第7話
イリアが飢餓を冠するアウターの魔女との会談に選んだ場所は、最寄り駅の改札前である。
木を隠すなら森の中。
互いの拠点からもっとも近くにある目印であり、多くの人が激しく出入りを繰り返すこの場所は、あまり表沙汰にできない者同士が巡り会うにはおあつらえ向きだ。
予定時刻より十分ほど前にその最寄り駅へと訪れ、改札の前にあるベンチへ腰かけたイリア。
色気たっぷりに足を組むイリアへ視線を集める一般人は後を絶たない。
──彼女がその場に現れたのは、予定の時刻より五分以上も遅れてのことだった。
イリアと比べ体格は小柄、しかし存在感はイリア以上。
雑に切り揃えられた前髪に隠された右目とは裏腹に、耳にかけて前髪の上げられた反対側の瞳は、金色に煌めいている。
行き交う人々が目のやり場に困るキャミソールの上に、薄っぺらいフード付きのパーカーを羽織っているだけ。
下半身に至ってはホットパンツより豪快に両脚を見せびらかすと言う、いろんな意味で危ない少女は、その薄い胸板を突き出しイリアを見下した。
「お待たせ、ブローカーとこうして会うのは初めてだね」
「よく来てくれたわね、エリス。会いたかったわ」
「きひっ……心にもないこと言わないでよ、目が笑ってないって。あんたがうちに連絡よこした理由はなんとなぁ〜く想像ついてるよ」
「だったら話が早いわ。手を貸してくれるわよね。貴女たちは報酬次第で昨日の依頼者すら殺す。取引相手を選ばないんだから」
「ひはははっ! たぁ〜しかに、うちらアウターは別に雇い主なんてどぉでもいい。特にうちは調査依頼から暗殺依頼を請け負う殺しメインの何でも屋。インナーどもが探れない情報でも内容によっちゃ探し出せる。条件付きだけどね」
「そう、本来であれば絶対に頼りたくない貴女に頼らなければならないほど事態は逼迫していると言っていいわ」
「はっ……! 言い方が違うでしょ。先見なんて小物に頼ってられないほど事態が逼迫している、の間違いでしょ」
「なんですって……?」
「老いを知らないくせに耳が遠いんだね。そんなに頼りたくないうちに頼み込む暇があるなら錬成にでも相談すれば? 鼓膜作り直してくれってさ。ま、錬成もアウターだけど」
「はあ……どうやら腕ずくで従わせる以外に円滑に事を進める方法はなさそうね」
「やっと分かった? 素直に協力する気なんて更々ないって」
「ええ、ようやくね。だけど私の悪いところは鼓膜じゃなかったみたいよ。少しでもアウターを信用しようとした甘ったるい考え方ね」
「ほざいてなよ、インナー風情が──エリス・コルネリアスの名の元に命ずる。拓け、
その薄っぺらい服装のどこから取り出したのか。
鎖に繋がれた一冊の
ただならぬ雰囲気を感じた一般人が次々と立ち止まる中で、しかしエリスはなんの躊躇もなく己の
首をフクロウさながら半回転させている。
薄汚れた深緑の体毛に覆われ、血にも似た液体を羽衣のようにまとっていた。
『────……キキキッ! 腹ァ減ったな……なぁなぁエリス』
「すぐ食えるよ、幸い食いでは多そうじゃん」
「なんてことを、こんな公衆の面前で解き放つなんて……周りのことをまったく考えない、話にならないわ。
「おっと、抜け目ないね。さっすがぁ〜」
アウターが相手では今にも一般人を巻き込みかねないと判断したイリア。
すぐさま自身の持つ
それは文字通り別世界への扉を開くための魔術。
一般人が普通に生活している世界を基本世界。
イリアが展開したのは、その世界にぴったりと折り重なるように存在するもう一つの世界、反転世界への入口だ。
そこは魔女や悪魔だけが存在することを許された空間であり、ある一定以上の等級を持つ悪魔や魔女同士の戦いで一般人を巻き込まないよう、また一般人に邪魔されないように展開される。
言わば魔導に関わる者の決戦場。
先ほどまで行き交っていた一般人が消えたのではない、イリアとエリスの二人だけが門を潜り反転世界に転移したのだ。
「ここなら思う存分暴れられるわ。本当は暴れるつもりなんてなかったんだけど」
「ひはっ……うちは最初からこうするつもりだったけどねぇ。そもそも信用ならないんだよあんたらインナーは。野良犬の餌にもならない情に絆されて、本来の依頼内容だって見失う。だけどうちらアウターは違う。情に流されず、目的を見失わず、正確にそして確実に依頼を遂行する」
「ならどうして今回、私からの依頼は聞くことすらしないわけ?」
「はっ……! 確かにうちは報酬次第でどんな仕事も請け負い、そして請け負ったからには確実にその依頼を遂行する。だけど……
エリスの
それはチャクラムと呼ばれる、古代に用いられた投擲武器のそれだ。
禍々しい装飾の施された刃の名はスターヴヴェイン。
エリスが腑を抉り出すものとして名付けた、エリス専用の武器、
「だけど、依頼を請け負うかどうか決めるのはうちら次第。気に入らない相手の依頼までわざわざ請け負うバカはいないよ。慈善団体じゃないんだから」
「それもそうね、確かに私たちインナーだって気に入らない相手の依頼なんて受けたりしないわ。だけどね……中にはいるのよ、魔女でもついつい入れ込むような子が。私はそんな子のいる世界を守るために魔女をやっているの。そのためなら、関わりたくもない相手にだって協力を要請するし、従わないなら力ずくでも従わせるのよ。本当はやりたくなかったけど、今回ばかりは仕方ないわ。
「……へぇ、それがあんたの
「さあ? 少なくとも私が戦う時はそうせざるを得ない時だけ。そしてそうせざるを得ない状況は、相手を殺さなければ切り抜けられない時だけだもの」
「へぇ……まだ語り部がいないわけだ。じゃあうちが一人目ってことね」
まさか最寄り駅で魔女同士が、地を唸らせるほどの魔力を放って戦闘の火蓋を切ろうとしているなど、夢にも思わぬ七種は。
イリアより送られてきたメッセージの元、今日の夕飯の食材を買い揃えていた。
合い挽き肉に玉ねぎをカートに放り込み、何故かナツメグだけはアトリエにあったため、スパイスのコーナーはスルー。
続々と食材が集まっていく中で、七種の目にとある一文が飛び込んできた。
学校にいた頃にはなかったはずのもの。
「あとは……うん? こんなメッセージあったっけ……」
買い物リスト
・合い挽き肉
・玉ねぎ
・にんじん
・パン粉
・レレンのお菓子も買ってきて
P.S.
スーパーの最寄り駅には来ないこと
「駅でなにか、あるの……? 塔條さんが来るなってことは──」
七種は思い返していた。
昨夜遅くまで、お菓子と紅茶を手に語り合っていたレレンの言葉を。
つい昨日まで悪魔の脅威に晒されていた、魔女のことなど何一つ知らない七種のために、魔女についての歴史や現代の魔女の生き方などをレレンは教えてくれた。
「七種、魔女には儂やイリアみたいなインナー、まあ穏健派とでも言うべきかの。そーゆーヤツらばかりじゃないの。中にはアウターってヤツらもいるの」
「アウター、ですか?」
「儂らは仕事の内容と、それを請け負う相手をちゃんと選んでるの。けどアウターのヤツらはそれを選ばないの。相手が小さい女の子だろうがマフィアのボスだろうが、内容が無くし物探しだろうが首脳暗殺だろうが、選ばないの」
「悪い人たち、なんですね」
「まあ一概に悪いヤツら、とは言えないけどのう。中には凶悪な犯罪者の暗殺を専門に請け負う殺し屋だったり、そんな殺し屋と提携して事故や病気で苦しむ依頼者に臓器を提供したりとか……勿論法外なことには変わりないけど、その立場でしかできないことで人助けをするようなアウターもいるの」
「心底胸糞の悪いことでしか己を満たせない、そんな奴らがほとんどよ。所詮アウターなんて」
……そんなイリアの一言で、七種の記憶は締め括られていた。
立場は違えど同じく誰かを助けたい、誰かの力になりたいと言う思いの元動いている人たちがいる。
にも関わらずそんな者たちの思いを踏みにじる一部のアウターにこそ、二つの派閥の溝を深める原因があるのだと七種は飲み込んだ。
だからこそ、七種が理解できることを長年魔女をやっているイリアが理解できないはずもなく。
なんの理由の説明もなしに駅には来るななどと命令するイリアは、それだけの何かと対面しているのだろうと七種は敏感に察知した。
七種の感情を餌としていた
その程度であればイリアもレレンも、単独でゆうに対処及び制圧しうる戦力を有しているからだ。
そんなイリアがわざわざ来るなと言う相手が如何程のものか。
下は知れども上は知れず、七種の胸騒ぎだけが教えてくれた事実だ。
「あの、すみません。あとでまた来るので、このカゴここに置いといてらってもいいですか?」
「あ、はい。いいですよー」
店員に買い物かごを預けた七種は、胸騒ぎに背中を押され駅へと走った。
杞憂に終わればそれでよし。
自分にわざわざ内容を知らせるまでもないような野暮用であれば、それに越したことはない。
しかしもしも万が一何かあったら。
ずっと悩まされていた心の腫瘍を取り除いてくれたイリアに万が一何かがあったのなら──
「もしなにかあったら、蛇喰さんに連絡しないと……!」
「────……そんなに心配なら……
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