第19話 橘とデート その②
ラーメンが手元に来ると箸をとって食べ始める。
隣で見ていた橘も真似する。
「そういえば、恋、している?」
「ぶっ」
俺は吹き出しそうになる。
「何を言っているんだ。お前?」
恋はしていないが、なんでそんな話になるのかは理解できない。
俺に恋なんて甘い世界は似合わない。
絶対に恋なんてしない。
してもしょうがない。
二人で生きていく――そんなのは弱さだ。
敗者の理屈だ。
俺には関係ない。
勝手にやっていろ。
「いいじゃない。あたし、恋しているんだよ?」
「へぇ~。お前の恋実るといいな」
月並みな言い方しかできないが、他人の価値観を否定してまで俺のプライドをぶつけるつもりはない。
きっとこいつにも心があるのだろうだから。
俺はにまりと口の端を歪める。
「ふーん。何も理解していないのね。鈍感さん」
橘は引きつった笑みを浮かべている。
鈍感、ということは俺に関係しているのだろうか。
最近、俺の周りで変化が合ったと言えば、眼久さんと犬飼か。
はっ。もしかして同性愛。
なるほど。それで今日、橘は探りを入れるために話しかけてきたんだ。
俺を利用しようという魂胆は気に食わないが、橘の恋は実ってほしい。
それは思う。
だから応援くらいはしようと思う。
「橘の恋を応援するよ」
「……本当バカ」
バカにされるいわれはない。
俺はため息を吐く。
なんでこんなに俺がバカにされなくちゃいけないのか。
「まあ、橘に恋なんて似合わないが」
苦笑を浮かべ、橘の頭に手をのせる。
「な、なによ!?」
怒りでふくれっ面になる橘。
子ども扱いが気に食わないらしい。
「そうだ。お前もあたしのペットにならないか?」
橘が変なことを言い出す。
「どういう、意味だ?」
まさかこの世に二人もペットにしたがる奴がいるとは。
「キミならあたしのペットにふさわしい。ネコ枠があいているわよ?」
「どういう意味かさっぱりわからん。俺は俺だ」
「ふーん。アイアンクローを受けたいみたいね」
「ラーメン、伸びるぞ」
俺はスープまで完食し終えている。
橘は慌ててラーメンをすする。
食べていると、顔がほころぶ橘。
どうやら気に入ってくれたらしい。
うまそうに食べるな。
たくさん食べる
むしろ好ましいと言っても過言ではないだろう。
それに耳に髪をかける仕草や、ふーふーとラーメンに息をかけるのはエロい。
ムラムラする。
待て。落ち着け。
相手は橘だ。
俺の三大性欲に反応するはずがない。
こいつは俺をペットにしたがっているだけだ。
俺を性的に好きな訳じゃない。
それに俺はペットになる気はない。
だから否定する。
しかし、お前もか。
「もしかして、すでにペットがいるのか?」
俺は気になったので、橘に尋ねる。
「ええ。眼久ちゃんがオモチャになってくれるの」
恍惚の笑みを浮かべる橘。
そうか。
あいつが……。
「って。マジか!?」
「大マジよ。あたしのオモチャになりたい、って自ら名乗りでたわ」
そうか。
あいつは根っからのMみたいだったしな。
仕方ないか。
どう反応していいのか困るな。
眼久さんが自分で決めたことなら否定はできない、か。
何か間違えているような気もするが。
「同性愛か」
「違うわよっ!?」
橘が大声で否定する。
狭い店内に声が響き渡り、周囲の視線に負けて橘は恥ずかしそうにしている。
「お前も恥ずかしいとかあるんだな」
「何よ。バカにしているつもり?」
今度は小さめの声でジト目を向けてくる。
だが俺は屈してはらない。
「実際、バカだろ?」
「言ってくれるじゃない。まあ、あんたに負けるほどのバカじゃないけどね」
「それはどういう意味かな?」
橘に白い目を向ける。
「あんたとは雲泥の差と言ったのよ」
「ほーん。大きく出たな。今度の中間試験で俺が勝っても知らないぞ?」
「そちらこそ、大きく出たわね。あたし、これでも勉強できるからね?」
バチバチと火花を散らす。
ラーメンを食べ終え俺と橘は近くの図書館に来ていた。
なんとなしに勉強の話になり、なら少しだけ勉強しようか、という流れになった。
そうしてたどりついたのがこの図書館である。
駅前の東口から徒歩十分圏内にあるということもあり、利用客も多い。
なんとか場所を見つけると参考書を広げる。
俺たちは勉強道具を広げ、問題を解き始める。
きっと橘は頭が悪いだろう。
俺でもこいつくらいには勝てる。
そう確信していた。
だってこいつ、脳筋の天才だもの。
天は二物を与えずとも言うし。
問題はほぼ解き終えた。
暇な時間で橘を見やる。
ムムムとうなっている。
どうやら苦戦しているらしい。
ふふ。俺の勝ちだな。
まあ、俺が負けるわけがないが。
「さ。負けたら何を命令しようかな」
「はぁ? なによそれ」
「しっ!」
図書館で大声を上げるとは思わなかったので、俺は慌ててトーンを下げる。
「あっ」
橘も失態だと思ったのか口を閉ざす。
その顔には怒りが滲んでいるけどね。
「……あたしも命令するよ?」
こいつも同じことを考えていたらしい。
「分かったよ」
苦笑で返す俺。
橘はそこから五分ほどで問題を解き終えた。
そして二人は採点を始める。
「バ、バカな……」
俺は橘の点数を見て愕然とする。
100点満点。
俺はというと98点。
一問ミスった。ケアレスミスだ。
「やった! 亜衣ちゃんの勝ちぃ~♪」
テンションがあがる橘。
「さて、何を命令しようかしらぁ?」
図書館の帰り道。
妖艶な笑みを浮かべている橘。
こいつもか。
訝しげな視線を橘に向ける。
「なによ?」
「いや、別に……」
「そうだ! 思いついた!」
なんだかすごく嫌な予感がする。
命令。
なんでもいうことをきかせる権利。
そんなものを橘に譲るんじゃなかった。
この一言を聞いた時点でこんな感想が、後悔が漏れてくる。
「じゃあ、あたしのオモチャになって♡」
なんだかとても嬉しそうに目を細めている。
「いや、それは……」
「なってくれるよね?」
ドンッと電信柱を半分にし、丁寧に折りたたむ橘。
「あ、あの……」
「なに?」
ニヤニヤとした顔を浮かべている。
怖い。
単純に怖いんだよな。
「あ。はい。オモチャです」
つい敬語になるくらいには怖い。
「よかった♪」
嬉しそうに後ろ手組む橘。
本当、いい性格をしているよ。
まったく。
「あたしのオモチャになったからには……、朝毎日連絡すること。いい?」
「……は?」
なんでそんな面倒なことをしなくちゃいけないんだ?
「だってオモチャでしょう?」
オモチャってそんな感じなのだろうか。
なんだか不安になってきた。
やっぱりさっきの悪寒は確かに後悔の念だったようだ。
俺明日死ぬのかな。
そんな恐怖心を植え付けた張本人は嬉しそうに何やらスマホを見ている。
いや、こっちの反応は無視かよ。
マジでなに考えているのかわかんねー。
こいつのことやっぱり苦手だわ。
「じゃあ、明日、ね?」
小さく手を振って離れていく橘。
マジでわかんねー。
理解に苦しんでいると俺は頭を抱えて家に向かう。
ちなみに橘とは隣の家同士である。
歩く道は一緒だ。
「また会ったね。運命の出会いかしら?」
「どういうこっちゃ」
理解に苦しんでいると、俺はため息を漏らす。
さっさと帰ろう。
足早に走ると、橘もついてくる。
素早い。
さすが二キロを走っただけある。
というかこいつ異常にすごい奴だ。
これで頭も良いらしいからすごいよな。
しかし、俺が負けるとはな。
勉強にはいささか自信があったのだが。
そのプライドすらへし折るという。
ひどく寝苦しい夜になりそうだ。
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