第3章 恋愛はご遠慮します!

第10話 世界

 

 琥珀の侯の放課後アフター、ノエルが私の席にだらけた姿勢で収まっていた。



「シャーリー、お茶終わった......?」


「作法の補習でしたら終えた所です。それよりも、そこは私の席ですよ」


「......ん!」


 私に伸ばした両腕の先にはいぐるみがぶらさがっている。


「どうされたのですか?」


「おねがい...」


「はい?」


 うるんだ目を向けるノエル。放課後アフターの私に何を課そうというのだ。


「......ううぅ...ぅぐっ...」


「え? ちょっと、誰か呼びましょうか」


「ふぐぅぅぅ...!」



 突然泣き始めた。


 当たり屋じみた迷惑さに一喝いっかつ入れて帰りたいのはやまやまだが、あろうことかスカートのすそを掴まれている。思わず辺りを見回すも、この時間帯の教室に救いの手は無い。熱心さを見せた作法の指導員に呪詛を送る。



「――なるほど。縫いぐるみの服飾の件で」


「ぼく......できなくて...」



 落ち着くまで放っておいてから話を聞いてみると、先日依頼のあった縫いぐるみの服の寸法サイズについてだった。魔法通信で送った書式を埋めることができずに泣いていたとのこと。


 実にくだらない理由に疲れが増加する。



「ノエル様は学院外から通われているのですから、採寸と数値の入力は御自宅の誰かに頼めばよろしいでしょう」


「クララが......ひとりでやらないと...ダメって」


 短慮な発言に搾り取られる私の労力。超人部屋の魔法空調から異臭がただよえばいいと思った。


「泣くほど取り組んでもできなかったのですよね。よろしければ、私が明日にでも採寸いたしましょう。私はクララ様から特に何も言われていませんから」


「いいの...?」


「私は大丈夫です。服を縫製するための材料費さえいただければ」



 補足するまでも無いことだが、材料費は割増しで請求する。






*****






 翌日の放課後アフター、私はノエルに拉致らちされた。



「シャーリー......やくそく...」



 などとのたまう怪猫に手首を握りこまれての連行。寝耳に水妖精ルーパーどころかキングヒドラだ。


 奴の細腕は私の枯れ枝よりは力があったようで、私は急流の川にのまれて滝に落ちた。なお、滝つぼはタイタニア家の魔馬車に通ずる。


 にぎわう正門広場だというのに、事なかれ主義の指示待ち人間街道を爆走する群衆は問題行為を止めに入らない。幅を効かせる魔馬車が引く荷室から覗く私が呆然と見送られてゆく。



「ぼくたちの、うちまで...おねがい」


「それは、ご迷惑をおかけするかと。採寸はどこでもできますし、学院に戻っていただいた方がよろしいのでは」


「だいじょうぶ...!」



 抱える縫いぐるみの腕を軽く上げながら答えるノエル。重たい私の心をものともせず、地天馬ガイアペガサスは猛進を続けた。






*****






 寮生活を営む能力を持たないノエルは、使用人と別荘に住んでいるとの話を聞いたことがある。一方、魔馬車から降りた私の眼前には、重厚な作りの屋敷が構えていた。学院生の別荘の定義は広い。



「ここ...ぼくのへや」


「ノエル様、山中山ヤーマナ・カーヤマ様、後ほど飲み物をお持ちしますので、どうぞごゆっくり」


「お気遣いなく。ノエル様、さっそく始めましょう。早く採寸すれば、それだけ早く製作に取り掛かれます」


 両親は不在とのこと。茶が出てくる前に終わらせて見せよう。


「ここ...すわって」


「ベッドでは作業がしにくいので、私は床にします」



 自分の座る横を叩くノエルの提案を退しりぞける。平気な顔をして他人を連れ去る男の隣を避けるのは当然の危機回避だ。



 連れ込まれた部屋は、世界観が奥側と手前側とで完全に分かれていた。



 奥の机にはいくつもの魔法板と、術式の書かれた紙束が散乱している。一方、手前側は子どもっぽい様相で、右手前側の棚には多数の縫いぐるみが綺麗に飾られている。


 左手前にはサイドテーブル付きのファンシーなベッドが配置され、ノエルはそこに座って、現れた縫妖精レプラと一緒に私の手元をじっとみつめている。


 床で作業する私は、淡々と寸法サイズを測って記帳していく。縫いぐるみ自体は服を着せるように設計されていないものの、くたっと柔らかい骨格なので合わせるのは簡単だ。



寸法サイズ感の確認のために、これを合わせてみてもよろしいですか」


「それ...! シャーリーすごい...!!」


「わっ、転びますよ!」


 身体ごと乗り出してきたので服を投げつけて姿勢を戻させる。距離をとって警戒していたのが役立った。人間の学習能力は高いのだ。


「もうつくってたの...?」


「以前の余りです。腕の長さが全然違うので袖丈そでたけがあっていませんが、大体感覚は掴めました」


「シャーリー......」


「採寸は終わりました。それでは、私はこのあたりでおいとまいたします」


「ねえ、シャーリー......ちょっときて」



 猫の縫いぐるみをベッドに置いたノエルは、奥の魔法領域に移動しながら私を呼ぶ。



「まだ何か御用でしょうか」


「ふつうのarithmetic algebraic geometryのschemeより......もっと大きいわくぐみなら...globalにできるとおもうんだけど」


「――はい?」



 あっという間に手芸の世界がほどけて消えた。ノエルが魔法板に展開する術式は、どう見ても学生教育の範囲にない。



「schemeのもっとうえのやつをcombinatoricsてきにみたいのに......みんなやってない......」


「全くもって理解が及ばない内容ですが、誰もやっていないということであれば、ノエル様がやるしかないのでは?」


「こんないっぱいむり......シャーリー...てつだって」


 私にできるのは文房具の買い出ししかないが、それも使用人か超人クララあたりにやらせればよかろう。


「そういうのは私ではなく、魔法師団の教授などに依頼してください。それか、学院の魔法教諭であるストーシー先生であれば力になってくださると思いますよ」


「.........んみゅぅ...」



 口をもにょもにょさせながら壁を見詰めるノエル。集中しているようなので、会釈えしゃくだけして部屋の外に退散する。彼の生きる世界にはついていけない。



「おや、もうお帰りですか」


「縫いぐるみの採寸は終えましたし、ノエル様は魔法の研究に没頭されているようでしたので」


「そうでしたか。ノエル様は前触れなく自分の世界へ入られますからね」



 目的通り茶が来る前の退室を達成した。なるべく早く我が家に帰るとしよう。この種の手芸は数少ない私の楽しみであり、タイタニア家ほどの後援者がいれば材料の選択肢は無尽蔵だ。久々に腕が鳴る。



 

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