第一章「首無しの骸」
第28話
合同調査の協力者、リージェ・クルムナヴァと衝撃的な邂逅を果たしてしばらく。
自身の部屋へと到着した七種は、軽い荷解きを終えるとベッドに飛び込んだ。
汚れもシワも一つもない、一面白の柔らかなシーツに身を預け、脳裏に刻まれたリジェの表情を思い返す。
どう見ても自分より歳下にしか見えない。
その幼げな面持ちにしかし。
ただならぬ経歴であろうことは、平穏な日常を生きていた七種にも容易く察せる。
それほどまでにリジェの表情は、視線は、他者に対する警戒心で満ちていた。
「はぁ……仲良くできるかなぁ」
『仲良くしなくていーよあんなやつー! むっかぁー!』
「でもあの子、多分悪い子じゃないよ?」
『どこが!?』
「目が、まっすぐだった」
『目、って……下手したら殺されてたかもなんだよ? ちょっとは危機感をっ』
「でも、そんな私だからストラスは私を選んでくれたんでしょ?」
『それはっ──そう、だけどぉ! もぉーしらなーい!』
「あっストラス!」
不満爆発、と言わんばかりにその背に頂く両翼をめいいっぱい広げたストラスは、自ら魔導書の封印を引きちぎりホテルのバルコニーより飛び去った。
「……ダメだダメだ、切り替えなきゃ」
ストラスの気まぐれなど今に始まったことではない。
今はまず調査と、意識を切り替えた。
正面のカーテンを開いたそこに広がるのは、宝石と見間違うほどの輝きを放つ海一色。
そんな景色を独り占めできているだけで高揚する。
しかしこれは夏を満喫するための旅行ではない、列記とした調査依頼だ。
七種は最低限の荷物を手に、ホテルの一室を後にした。
「さて、調査するのはいいんだけど、まずはなになら始めたらいいんだろ? ねえストラ──って、いないんだった……」
「パートナーに逃げられたの?」
「わぁっ!? あ、リジェちゃん……ビックリした」
「……別に今は気配を消してたわけじゃないのに」
「ご、ごめんぼーっとしてて」
「そんなことで調査なんてできるの……? 別に、頼りになんてしないけど」
隣の部屋から現れたリジェに背中を取られ、思わず声を上げる七種。
感知能力の有無に関わらず、そして意図して気配を隠さずとも自身の気配に気づけなかった七種に、リジェの肺からはこれ以上ないため息が排出された。
小さな歩幅で七種を置き去りにするリジェにしかし、今度は置いていかれまいと七種もまた必死についていく。
「ま、待ってよリジェちゃん! 一緒にいこ?」
「一緒に来て、どうするの?」
「どうするって、合同調査なんだし! 一緒にやらないとでしょ?」
「合同調査だからって、団体行動する決まりなんてない」
「で、でもお互いのこともっと知らなきゃ! 仲良くしようよ、ね?」
「仲良く……?」
再び銃のジェスチャーをしたその小さな手のひらが、指先が七種に向けられる。
単なる脅しなどではない。
自由な左手にはすでに光を帯びた魔導書が、そして右手には魔導書より呼び出されたであろうリジェの
それは一丁のハンドガン。
一般的なものより銃身が長く、グリップはボウガンのような特殊な形状をしている。
「これは遊びじゃない。生半可な気持ちなら、帰って。私一人でいい」
「っ……べ、別に私はそんなつもりじゃ」
『もう、リジェったら……ごめんなさいね、七種ちゃん』
「へ、だれ……?」
『あら、ごめんなさい。私はアフツァ、リジェのパートナーよ』
リジェの魔導書より語りかけてくる優しい声音。
魔導書に制限をがかけられているため姿は見えない。
しかしアフツァと名乗る悪魔は続けて、
『リジェに悪気はないの、許してあげてね』
「アフツァ、黙って」
『でもリジェ、この子は今回の依頼内容についてもよく知らないみたいよ? せっかくの合同調査、こちらに協力する姿勢がなければ向こうの反感を買うわ。そうなれば名前に傷がつくのは霧の妖狐なのよ?』
「…………別に、ついてくるのは構わない。邪魔さえしなければ」
「あ、ありがと! 私も頑張るからね!」
「ふん……依頼内容くらいは話す。ペースは合わせないから」
七種よりもふた周りは小柄なはずのリジェは、その言葉通り一切七種とペースを合わせるつもりはないようで、スタスタと先へ歩いていってしまう。
歩幅が狭いはずのリジェに七種は小走りでなんとか追いついた。
リジェ曰く、今回調査する案件は不審死。
今七種とリジェが滞在しているホテルの近隣にて起きた、人間を始めとした生物の不審死の原因を究明することが今回の目的だ。
犯人の目的がなんなのか、そもそも犯人が存在するのか。
悪意があるのか、それとも悪意のない現象なのか。
現状分かっていることは不審死を遂げた生物の死体は、そのどれもが腐る前に崩れていると言うこと。
「そ、そんな現象いったいどうやって調べれば……」
「まずは死体を調べる」
「え……」
「え、ってなに? 死体くらい見慣れてるでしょ?」
「見慣れてるわけないよっ!」
「はぁ……だから言ったのに、インナーの魔女なんて当てにならないって」
「ぎ、逆にリジェちゃんは見慣れてるの……?」
「私の能力は殺し向きだから。……検死もできないなら、やっぱりあなたと一緒にやるメリットはない」
「あっちょっと、待ってよ!」
「待たない」
ホテルを出ると同時に忽然と姿を消したリジェ。
ほんの数秒前まで手を伸ばせば届くほどに近くにいたはずが、今や影も形も見当たらない。
ただ一人残された七種は再びホテルの前に立ち尽くした。
調査が難航する、どころの話ではない。
そもそも調査にすらならない。
「……どうしよ。助けてよイリアさん……あぁ……」
アスファルトに亀裂を残して、ホテル外壁のちょっとした突起に佇むリジェは頭を抱える七種を見下ろしていた。
わずかの隙、その一瞬のうちにリジェは七種の視界より姿を消し頭上を取った。
その人間離れした瞬発力と跳躍力を、ホテルの入口と言うもっとも目立つ場所で発揮しておきながらしかし、目撃した人間はただの一人としていない。
その動きがあまりにも早すぎたゆえに。
『もう、少しは協力してあげてもいいのに』
「必要ない。あんなのといても調査は進まない」
『どうしてそんなにあの子のことを嫌うの?』
「……気に入らないだけ。あんなのが師匠に勝ったことも、あんなのと一緒に任務をこなさなきゃならないことも」
『でもこれはそんな師匠の指示でしょ?』
「私一人でできる! ……それを証明する。閲覧──
再び今度は突起を蹴って、重力の存在を無視してホテルの外壁をステップでも踏むかのように駆け上がっていく。
猫など目ではない。
完全に跳躍の域を超えている。
息一つ乱さず流れるような動きでホテルの裏手まで飛び降りたリジェ。
向かう先は事前情報にあった不審死の死体のある場所だ。
そもそも今回の一件、不審な点が多すぎる。
生物を崩すように殺しているなにか、その原型が完全に分からなくなるまで遺体を壊すもの。
事前段階ですでにペネロペたち霧の一行は、それが何者かの作為によって行われていると睨んでいた。
『でもどうして? もしかしたら悪魔のただのイタズラかもしれないのに』
「肉が一部、持ち去られてる」
『持ち去られてる? 野生の動物に食べられてるんじゃない?』
「それはない。断面が刃物で切り取られてるから」
いかに知能の高い動物であったとしても、野生の生物は決して肉を刃物で切り取って持ち去ったりはしない。
その場で食べるか、自分の巣に持ち帰るか。
少なくともなにかしらの道具が用いられている時点で、野生の生物が残した痕跡だとは考えにくいのだ。
『じゃあ、犯人の目的は肉そのもの?』
「そこまでは分からない。なんのために生物を肉の塊にして、その肉を持ち帰っているのか。それを調査するために私は動いてる」
『……そこまで分かってるなら、せめてその情報だけでもあの子に教えてあげればよかったのに』
「教えたところでどうせあれは役に立たない。……私は温室でぬくぬく育ったような観葉植物じゃない」
リジェが向かう先は最初に肉塊が確認された場所。
住宅街より少し外れた場所にある公園で、半周近くを木々に囲まれているためあまり視界がいいとは言えない。
ペネロペからもたらされた事前情報では、周囲には主にネズミやハクビシンだろうと思われるサイズの肉塊複数とともに、一際大きな肉塊が一つその場に残されていたと言う。
その中で刃物の断面と思わしき跡が残されていた肉塊は、その一際大きなものにのみ。
肉塊があった場所はその周囲を含めて、協力者の魔女が結界を貼り、一般人には見えないよう手が施されていた。
目的地となるポイントが目視できる場所にまで来た瞬間、リジェの嗅覚に嫌悪感をこれでもかと来たす腐臭が届いた。
一般人には魔女の張った結界の中にある肉塊の腐臭など、欠片も感じることはできない。
この場で唯一それに気づけているのは魔女であるリジェのみ。
リジェは小バエの集ったその場にズカズカと立ち入ると、実物の肉塊を近くで観察し始めた。
「発見からおよそ十日足らず、気温のせいか腐敗がひどい……結界の中にハエがいるのは、それ以前にすでにハエが卵を産み付けたから……?」
『いつも思うけど、よく平然とそんなの近くで観察できるわねぇ……』
「それが今回私に与えられた任務だから。……見た目からこれ以上の情報は得られそうにない。次は魔力を感知する……」
魔女の持つ感知能力、その基本の原理はコウモリの超音波に近い。
コウモリは退化した視力を補うため、声帯を震わせて周囲へ超音波を放つ。
超音波が物体へぶつかり跳ね返ってくる音、俗に言う反響音を聞き取り、物体の位置関係や大きさなどを判別している。
魔女の感知能力もそれと一緒。
自身の魔力を薄く一定間隔で周囲に放射することで、周囲の情報を判別し感じ取っている。
また魔女の感知能力、その特徴は大きく分けて二つに分類される。
一つ目は範囲、距離に応じて必要とされる魔力は増大するものの、視野の届かないほどの範囲にまで広げられる魔女も存在する。
そして二つ目は精度、高い技術と集中力を要求されるものの、一定以上にまで高めれば目で見るよりも周囲の情報を感じ取れるようにさえなれる。
今回リジェが重きを置いて用いた技術は後者。
視覚では捉えられない情報を感じ取るため、その精度を意図的に高めたのだ。
「…………見つけた、少しだけど魔力が残留してる」
『流石ね、リジェ。あとはそれを辿れば』
「だぁれだぁ? ジブンの周りをコソコソ嗅ぎ回ってんのはぁ……オマエ?」
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