第5話「魔法が解けた日」

 ――それは、今から3年前。私が高校生のことだった。


 当時17歳だった実来は、今と同じように静かな子であった。


 休み時間もいつもひとりで教室の隅で本を読むばかりで、人付き合いは苦手な印象であった。友達も、あまり多いとは言えなかった。


 そんな彼女にも、心を通じ会える数少ない親友が存在した。


 「ねぇミライ! 一緒にご飯食べよ?」


 「う、うん……いいよ」


 「わぁい! ありがとうミライ!」


 親友の名は『藤島 心都里ふじしま ことり』実来と同じ高校生二年生の同級生。いつでも明るく振る舞う子で、誰と接する時も忖度せず本心で向き合う性格からムードメーカーとしてみんなを明るくする天才だった。


 「ね、ねぇコトリ……私なんかと食べていいの? 私とあんまり話してても、楽しくないよ……?」


 「何言ってるのよミライ! そんなの関係ないわ、一緒に食べることに意味があるのよ!」


 「そうかな……?」


 キラキラした心都里の笑顔が、実来には明るすぎるほど輝かしいものだった。こんな根暗にも優しく誘ってくれるなんて、なんて優しい子なんだろうと、彼女はいつも思っていた。


 「うーん美味しい! あ、そうだミライ! 放課後空いてたらさ、一緒に駅前行かない? 買いたい服があるの!」


 「わ、私と?」


 「そう、それとも……今日は忙しい?」


 「いや……! 全然大丈夫だよ! 一緒に行こう!」


 どんな時でも、彼女は実来と一緒にいてくれた。それが実来にとって、どれだけ心強かったことか。


 ――だが、そんな彼女たちの日常は、ある事件を堺に永遠に崩れ去ってしまう。


 それは、12月中旬の、ある休日のことだった。


 実来と心都里は、いつものように街中へ遊びに行っていた。ちょうどクリスマスが近かったので、2人で毎年恒例のプレゼント交換会の品定めをしに来ていたのだ。


 いくらか店を転々とし、2人は大通りを歩いていた。


 「ねぇミライ。なにかいいやつ見つかった?」


 「うん……目星はつけたかな? まだ迷ってるけど」


 「私も、候補は決めてるわ。ミライに似合うといいんだけど……」


 心都里が選ぶプレゼントは、いつもオシャレで可愛くて、それが実来の冬の楽しみだった。この時身につけていたマフラーも、心都里がプレゼントしてくれたものだ。


 今年もきっと、2人で楽しくご飯を食べてプレゼントを交換して、夜が更けるまで笑い合う。そんなクリスマスになる……


 ――そう願っていたのに。


(ビービービーッ!!)


 「えっ!?」


 「なに!?」


 スマホから突然、不快な警報音が鳴る。周りの人々もその音に気づくと、慌てたようすでその場から逃げ始めた。


 「緊急避難情報。周辺地域にてカラミティが出現しました。身の安全を最優先にし、危険地域から即座に避難してください」


 「緊急避難情報。周辺地域にてカラミティが出現。命を守る行動を取ってください」


 カラミティという言葉に、ミライは身を震わせた。テレビで見た、街を破壊尽くす魔物や魔女の姿が脳裏に浮かぶ。この目で見たことはなかったが、度々ニュースで報道される被害を知っていた彼女は軽くパニックになっていた。


 「コトリ! 早く逃げよう!」


 「待ってミライ! 先に逃げてて!」


 「なんで!? 危ないよ! 一緒に逃げようよ!」


 「私、やることがあるから!」


 そういって心都里は実来の制止を振り切って、危険地域の方向へ全速力で駆けていってしまった。


 「そんな……なんで……!?」


 「……置いていけるわけない!」


 実来は恐怖に足がくすんだが、親友を放ってはおけず、危険を承知してコトリの後を追った。気がつけば、避難指示が出されていた危険地域の中心部まで来てしまっていた。


 「はぁ……はぁ……どこ行ったのコトリ……危険地域のど真ん中だよ……」


 「っ……!? あれ……!」


 物陰から顔を覗かせた実来の目に移ったのは、まるで真夜中のように思えるような真っ暗な空。不吉なその空に、彼女は言葉に表しがたい恐怖を感じた。


 ――しかし、その刹那。


(バァァァン!!)


 「きゃぁぁぁぁっ!」


 空が裂けたわけでも、闇が広がったわけでもない。空が“鳴った”のだ。金属が擦れるような悲鳴とともに、閃光が空を駆ける。


 そして目を開けた瞬間、雷の巨獣が街を駆けた。


 体長7〜8mほどの四足の獣型で、体表は金属質のように見え、まるで送電鉄塔や変電設備を組み合わせたような無機構造をしている。


 脊椎にあたる部分は帯電した雷光の柱のようになっており、そこから常に稲妻が放たれていた。そのカラミティが地に降りた瞬間。辺りの電気設備が一瞬にして停電、破壊された。


 この時現れたカラミティは後に、『ヴォルグレイヴ』と名付けられた。ブラックアウトクラスの危険度で、ブラックアウトの中では決して上位とは言えないが、辺りの都市インフラを壊滅させた『雷と電磁』の魔獣であった。


 「うそ……」


 実来はヴォルグレイヴの姿に圧倒され、物陰から一歩も動けなかった。あんなの、どんな人も倒せるわけない。絶望的な状態に、へたり込んでしまった。


 ――だが、さらに残酷な現実を実来は目撃する。


 「お母さん怖いよぉ……!」


 「大丈夫よ! きっと助けが来るわ! それまで耐えるの!」


 「親子が……!?」


 なんとその場には、逃げ遅れた親子が身を寄せ合いながら架道橋の下で震えていたのだ。荒れ狂うヴォルグレイヴの雷が真上の線路の電線を破壊し、火花が辺りに散っている。


 「どこにいるのコトリ……助けて……」


 ここで死ぬのか。未練や後悔が心の底から吹き出し、涙が溢れた。雷はどんどん強く、大きくなっている。


 「っ……!? こっちに来る……!」


 人の気配を察知したのか、ヴォルグレイヴが実来のいる方へ近づいてくる。実来は震える足に鞭を打って物陰から飛び出した。


 「やめて! 来ないでっ!」


 必死にカラミティの脅威から逃げようとする実来。だが、逃走経路はすぐに絶たれてしまった。


(ドォォォォン!)


 「っ!? 嘘でしょ!」


 全速力で走っていた実来の目の前に電撃が走ったかと思えば、電撃の跡に炎の壁が現れて彼女の行く手を阻んだ。もうどこにも逃げ場はない。


 「ぁ……ぁ……いや……死にたくない……」


 「ジジジッ……ジッ……」


 ヴォルグレイヴの鳴き声なのだろうか、放電音のようなものが聞こえる。ヴォルグレイヴの体に電気が蓄積されていき、今にも実来に牙を剥くところであった。


 「誰かぁぁぁぁぁ! 助けてぇぇぇ!」


 喉が張り裂けそうな声で、実来は空に向かって助けを求めた。よくよく考えれば、こんな状況に助けに来る人なんていない。そうわかってけど、叫ばずにはいられなかった。


 「……誰か」


 やがてヴォルグレイヴの充電が終わると、口元にエネルギーを溜めて実来に狙いを定めた。


 消し炭になる。もうだめだ、助からない。


 ――走馬灯が見えそうになった、その時だった。


 「はぁぁぁぁっ!」


(パシュッ!)


 「ジーッ!? ジジ……ジ……!」


 突然どこからか綺麗な弾幕が飛んできたかと思えば、その弾はヴォルグレイヴの顔面に直撃し、大きく怯ませた。


 「ミライ! なんで早く逃げなかったの!」


 「え……?」


 「こ……コトリ……?」


 その声は、いつも聞き馴染んでいた親友の声だった。だがそこにいたのは、白を基地に輝かしいアクセサリーをで彩った服を纏う魔法少女が立っていた。髪も金髪で、とても心都里とは認識しづらかったが、顔を見てようやく彼女だと確信した。


 「コトリ……その格好……」


 「……私は、魔法少女なの。いや、話してる暇はないね。早く逃げて!」


 そう言うと心都里は素早く空へ飛び上がり、ヴォルグレイヴに狙いを定めた。彼女の周りにはプリズムのような結晶が複数浮遊している。


「かなり強そうね……でも、『スパークル』はこんなので屈しないわ! 覚悟しなさい!」


トゥインクルきらめくスターライト星明かり!」


 スパークルこと心都里は手をヴォルグレイヴに向けると、プリズムから無数のレーザーが照射される。強力な火力を持つ魔法に、ヴォルグレイヴは苦しみの唸り声を上げる。


 「ジジジジッ!!ジーッ……ジジ……」


 ヴォルグレイヴはその巨体からは想像できないほど高速に動き、ビルの壁面を這いずりながら動き回ると、体から無数の雷槍を射出して心都里に襲いかかった。心都里に回避された雷槍がビルに突き刺さると、大爆発を起こして建物を次々と瓦礫にしていった。


 「私ひとりで……止めてみせる!」


 ブラックアウトクラスの危険度を持つヴォルグレイヴだが、高火力の光魔法を操る心都里とは相性が悪いのか、徐々に押され始める。しばらくして、胴体に隠されていたコアが剥き出しになった。


 「コトリ……頑張って!」


 実来は離れた所から心都里の戦闘を見守っていた。強大な敵にも臆せず戦う心都里に、実来は彼女を救世主かのように思い、応援した。


 ――さらなる崩壊が、彼女によって引き起こされるとは知らずに。

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