スマホで降霊!コックリさん
乃東 かるる@全快
はじまり 画面の向こうの異界より
いつも通り寝る前にスマホを手に取った。
今日はなんだか一日中うまくいかなくて、ざわざわして、漫画を読む気分じゃない。友達のカンナに
「めっちゃウケるから入れてみ?」
って勧められたアプリを思い出した。
──『教えて!コックリさん』
辞書アプリのように「知りたい言葉」や「質問」を入力すると、答えと豆知識を返してくれるらしい。評判は上々。説明欄には「面白い機能付き」とだけ書かれていたが、詳細は不明だった。
(暇つぶしにはなるか…)
ユーザー登録の画面が出る。
『名前:高橋 絢音』
『呼び方:アヤ』
登録を済ませて画面をタップすると、白い子狐がぴょん、と飛び出した。
「はじめまして!ボクはコクスケ!アヤさんの質問にぜーんぶ答えるよ!」
「……アンタがコックリさん? 見た目は可愛いけど、胡散臭さ隠せてないし、ウケる」
狐は尻尾をぴんと立て、顔をぱっと明るくした。
「ありがとう!じゃあアヤちゃん、まず使い方を説明するね!」
「急に営業トーク!簡潔に頼むぜぇ?私、授業も15分しか集中できないし」
狐はくるりと宙返りして得意顔を見せる。
「任せて!秒で説明するね。ボクに質問すると【答えと豆知識】を返すよ。マイクをオンにすれば声でも答えられる!」
「ふーん。便利っちゃ便利かー」
さらに狐は胸を張った。
「アヤちゃんが評価してくれると、ボクが成長するんだ!尾が増えたり色が変わったり!進化するよ!ポケヨウみたいに!」
「……それ、某有名ゲーム感強くない? 著作権とか大丈夫?令和はその辺厳しいべ?」
「大丈夫大丈夫!顧問弁護士が弁天堂と契約済み。このアプリ自体、弁天堂子会社の開発だから!」
「マジで顧問弁護士つきとか……コンプラ意識たっかいなぁ」
狐はふんす!と鼻を鳴らした。
「ボクらだって必死なんだよ。昔は紙に五十音書いて呼ばれてたけど、今の子はやらないんだもん。呼ばれなきゃ“奉納点”も貯まらない。貯まらないと低級霊のままなんだ!」
「……奉納点?」
「そう!呼ばれた時の感謝や畏怖の念がボクらの糧、それが奉納点!積めば守護霊に昇格できるし、祠や神社を持つ神様にもなれる!だからボクは成り上がるんだ!」
瞳がきらきらしている。妙にリアルな霊界の就職事情に、アヤは苦笑した。
「……なるほど、霊界の就職活動もシビアなんね」
画面に「試しに質問してみよう」と表示された。
「じゃあ、聞くよ」
【四組の山下圭吾くんに彼女いる?】
コクスケは自信満々に答えた。
回答:【今は居ないよ!】
豆知識:【でも山下くんは浮気者だから、一途な人を選ぶのがオススメ!恋は目を曇らせるから、目薬を点そう!】
「アヤちゃん、ちょっとおせっかいだけどね。山下くんが前カノと別れたの、彼の浮気が原因!なんと六股!誠実な恋を選んでほしいな」
アヤは思わず身を乗り出した。
「……マジで? 浮気相手の数までドンピシャとか、アンタやっぱ本物じゃん! 最高か? 星連打するわ」
狐は軽やかに跳ねた。
「えっ⁈ そんなに褒められたら……アヤちゃん、大天使か!」
そして少し真面目な声になり、姿勢を正す。
「実はね、アヤちゃん。ボクを“指名”してくれたらパートナー契約成立になるんだ。……チェンジもできるけど」
「ホストクラブ方式か……」
「違う違う! 売掛金で詐欺ったり、風俗沈めたりはしない! 健全健全! 指名をもらうと、いまアプリのキャンペーンで奉納点が30%アップするんだ。だから取りたいの!」
「……アンタ、なんでそんなリアルな話知ってんの。やけに俗っぽい……」
「霊界の情報網は広いんだよ! ネットより速くて正確!便利だからさ!ボクを指名して!」
「……霊界マジすごいな……で、指名料は?」
「1ヶ月10円!」
狐は胸を張って得意げに言う。
「ボクらはお金が欲しいんじゃない。伝統を守りながら徳を積みたいだけさ。
コックリさんといえば10円玉でしょ? だから指名料も10円にしてるんだよ。ちょうどよくて、ありがたみもあるからね」
あまりの安さと理屈に、アヤは笑った。
「10円ならすぐ払えるわ。よろしくー」
狐の尻尾がぶんぶん揺れた。
「やった! アヤちゃんはボクの夢を近づけてくれた第一号だ! 誠心誠意お仕えするよ!」
その瞬間、白狐の瞳が闇の奥で光を宿し、声が低く、凛とした響きに変わった。
「……契約なされり」
部屋の空気がひやりと震え、窓の外の風も、夏の夜の虫の音も、どこか引き締まったように感じられた。
スマホの画面の愛らしい白狐は、確かにただのアプリのキャラクターではない。小さな体の奥に、古の霊気が潜んでいる──そう直感させる、厳かで静かな存在感。
アヤは息を飲み、でもほんの少しだけ笑った。
10円で契約したはずの妖怪が、世界をほんの少しだけ変えてしまったことを、まだ知らないままに。
──こうして、アヤとコクスケの契約は、日常と非日常の境目に、ひそやかに結ばれた。
小さな画面の向こうで、静かに動き始めている──。
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