第二話:杜の記憶、力の対峙

* * 前話のあらすじ * *


 西暦2033年春、匿都計画始動の地、猪名野神社。夜明け前、現場総監督・黒田 剛は一人四股を踏み、覚悟を示した。東山総理、榊原長官、そして藤林 匠、柊 静流、田所三佐ら計画の中枢が集結する。厳かな国家式典の準備と、賑やかなわんぱく相撲の準備。二つの異なる熱気が交錯する中、運命の朝が始まった。


* * *


 やがて、陽が高く昇る。

 猪名野神社の境内に設えられた特設式典会場に、国家プロジェクトの始動を告げる厳かな雅楽が響き渡った。


 最前列には、東山 龍太郎ひがしやま りゅうたろう 総理大臣、榊原 誠さかきばら まこと 長官ら政府要人が居並ぶ。

 その後方には、藤林 匠ふじばやし たくみ柊 静流ひいらぎ しずる、そして黒田 剛くろだ ごう田所 信二たどころ しんじの姿もあった。


 壇上に上がった東山 総理の言葉には、この国の未来を賭けるという、指導者としての重い決意が込められていた。

 続く榊原 長官の言葉は、この【匿都ナクト計画】が、単なる国土強靭化ではなく、日本の防衛思想そのものを根底から変革する「始まり」なのだという、静かな、しかし強靭な意志を国内外に示していた。

 最後に、宮司の天津 清玄あまつ せいげんが、この土地の悠久の歴史と、これから築かれる未来を繋ぐかのように、厳粛な祝詞を奏上する。


 国家の「公」と、神域の「聖」。

 二つの意志が交差し、この計画の重みが、出席者一同の胸に深く刻まれた。


 その張り詰めた空気が、ふっと緩んだのは、式典が閉会し、続く「わんぱく相撲大会」の触れ太鼓が鳴り響いた瞬間だった。


「さあさあ、ちびっ子力士の皆さん、土俵際で踏ん張って!」


 マイクを握った天津 清玄の声は、先ほどの荘厳な祝詞とは打って変わって、春の日差しのように明るく、弾んでいた。


「残った、残った! あーっと、今のは勇み足! 大丈夫、怪我はないかな? 泣かんでよし。おにぎり食べて、ごっつぁんです!」


 宮司の軽妙で、時折「ごっつぁんダジャレ」を交える行司ぶりに、会場の緊張は一気に解け、温かい笑い声が広がる。

 土俵の上では、小さな力士たちが、汗と泥にまみれ、必死に相手に食らいつく。

 勝って飛び跳ねる子、負けて大声で泣きじゃくる子。

 それを応援する親たちの野太い声援と、炊き出しの湯気が混じり合う。


「公」の非日常は、瞬く間に「民」の日常――「祭り」の熱気へと溶け込んでいった。


 その和やかな喧騒の合間。

 匠は、ふと本土俵から視線を外し、思考の迷路に入り込んでいた。


 彼の目に、境内の一角にそびえ立つ、一本の大樹が映る。

 ムクロジの木。

 高さは13.5メートル、枝張りは東西に14メートル。幾星霜の風雪に耐えてきたその荘厳な姿は、この神社の歴史の証人そのものだった。

 主祭神である素盞嗚尊すさのおのみことから、戦国の英雄、そして豊臣 秀頼とよとみ ひでよりに至るまで、この木は、幾多の時代の祈りや争いを、ただ静かに見下ろしてきたのかもしれない。


(……何百年も、ずっとここに)


 悠久の時に思いを馳せた匠の視界に、今度は、すぐ近くに設営された無機質な鉄の箱が映り込んだ。


 そこには、匠が心血を注いで創り上げた、サムライ・フレーム【霞】の専用整備ラックや、魂の器とも言うべき【御霊代カプセル】といった、最先端技術の塊が納められている。


 何百年と姿を変えぬ大樹と、これから何年、あるいは何十年と、この神域に存在し続けるであろう鉄の箱。

 その奇妙な同居に、匠は、「自分たちは今、とてつもない歴史の上に、全く新しい未来を築こうとしている」という事実の、途方もない重さを改めて実感し、ごくりと息を呑んだ。


 わんぱく相撲の全取組が終わり、会場の熱気が最高潮に達した頃。

 ついに、この日、誰もが待ち望んだ特別試合の時が来た。


「―――番数も取り進みましたるところ、かたや、黒田、黒田」


 宮司・天津 清玄の、先ほどまでの軽妙さとは打って変わった、荘厳な口上が響き渡る。


「こなた、田所、田所」

「この相撲一番にて、本日の、打ち止め!」


 土俵の上で、二つの異次元の肉体が対峙する。

 一人は、元学生横綱、【匿都計画】現場総監督、黒田 剛。

 一人は、柔道で世界と渡り合った、陸上自衛隊特殊作戦群隊長、田所 信二。


 二人が腰を落とし、見合った瞬間、空気が軋んだ。


 立ち会い。

「ハッ!」

 黒田の岩のような突っ張りが、田所の胸を捉える。


「ぐっ……!」

 常人ならば一撃で吹き飛ぶ衝撃と、最強の兵士としての屈辱に、田所の頭に血が上った。

(……このっ!)


 セオリーを無視し、獣のように懐へ潜り込む。狙い通り、黒田のまわしを引いた!

 柔道家としての自らの「技」が、相手の「力」を捉えた。

(……勝てる!)

 田所が、そう確信した、その刹那。


 それこそが、黒田の描いた完璧な絵図だった。

 田所にまわしを引かせ、力を一点に集中させた、まさにその瞬間。

 黒田の身体が、わずかに沈む。


「なっ……!?」

 田所の視界が、急に高くなった。


 まるで、赤子を抱き上げるかのように。

 黒田は、百戦錬磨の特殊作戦群隊長の巨体を、軽々と持ち上げると、そのまま土俵の外へと、静かに運び出した。


 決まり手、『吊り出し』。


 あまりの圧勝だった。

 技も、誇りも、何もかもが、黒田という男の圧倒的な「格」の前に、一切通用しなかった。

 会場は、先ほどのわんぱく相撲の喧騒が嘘のように、声を失い、静まり返っていた。


* * 次話の予告 * *


 黒田 剛の圧倒的な「格」の前に、最強の兵士・田所は完敗し、プライドを砕かれる。静まり返る境内。勝者と敗者、二人の対照的な姿を見つめる匠の元に、MIYABIが驚愕の解析結果をもたらす。黒田の真の恐ろしさとは? 匠の理想と黒田の現実、二つの「礎」の激突が、今、静かに予感される。


 第三話:勝者と敗者、小さな影

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