第3話

 むかーしむかしより語り継がれる魔女の歴史。

 厳密には魔女と言う存在が周知され始めた年代が、おおよそ六〇〇年以上も前と言われている。

 そんな時代より囁かれていた逸話。


 ──あるところに、奴隷として産まれた一人の少女がいました。

 手足に枷をはめられ、生きるためではなく働くためだけに生かされている少女は、いつも空へ祈っていました。


 神さま、どうか私をここから連れ出してください。


 しかしこの世界には、少女の願いを聞いてくれるような情に溢れた神など存在しないのだと言うことを、少女は目の前で両親を殺された瞬間に理解した。


 流行病にかかりまともな治療を施されることもなく、最期まで奴隷としての生をまっとうした父。

 散々慰みものにされた挙げ句、食い荒らされた果実の皮のように捨てられ、見世物として首を跳ねられた母の亡骸に縋り、少女は血が滲むほど己の手のひらに爪を立てた。


 この世に神さまなんていないんだ、と。

 少女の心が壊れて初めて、それは少女の前に姿を現した。


 この地獄を傍観していたソレは、果実が熟れるその瞬間をひたすらに待ちわびていたのだ。

 ナイフとフォークを手に、舌つづみを打ちながら。


 この世界が間違っていると思うなら、力を貸してやる。

 間違った世界を壊し、作り替える力を貸してやる。


 少女はその囁きに耳を傾け、差し伸べられた手に縋った。

 もうなにもない。

 いつも励ましてくれたパパも。

 いつも抱きしめてくれたママも。


 ──こんな世界なら、いらない。


「……やがて少女は頬に伝った涙の跡が渇くまで、世界を燃やし続けましたとさ」

「これが魔女のおとぎ話、通称──空白の三日間」

「三日、間……?」

「その少女が世界のすべてを焼き払うまでに要した日数らしいわよ。と言ってもこれは文字通りおとぎ話。魔女の起源とは言われているけど、実際のところは分からない」

「……結局、誰もその子を助けてはくれなかったんですね」

「魔女と悪魔の関係は別に相棒でもなんでもない、言わば共生関係。魔女は悪魔の力を必要とし、悪魔は魔女の感情を餌にするの」

「────……もしかして、私の近くにいるその悪魔は、私の感情を餌にしてるんですか?」


 イリアは顎を引き、レレンは不敵に笑みを浮かべる。

 それは無言の肯定。

 二人の話を聞き、ようやく理解が追いついた七種の脳が導き出した回答だった。

「察しがいいわね。おそらく貴女にイタズラしている悪魔は貴女の恐れや驚き、嫌悪の感情を欲している」

「悪魔って好きな感情があるんですか?」

「儂らだって食いものに好き嫌いがあるの。肉が好き、魚は嫌い。野菜だけを食べる、甘いものは苦手、辛いものが好き……悪魔にだって好みの感情があるの」

 感情の種類は大きく分けて八つ。

 喜び、信頼、恐れ、驚き、悲しみ、嫌悪、怒り、期待。

 その中でも取り分け恐れや驚き、悲しみなど負に分類される感情を好む悪魔が多くを占めている。


 最近ツイてる、最高の友達ができた。

 そんな喜びや信頼を満たす感情を餌にする悪魔に魅入られれば、日々の幸福とともに悪魔もまた、己の腹を満たせると言う好循環。


 しかしそんな光景は文字通り夢のまた夢。

 悪魔の腹を満たすのは、いつも負の感情に苛まれた人間を眺める愉悦である。

「どうすればいいんですか、私は……どうすればこんな日々から……」

「方法は二つよ。悪魔を討伐するか、悪魔と契約するか」

「討伐って、倒せるんですか!?」

「ええ、幸いここには二人も魔女がいる。中級程度の悪魔であれば討伐するのなんてわけないわ」

「なに言うとるの? 儂は協力しないの」

「え、蛇喰さんは手伝ってくれないんですか……?」

「なーんで占いした上に討伐にまで手を貸さなきゃならないの! しかも儂は悪魔の討伐は専門外! 占い師なんて明らか非戦闘員ポジションに討伐なんて血なまぐせぇことまでやらすんじゃないの」

「困ったわね……他の誰かに依頼するにも、ちょっと……」

「あの、塔條さんだけだと難しいんですか?」

「……できないことはないけど。なるべく、戦いたくはないわ」


 ……長い沈黙ののち、静かな店内に小さな唸り声が響き渡る。

 レレンから差し出された手のひら。

 空っぽのそこに、イリアは無言で透明度の高い石のような何かを置いた。


 それが果たしてなにを意味するのか。

 魔女同士の取引について、何一つ知識を持ち合わせていない七種には知り得ない。

「魔晶一個、サイズはそこそこ……まあいいの。今回だけなのね」

「ありがとうレレン」

「ふん……先行投資なの」

「あ、あの……どうしたんですか?」

「おい娘」

「は、ひゃいっ」

「本来儂は調査依頼専門の占い師なの、だから討伐依頼は専門外。だけど今回だけはイリアの顔を立ててやるの。精々馬車馬のように働いて恩を返すことなのね」

「は、はい! ありがとうございます!」

「そうと決まれば早速ぶっ飛ばしに行くの。とりあえずそのふざけた格好なんとかするの」

「あ、よかった。変な格好だって指摘してくれて……今日はもうずっとこの格好かと思ってました」

「のうイリア、安い給料で専門外の仕事請け負ってるんだから、この着せ替え人形は儂の好きにさせてもらうの」

「えっ着せ替え人形ってもしかして私のことですか? あの、聞いてます? あっちょっと待って、無言で脱がせないでください。ちょ──」

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