確認していた。


 「これでもっと強いやつにも打ち勝てる……! 実戦が楽しみだわ。ありがとう、研三と堀越技師!」


 「喜んでもらってうれしいねぇ、操作感が違うかもしれないけど、まぁなんとかなると思うよ」


 「ええ、なにかあれば電話で妹に聞くわ」


 「え? 君って妹いたの?」


 「当たり前よ! 2型と3型、2人とも関東中央基地にはいないけどたまに会うし」


 「待って……? でもユニット変えたら1型じゃなくなるんじゃ……」


 「そこは大丈夫。いつでも戻せるし、そのままでも一式戦二型、一型改修という扱いにすればオリジナリティは保てるはずさ」


 堀越技師に説明され、一式戦は納得したような仕草をした。


「さぁさぁ最後は零戦三二……型……って言っていいのかな?」


「どういうことですか?」


「いや……あの……その……取りあえず見ればわかるはずさ」


 ――部屋に入って来た三二型の姿を見た一同は、その姿に驚愕した。

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