第21話
『──こちら第三拠点のダハル。お嬢様、対象を発見した』
「ご苦労、これからそっちに転移するよ」
『は、お気をつけて』
自身の魔力を完全に消し去り、魔女からの感知能力に反応しないよう息を潜めたダハルは、
ロイが親衛隊に潜入を命じて、内部の情報を伝達するまでわずか二十分足らず。
とても十数名の魔女からなる、アウターの拠点に侵入しているとは思えないほどの迅速な動きは、もはや芸術だった。
「二人とも、敵の拠点を特定した。そろそろ本番の時間だ」
「随分早かったわねー。流石親衛隊」
「あの、私……」
「くす……自信持って、七種ちゃん。あなたの力は私が保証するから」
「は、はい!」
「それじゃあ行こうか。
「────……ネズミが来たね」
「あぁ……? 誰だよそのドブネズミは」
「命知らずやなぁ、そのモルモット」
三者三様、その優れた感知能力が拠点に忍び込んだネズミの気配を察知する。
こちらの三者もまた、気づかれていることに気づいているが故に、あえて気配や魔力を微塵も押し殺そうとはしなかった。
先ほどまでクラブの若者に扮していた親衛隊、ダハルと入れ替わるようにその場に出現した少女三人。
呑気に踊り狂っていた若者たちは、フロアのレーザーライトを一身に浴びて晒し上げられたそちらの方向へ集中する。
「もてなしてやりなよ、ヴェロニカ」
「へっ……ねぇねが言うなら」
「ほらお嬢、マイク」
ソファに大袈裟に背中を預けたねぇねが、投げ出した両足をテーブルに叩きつけたその音が、ミュージックを転調させる合図。
上階より身を乗り出しマイクを片手に、ヴェロニカは高らかに吠える。
「
「私たちネズミらしいわよ、随分歓迎されてるみたい」
「新鮮だな、こんな出迎え方は」
フロアに沸き起こる「
圧倒的なアウェイの空間。
周囲を大勢の人間と魔女に囲まれていながらも、ロイと世羅は一切たじろぐ素振りを見せない。
それは自信の表れ。
積み重ねてきた並々ならぬ研鑽と、その結晶である自身の揺るぎない実力がそうさせる。
「
「あぁ……ッ!?」
「ふっ……そう虐めてやるな、世羅」
「ハッハッハ! 見てみボス、あのお嬢がパフォーマンスで負けとるわ」
「るっせーよ酒クズ! あンのクソアマ……オレが潰すッ!」
「えぇー、ほんならワイの相手はあのビクビクしとる娘さんかいな。なんやこっちがいたたまれへんねやけど」
「ンだよペネロペ、テメェはあっちとはやらねぇのかよ」
「いやいや、堪忍してーや。王権の相手なんて務まるんボスくらいやろ」
「それでいい。……ヴェロニカ、マイク貸してよ」
「ん、なにすンだよねぇね?」
「挨拶。──おい王権の、こんなとこまで何しに来た?」
「随分ご挨拶じゃないか。私たちを招き入れるような真似をしたのは君の方だろう」
「嗅ぎつけてきたの間違いだろ、落ち目の王サマ」
「なら落ち目の相手をさせられる君は刺し詰め廃れた監獄の看守と言ったところか。囚人に取り締まられる監獄、ふふ……失礼、洒落でもないのに笑ってしまった」
「おい王権、テメェここがどこだか分かってンのか?」
「勿論、だから来た」
「上等……ッ!」
火花散るフロアと上階、学のない若者も流石に自分たちの置かれている状況を理解し始めたらしい。
今自分たちは、一触即発の肉食獣が睨み合う檻の中にいるのだと。
力のない一般人は揃ってフロアの出入口へとなだれ込み、他の魔女までもが震える膝に鞭を打ってその場を離れようとする。
無理もない。
否、魔力を知覚できる魔女であれば尚更だ。
今この場に顔を突き合わせている六人の魔女は、全員が全員上から数えた方が早い実力者ばかりなのだから。
「各自場所を変えようか。私たちが揃ってやるにはここは狭すぎる」
「オーケー。ついていらっしゃい、私とやりたいならね」
「はっ……誘ってンのかよ、誘われなくても行ってやるよ!」
五メートル近い高さにある上階より飛び降りたヴェロニカは、ズカズカと足音を立てて世羅の胸ぐらを掴みあげる。
身長差は頭一つ分以上、しかし一歩たりとも引かない。
「ほなワイらも行こか。君かて王権とボスの戦いに巻き込まれたないやろ?」
「分かりました、お手柔らかにお願いします」
「憎たらしいなぁ、カチコミしに来といてお手柔らかにやて」
こちらは丁寧に階段を降りてきたペネロペ。
対するはあまりに場違いながら、丁寧に会釈する七種。
これから戦おうとは思えないほどの穏やかさ。
水面下で行われている視線の鍔迫り合いは激しさを増す一方である。
「私たちはここでいいだろう」
「好きにしなよ、どこでも一緒なんだから」
「「
世羅を始め四人の魔女がこの場より消え失せる。
それぞれがここと決めた戦場へと向かった。
残されたロイはあくまで優雅に、穏やかに、そして強かに階段を上る。
所作の一つをとっても常に気品を損なわない立ち振る舞い、しかし対するボスはそれを鼻で笑ってモスコミュールを一口。
鼻腔をすり抜けていく爽やかなライムの香り、あとからジンジャーの味わい深さが舌を撫でてくれる。
やがて上階、VIPルームへと到達したロイは、ボスから差し出されたモスコミュールを同じく一口飲み下した。
「ひとまずようこそと言っとくよ、ロイ。ようこそ私の城へ」
「ふ……今夜は仲良くやろう、ジェイル」
──ここは
監獄の魔女、ジェイル・ジュリエルの巣食うクラブである。
ところ変わって。
余裕たっぷりの世羅とそれに乗せられて、絶賛ブチ切れ中のヴェロニカがやってきたのは、巨大な高層ビルの立ち並ぶ大都会。
辺りはすでに日が落ち街灯が起き始める時間帯だ。
屋上より顔を覗かせれば、豆粒のように見える人の群れが行き交う様子が窺える。
かすかな息苦しさを覚えるのは高層故の酸素の少なさが原因か。
それとも互いに喉元へ刃を突きつけ合うかのようなプレッシャーか。
肌を擦る冷たい夜風が二人の髪を揺らしている。
「名乗れよ、オレはヴェロニカ・ノスフェラムだ」
「あら、最低限の礼儀は知ってるのね。暁月 世羅よ」
「偽名はいいンだよ、とっととその腹見せろ!」
「せっかちなのね。せっかくの緊張感を味わおうって気はないの?」
「生憎お高く止まったブルジョワ連中とは違うんだよ、オレは。好物を目の前にしておすわりさせられる飼い慣らされた犬公なんかとオレを一緒にすンな」
「ただ理性のないケダモノってだけじゃない。まあいいわ、私もこう見えて人を笑えるほど我慢強くはないし」
「だから言ってンだよ、その腹の中をとっとと見せろってな」
「私たち随分気が合いそうね」
「テメェなんかとはゴメンだ。ヴェロニカ・ノスフェラムの名の元に命じてやる。拓きやがれ、
「釣れないわね、残念だわ。アウラヴェラ・セラヴェーンの名の元に命じてあげる。拓きなさい、
魔導書の鎖を解き放つと同時に、世羅は──アウラは反転世界へと戦いの舞台を移した。
このクラスの魔女同士の戦いであれば、まず基本世界がただ事では済まない。
二人の身体より沸き立つ魔力がぶつかり合い、鐘の音にも似た共鳴音が鳴り響く。
──悪魔の登場だ。
ヴェロニカの
紫、赤、橙とグラデーションのかかった翼は夜空に映えてなおも輝きを増す。
「まさかテメェがあの天帝の魔女だったとはな……」
『気をつけなヨ、ヴェロニカ。これまでとは別格ダ』
「ンなこたぁ分かってるよフォカロル、コイツは過去一デケェ獲物だ……!」
「私のこと知ってるんだ、嬉しい」
「知らねぇ方がおかしいだろ、インナーのトップ3じゃねぇか」
「そう言うあなただって随分有名よ、浸蝕の魔女さん」
「オレの場合悪名だろうが、テメェに言われたって嬉しかねぇンだよ!」
『礼儀ヲ知ラヌ小娘ヨノウ……不愉快極マリナイ』
「くす……私は好きよ。手のひらにすっぽり収まるくらいの器は」
アウラの
脈動する大木を彷彿とさせる二本の長大な角、星々を宿す漆黒の翼はひとたび広げれば月のような弧を描く。
名をフルフル、天を司る悪魔である。
「抑えられねぇ、コイツの腸を食い荒らしたい今すぐに! できる限り凄惨にッ! フォカロル!」
『我慢のできない子だヨ、お前ハ!』
「ねぇフルフル、あの子はどんな声で鳴くと思う? ああもうダメだわ、気取っていられない──あなたの涙、早く啜らせて……?」
『酷イ面持チダナ、アウラ……嫌イジャナイ』
「「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます