第12話 学校での橘

 翌朝になり犬飼の作ってくれた朝食で満足感を得た俺は高校に来ていた。

 五月。ゴールデンウィーク明け初日。

 だるい身体を筋トレで慣らしつつ、席につく。

光二こうじ。またおかしなことしているな」

 学校で話しかけてくる奴なんてこいつくらいだ。

「なんだよ。秋斗あきと

 イケメンでコミュ力も高い陽キャだ。

 孤高で一匹オオカミな俺にも陽気に話しかけてくる珍しい奴だ。

 正直、苦手なタイプではあるが、どうせ暇だ。少しくらい付き合ってやるか。

「光二、お前あの橘ちゃんや眼久ちゃん、それに犬飼さんと遊んだって聞いたんだが……」

 ぶっ。

 つい吹き出してしまう。

「何を根拠に……」

 あいつら有名だったのか。それもこの高校の生徒らしい。

 しかし面倒なことになりそうなので、誤魔化そうとする。

 そりゃそうだ。

 男受けの良さそうな顔立ちをしていたものな。私服も素敵だったし。

 あの三人女子としてはかなりレベルが高かった。ただし性格は残念だったが。

 そんな彼女らだ。

 俺との噂をされるのも不本意だろうな。

 ここはクールに否定しておくぜ。

「あー。わりぃ。だよな。ボッチなお前には関係ないよな。ごめん」

「ボッチ言うな!」

 ケラケラと笑いながら去っていく秋斗。

「ちっ。変な奴め」

 悪態をついても誰も聞いていないが。

 しかしあの三人に絡まれたら嫌だな。

 俺は寝たふりを決め込む。

 これなら誰もからみにこないだろう。

 先生が教壇に立ち、ホームルームが始まる。

 眠るふりは止めるが、後ろからつつかれる。

「よっ」

「……橘」

「覚えてくれたんだ。嬉しいぃねぇ~」

 ケラケラと笑う橘。

 マジか。前後の席だったか。

 しかもこいつは俺のことを憎からず思っているらしい。

 参ったね。こりゃ。

 怪訝な顔をしていると、チョークが飛んでくる。

「ちゃんと話を聞け!」

 ちっ。

 俺ばっかり批判しないで、橘にも言えよ。たくっ。

「はい」

 小さく言うと俺はため息を吐く。

 後ろからクスクスと静かに笑う声が聞こえてくる。

 橘め。あとで締めてやる。


 ……と言っても、橘のような暴力女に敵うはずもないか。


 どうにかしないとな……。

 ホームルームが終わり、橘が他の生徒と話しだす。

「橘ちゃん、彼が話していた人?」

「そうだよ。面白いんだから!」

 橘とその女子は奇々怪々とした様子で俺を見つめてくる。

 俺はできる限り存在を消して机に伏せる。

「本当は起きているよね?」

 たぬき寝入りをしているのだから、話しかけないで欲しいという意味すら理解できない短絡的思考。まさに野蛮。蛮族。

 人を暴力でしか従えないクセに。

 自分の表現力がないクセに。

「起きているよね?」

 後ろからどつかれる。

「分かった。分かったよ」

 俺は顔を上げると後ろを向く。

 けっ。こいつは最悪だ。

 俺のこともよく分かっている。

「で。なんのようだ?」

「今夜、私と付き合って」

「……へ?」

「いいじゃない。どうせ暇でしょう?」

 今夜はきっと犬飼が来る。

 この二人を引き合わせるのはマズい気がする。

「いや、俺は用事があるから」

「それがすんでからでもいいから」

「どういう風の吹き回しだ」

 きっと裏があるに違いない。

 俺は警戒心を強めながら、彼女から一歩引く。

「いいじゃない。あたしと一緒なんてなかなかないわよ?」

 びきびきと拳を握る橘。

 脅す気満々じゃないか。

 俺はまだ死にたくない。

「分かった。約束だ」

 本能的に応えてしまった。

 恐怖というのはこんな簡単に人を惑わせるのか。

「あたし今日は部活休みだし」

「部活? 何をしているんだ?」

「ん。バスケ部」

 バスケか。

 スポーツをやっていそうな性格ではあるけど。

「なんだか失礼なこと考えていない?」

 ジト目を向けてくる橘。

 いやー。失礼なこと考えているけどね。

 橘は血気盛んだもの。スポーツで発散してくれるなら、まだマシか。

 でもスポーツマンシップには則らないんだろうな。

「やっぱり失礼なこと考えている……」

「そんなことないぜ。お前の野性味は俺の中で評価高い」

 まあ、嘘は言っていない。

 こいつには理性なんてない。

 きっと本能のままに生きているのだろう。

「そんなうさんくさい顔で言われてもなー」

 橘は胡乱げな視線をこちらに向けてくる。

 その瞳の奥には燃えたぎる炎が見えた。

 きっとこいつは毎日本気で生きているんだ。

 俺とは無縁の世界で。

 必至なのは性に合わない。

 俺は俺の存在さえ守れればそれでいい。

 彼女らには関係ない。

 俺は俺だ。

 まったく。なんでこんなのに絡まれるんだか。

 俺は今、自分の人生における運のなさを痛感しているところだった。

「あたしと一緒にいられるなんて感謝なさい」

 ビシッと指先をこちらに向ける橘。

 全然嬉しくないのだが。

 嘆息混じりのため息を吐き、俺はその指をとる。

「なんで俺がお前に感謝しなきゃいけないんだよ」

「なっ!? あたしこれでもこの高校の三大美女なんだけど!?」

「知るか」

「そうよね。あんたみたいなボッチが知るわけないわよね。これは失言でした」

「おい。謝る気ゼロだろ。バカにして」

 実際、彼女の言葉にはトゲがあった。

 もとより俺を批判する気だったのだろう。

 橘はにんまりと口の端を歪めている。

 おお。怖い。怖い。

 こいつこんな顔もするんだな。

「さて。勉強でもするか」

 俺は前に向き直り、勉強道具を広げる。

 と、シャーペンがコロコロと転がり、机の下に落ちる。

「ほら、落としたぞ」

 橘が男勝りな口調でペンを拾ってくれた。

「ありがとう」

 一応、お礼を言い汗ばんだ手で受け取る。

「なによ? その目付き」

「うるせー。これは生まれつきだ」

 三白眼と呼ばれることの多い俺だが、彼女には睨んでいるように見えたらしい。

 もっと俺のことを知って欲しい――いや、この感情はなんだ?

 恥ずかしい気持ちになりつつもシャーペンの芯を出す。

「あんた、なんで勉強なんてしているの?」

「え。勉強するのに理由って必要か?」

「そりゃ、何事をするにも、理由はあるでしょう?」

 平行線になりそうな会話をしつつ、俺は橘の顔を見る。

 こいつ本気でそう言ったらしい。

「学生の本分は勉強だろ。勉強していて何が悪い」

「もっとウイットな会話を楽しもうぜ?」

 橘はまたも男勝りな口調で尋ねてくる。

 が、どういった意味だろう。

 俺には理解ができなかった。

 ウイットってなんだ?

 俺の知らない単語が出てきて、首を傾げる。

「なんで分からないのよ」

 こいつとはホトホト会話がかみ合わないな。

 それなのになんで俺に話しかけてきたんだ。

 分からない奴だ。

 理解できないから距離を置くか。

 少し引いた目で彼女を見てみる。

「あれ。おーい?」

 俺が遠い目をしていたのか、橘が気にした様子を見せる。

「あー。悪い。宇宙について考えていた」

「今のタイミングで!?」

 橘はめっちゃ驚いたような顔を見せる。

 まるで目ん玉が飛び出したかのようなリアクションだ。

 ……古いな。

 最近みないリアクションだ。

「それよりも。あんた連絡先教えなさいな」

 できれば心に決めた一人と連絡先を交換すれば、それでいいと思っていた。

 けど、あの犬飼とも交換したんだ。

 橘ともいいだろう。

 これは決して浮気とかじゃないし。

 まあ、彼女ができたら連絡先を消せばいい話か。

「分かった。交換しよう」

 俺はそう告げると、ラインの画面を開く。

 橘も同じようにラインの画面を開くと交換をする。

 俺には縁遠かったラインも、こうして二人目の友達を得た。

 さぞ役立つだろう。

 俺はウキウキした気持ちでトイレに向かう。

 しかしちょっと緊張したな。

 学校で誰かと話すなんて久しぶりだし、しかたないか。

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