第18話
夜の帳がラウデンを覆うと同時に、地獄が街に降りた。
突如として全域の電力が遮断され、闇が街を呑み込む。
街灯も信号も消え、光を失った通りは、不気味な沈黙の中で人々の悲鳴だけがこだまする。
停電に続き、電話も無線も途絶え、情報が遮断された街は、恐怖と混乱の渦に飲まれた。
「誰か!子どもがいなくなった!」
「水道から変な匂いがする!」
「助けて!誰か医者を――!」
人々は暗闇の中で互いを押しのけ、転倒し、泣き叫び、あらゆる方向へと逃げ惑った。
給水所で無警戒に水を飲んだ者たちは、ほどなく腹を押さえて崩れ落ち、苦痛のうめき声があちこちから上がる。
路上には倒れた人々と泣き叫ぶ家族が取り残され、救急車は来ない。
隣市から応援に向かおうとしたパトカーは途中で爆破され、その爆音が再びパニックを拡大させた。
「警察の無線通信も通じません!」
「水を飲んだ警官が何人も倒れました!」
「救援は――駄目です!道路が封鎖されています!」
署長は怒声を上げた。「くそっ、何がどうなっているんだ!」
ダニエルは冷たい声で応じた。「……東側の組織が、大男をおびき寄せるために仕掛けた罠だろう。」
そこへ息を切らした警官が飛び込む。
「市の中央広場に、不審な落書きが!」
彼らが現場に急行すると、真っ暗な広場の中央にだけ、異様な光景が浮かび上がっていた。
赤いペンキで大書された文字――
『来い!決着をつけるぞ!』
その下には無骨な金属の塊。時を刻む時計の針が、無情に進み続けている。
「テロリストどもめ!」署長の声は憤怒に震えた。「街全体を人質にして何を始めるつもりだ!」
ダニエルは目を細めた。「狙いは一つ……エマの父だ。」
エマは震える手でダニエルの袖を掴んだ。「助けなきゃ……父を。」
署長は短く頷く。「だが今は市民の安全が第一だ。爆弾を処理しなければ全てが終わる。」
「時限装置だな……専門家は?」とダニエル。
「呼べない。通信が死んでいる。」署長の声は重かった。
「なら、俺がやる。」
「君にできるのか?」
「分からない。だが最悪、俺の身体で爆風を抑える。」
エマが悲鳴を上げた。「そんなの駄目!」
「死にたくなければ離れろ。」
爆弾には幾重にもリード線が絡み、色も形も巧妙に偽装されていた。
一本、緑の線を見つけたダニエルは、金属疲労で切断。爆発は起こらない――偽装だ。
だが残る線はまだ多い。誤れば即死。時計の針は残酷に進み続ける。
その時、低い声が背後から響いた。
「……これは、素人が手を出せる代物じゃない。」
闇の中から、大男が現れた。
「代われ。」
エマが叫びかけるが、大男は無視し、膝をついて作業に没頭した。
パンッ――銃声。
大男の肩が揺れ、血が地面に滴る。続けざまに二発、三発。
署長が怒鳴る。「狙撃手だ!位置を特定しろ!」
警官たちが闇に散っていくが、広場を覆う恐怖はさらに濃くなる。
大男は呻きもせず作業を続けた。
ダニエルはその横に張り付き、「できるのか?」と問う。
大男は苦痛に顔を歪めながら、無言で頷いた。
時計の針が残り数秒を刻んだその瞬間、最後の線が切断され、音が止んだ。
大男はその場に仰向けに倒れ込み、息を荒げながら天を仰ぐ。
エマが駆け寄る。
「お前を……この街を……守るためなら、何も惜しまん……」
その声に、署長と部下たちも静かに息をつき、安堵の色を浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます