第49話 夏に向けて
俺と勇気にとって、ここからが本当の勝負だった。プロの世界でレギュラーの座は約束されない。一瞬でも結果を出せなければ、すぐにベンチへ追いやられる。
四番として試合に出る機会は増えていたが、打撃の波が大きいことを首脳陣は見逃さなかった。
「太陽、お前のスイングは豪快だ。だが、空振りが多すぎる。四番は打率でもチームを引っ張らなきゃならん」
監督にそう告げられ、胸の奥が重くなった。ホームランやタイムリーを打っても、その翌日に三三振をすればすぐに評価は落ちる。数字がすべての世界だと突きつけられた。
一方、勇気は代走や守備固めでの出場が中心だった。
俊足は誰もが認めている。だが打撃で結果を残せなければ、「走れる便利屋」で終わってしまう。
「このままじゃ、俺は存在を消される」
勇気は食堂でも、ロッカーでも、バットを手から離そうとしなかった。
七月初旬のデーゲーム。
俺はスタメンから外れ、ベンチで試合を見守っていた。悔しさで拳が震えた。だが同時に、「打てなければ居場所はない」と理解もしていた。
八回裏、代打のコールがかかる。一死一・二塁、逆転のチャンス。
観客の視線が一斉に突き刺さる。心臓が耳元で鳴り響くようだった。
初球、外角ストレート。強振――右中間を割るツーベース! 二人のランナーが一気に生還し、ドームが揺れる。
ベース上で胸を叩いた。あの感覚、忘れていた。やっぱり俺は、この舞台で勝負できる。
勇気にも転機が訪れる。
九回裏、一点ビハインド、無死一塁。監督の声が響いた。
「代打、勇気!」
ドームがざわついた。プロの観客の視線は温かいだけではない。期待と同時に、結果を求める厳しさが突き刺さる。
勇気は深呼吸し、打席に立つ。
初球、外角スライダーをギリギリまで引きつけ、バットを流し込む。
「カキィン!」
打球は三遊間を破った。スタンドが爆発し、ベンチが立ち上がる。
勇気は一塁ベースで小さく拳を握った。やっと、自分のバットでチームに貢献できた。
試合後、ロッカールーム。
勇気が笑顔で声をかけてきた。
「太陽、やっと並んで打てたな」
俺も笑い返す。
「お互い簡単にはレギュラー取らせてもらえない。でも……だからこそ面白い」
肩で息をしながら交わした会話は、いつになく重みがあった。
夏の熱気は、グラウンドの芝を焦がすように迫っていた。
俺と勇気は、凡才から這い上がってきた選手だ。
和哉のような怪物に追いつくには、止まる暇なんてない。
――プロの夏。
俺たちにとって、真の勝負が始まろうとしていた。
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