第30話 添い寝

 夜寝る前。

 俺たちはどうやって寝るかを考えていた。

「橘は家に帰って寝るとして……」

「いや、雷怖い」

 頑なに譲ろうとしない橘。

 そんなに雷が怖いのかよ。

 よく今まで生きてこられたな。

 ジト目を向けているとそわそわし出す橘。若干顔が赤い。

 もしかして嘘をついているな? だが何故帰りたくない? そっからして分からん。

 うーんとひねっていると、意外なことに犬飼が声をかける。

「いいじゃない。合宿みたいで面白いと思うよ」

「そうかー?」

 俺はしっくりきていないので、首を傾げる。

「いいと想う……」

 眼久さんまで分かっているみたいだ。

 俺、仲間外れなのかな。

 しょんぼりしていると橘が後ろからバシバシと叩いてくる。

「いやー、理解ある友達に恵まれてあたしは嬉しいよ!」

「ははは。俺は何一つ理解できていないがな!」

「そう怒らないでよ。光二」

「怒ってねーよ!」

 ただ苛立っているんだって。

 何でみんなわかり合えているような雰囲気を醸し出しているんだよ。

 俺も仲間に入れてくれよ。

「うぅ。俺には分からん……」

「……明日になれば分かるって」

 犬飼がどこか呆けた様子で呟く。

 なんだか陰りが見えるというか、寂しそうにしているというか。

 哀愁漂う感じが一番近いかも。

「うん。そうだね」

 眼久さんの覚悟が決まった声が耳朶を打つ。

 いや、なんでそんな戦地に赴くような声色発しているんだよ。

 台風がそんなに怖いのか。

「はは。あたしはみんなみたいにはいかないなー」

 意外や意外。橘が一番うろたえている。

 しかし、俺の部屋が嫌ならなんでここに泊まる話になっているんだ。よく分からん奴らだ。

「元気いっぱい子のお前がどうした?」

「あたしだって悩みの一つくらいあるよ~」

「……そりゃ、そうか」

 さっきゲームをしていたのも悩んでいたから。といえばしっくりくる。

 だが、何に悩んでいるんだ? それを聞けば解決できるかもしれないのに。

 とはいえ、相手は仮にも女の子だ。気軽に聞ける雰囲気じゃない。

 どうしらいいのか……。

「ふふ。あなたが悩んでどうするの?」

 犬飼が心なしか優しい声を発する。

「いや、まあ……けどな」

 橘のことはよく分からんが、困っている人を見捨てるほど俺はバカじゃない。

「さ。そろそろ夜も深いでしょ。寝よ?」

「その寝るところで悩んでいるのだが……」

 俺はさっきからその話をしている。

 橘が帰れば、残り三人になる。

 犬飼と眼久さんが俺のベッドと来客用の布団で寝れば、俺はソファで寝るということができる。

 だが、そこに橘が来るとなると状況は変わる。

 という話を説明したところ、三人とも熟考している。

 この状況についていけずに、俺はただただ戸惑うばかりだ。

「じゃあ、ジャンケンで決めよう?」

 橘が思い切った提案をする。

 何を決めるんだ!?

「ジャン、ケン……ポン!」

 勢いで俺までジャンケンした。

「あ。勝った」

 勝者は眼久さんだった。

「じゃあ、眼久ちゃんと光二君はベッドで寝て……」

「待ってくれ。どんな話だ?」

 年頃の男女が一つ屋根の下もマズいが、それ以上にヤバいことを言っているぞ。

 俺が止めなくちゃ、犬飼も眼久さんも覚悟を決めた顔をしている。

 ヤバいヤバい。

「ええっと。みんな光二と一緒に寝る権利を争っていたんだよ?」

 そんな子どもでも分かるよね、みたいな顔をされても。

「いやいや、俺なんかと同じベッドって……、それでいいのか? 眼久さん」

「うん。いいよ」

 ガクッとずっこけそうになる。

 いいのかよ。

「いや、だがダメだろ。色々と……」

「何か問題ある?」

「光二ってば意識しすぎ」

 眼久さんと犬飼が何も問題なさげに言ってくる。

 なんだよ。この状況は。

 最後に頼みの綱として橘を見やる。

 が――まあこいつのことだ。テキトーに答えるだろう。

「なら、俺がソファに寝る」

「ちょっと。あたしの意見は!?」

「聞くまでもないだろ?」

「ええっと。そう?」

 橘も困ったように頬を掻いている。

「なんだ。お前も止める方なのか?」

「それは――ちょっと思っていたり……」

 若干歯切れの悪い答えが返ってきた。

 彼女なりに思うところでもあるのだろうけど、やっぱり男女が同じベッドはマズいだろ。

「いいよ。俺はソファで」

「なら、私もソファで寝る」

 眼久さんがガンギマリな顔で言う。

 心底真剣な顔をしている。

 こんなに真顔で言えるんだ。

 すごい気迫だ。

 背丈の差がある俺と眼久さんでも充分に威圧的になっている。

「どうして?」

 俺はふいに言葉を口にしていた。

「え?」

「どうして。俺と添い寝したいんだ?」

「え。ええっと。あの……」

 戸惑う眼久さん。

 いいぞ。これなら押して止めさせることができる。

 そうだ。

 ベッドには誰か二人に寝てもらって、あとは来客用の布団、ソファで足りるな。うん。

「私、専用の抱き枕がないと寝られないから」

「うん?」

 つまり俺を抱き枕にする、ってことか!?

 俺が抱き枕になる。

 眼久さんの柔らかい部分が肌に触れ、あっちこっちがあたり――。

 想像が限界を超えた音がし、俺はその場で崩れ落ちる。

「あ、あれ? 私変なこと言った?」

 眼久さんが自分の羞恥に気がついていない顔で尋ねてくる。

「ええと。眼久ちゃん、本題を逸らすあまり、色々とヤバいよ。それも」

 ぽかーんとしていた二人だったが、犬飼がなんとか声をあげる。

「ええ。そうかな? あたしはいい提案だと思うなー」

 心のこもっていない声で橘は言う。

「でしょ!?」

 飛びっきりの笑顔を見せる眼久さん。

 これはこれで、いいのか……?

 それにしてもいつもの感じがないな。

 眼久さん、いつもは誘惑してくるのに。

 そんな素振りは見せない。

 素ではないということか。

 わざとやっているとしたら、俺をからかっているのか!

 なるほど。

 だからか。

 俺と同じベッドで寝ればまたからかえると思ってのこと。

 なるほど。彼女の気持ちが手に取るように分かるぜ。

 俺ってやっぱ天才~♪

「じゃあ、次はソファと布団どっちで寝るかだ!」

 橘が犬飼にジャンケンをふっかけている。

 あの二人も仲良いな。

 ちょっと寂しいけど、仲良くなるのはいいことだよな。

 同性だし友達が増えて俺は嬉しいよ。

 でも違う顔を見ていると心がざわつく。

 不安になる。

 きっと彼女にも思いがあるんだ。

「こんな俺と付き合ってくれるんだもんな」

「え?」

「なんでもない。俺はもう寝る」

 限界まできた俺はジャージ姿のまま、ベッドに倒れ込む。

「し、失礼します」

 その隣にやってきた眼久さん。

 顔が紅潮しているようにも見えたが、灯りのない寝室ではほぼ見えない。

「ちょっと。布団はどこ?」

「真下」

 橘の声にテキトーに返すと、俺は寝ぼけ眼を擦る。

 何度目かの欠伸をかみ殺し、布団の用意をする。

「ありがとう。光二君」

「あーあ。わたしはソファかー」

 ジャンケンに負けたらしい犬飼が残念そうに声を上げる。

「なんなら、みんな一緒のベッドで寝ればいいじゃん」

 俺は眠気のとれない思考でそんなことを口走っていた。

 もう彼女たちが止まる理由はなくなっていた――。

「「いいの?」」

「あ……私の権利……」

 橘と犬飼は嬉しそうに尋ね、眼久さんは少し涙目になっていた。

 どうしてそんな顔をしていたのか、思い返してみればその予兆はいくらでもあっただろうに。

 この時の俺は気がつけずにいた。

 犬飼も、橘も、眼久さんも。

 みんな同じ気持ちだったんだ。


 俺も同じ気持ちだ――。


 だからこんな形で終わらせて、ごめん。

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