第12話 夜のさよなら
孤高なお嬢さまと呼ばれ、いつもつまらなそうにしている有栖川さんは、一体、どんな気持ちで今まで過ごしてきたのだろうか。そして、僕と過ごしたあの一週間をどう感じたのか。今までの彼女の行動は、寂しさを埋めるものだったのだろうか。
有栖川さんはまだぎこちない乗り方で、足をブラブラさせている。それを見かねたエリスが
「透子、背中押してあげよっか?」
と声をかけた。
「じゃあ、押して!」
「よし、行くよ!」
エリスがブランコを引いて、思いっきり突き放す。有栖川さんを乗せたブランコは空高く宙を舞う。
「ふふ、思ったより高いわ!もっと、押してちょうだい。」
「しょうがないなー。」
僕はふたりのやり取りを眺めて、母と娘のような、姉妹のような——
「漕がなくていいのは楽ね。」
「ねー、そろそろ交代しよ?私も押してもらいたい!」
笑い合う彼女らはやっぱり、友達のような不思議な関係だと思った。例え、エリスが有栖川さんに創られた存在だとしても、そんな関係性を持つ二人が羨ましい。
「ね、透子」
「ふふ、私も同じこと考えてた。」
二人は目を合わせ、含みのある笑顔をこちらに向け、近づいてくる。
何だろう。何か、企んでるみたいな。
そのまま、二人は僕をブランコに座らせ、後ろに回った。
「ちゃんと捕まってなさい、稲葉くん。」
と有栖川さんが言うと、背中を思いっきり押した。
「うわぁあ」
しっかりとブランコのチェーンを握り、目をつぶる。
二人で押している分、自分で漕ぐよりもブランコは大きく揺れる。ちょっと怖い。でも、目を開けると夜空に吸い込まれてしまいそうなほど、空が近くて、奇麗だった。
夜に乗るブランコは格別だ。ふたりも楽しそうで、つられて笑顔になる。
三人の笑い声が公園中に響き、なんだか、このまま時が止まってしまいそうな、永遠の感覚を感じてしまう。
「今度、エリスの番!」
代わるがわるブランコに乗る人を変え、三人ではしゃぐ。まるで、子供のように。昔、できなかったことを取り戻すように。
何回、交代しただろうか。現実に戻されたのは有栖川さんがブランコに乗っているときだった――
「透子様!」
メイド服、といってもクラシカルな丈の長い方のメイド服を着て、僕たちの前に一人の女性が飛び出してきた。
いかにもご貴族様に仕えていそうなきっちりとした身のこなし。でも、雰囲気は柔らかく、今にも泣き出しそうな困り眉をしていた。
「透子様、どこに行ってらっしゃったんですか?おじい様もおばあ様も心配していらっしゃいますよ⁉」
「ごめんなさい。亜希。」
やっぱり、有栖川さんはご令嬢で、あの噂は本当だったのかもしれない。この女性——亜希さんは、有栖川さんに仕える使用人なのだろう。
「あら、すいません。御挨拶が遅れました。私、有栖川家の使用人、佐藤亜紀です。」
亜希さんは丁寧に僕に挨拶をしてくれた。
「は、初めまして。稲葉です。」
「稲葉さん、透子様と一緒にいてくださってありがとうございました。ああ、なんとお礼を申し上げたら——。」
「いえいえ、そこまでは。そんな大したことなど。」
ご丁寧に、僕に対して深々とお辞儀をされ、困惑した。僕はただ、三人で遊んでいただけで、本当に何もしていない。
……そういえば、亜希さんは僕にしかお礼を言っていない。隣にいるエリスのことなど全く眼中に入っていない、それどころか、認識すらしていないらしい。
「もう、透子様。何を考えておられるのですか?夜中に出歩くなど。しかも勝手に!」
「ごめんなさい。一人で出歩きたくなるお年頃なのよ。」
「はいはい、そうなんですね。でも、こればっかりは見過ごせませんよ。あなたには前科がありますから。」
「分かってるわよ。」
少し、ふくれっ面な彼女はつま先でぐりぐりと地面を掘る。
横目でエリスを見ると先程の無邪気で楽しそうな顔からよそよそしく、淀んだ顔つきに変化していた。
亜希さんは、胸をなで下ろした後、僕の方に開き直り、
「改めて、お礼をさせていただいますね、稲葉さん。本日はこれで。」
「あ、はい。」
「では、失礼します。稲葉さん、お気をつけて帰ってくださいね。」
「は、はい。お二人もお気をつけて。」
有栖川さんは亜希さんに手をひかれて、僕の目を見て
「じゃあね。また明日。」
と呟いた。意外にも彼女は抵抗せずにあっさりと帰ってしまった。
やっぱり、亜希さんはエリスに一ミリたりとも目線を合わせなかった。
まるで、僕と有栖川さんにしか見えていないように。
二人が公園から出ていくのを見送ってからエリスに
「イマジナリーフレンドは誰にでも見えるわけじゃないんだね。」
と話しかけた。
「ああ、うん。君が特殊なんだよ。」
有栖川さんらが出ていった先を見続けてエリスは困ったように目尻を下げた。
「……エリスは帰るの?」
「帰るよ。」
「そっか。」
楽しかった時間はあっという間に終わりを告げて、満月は雲に隠れてしまった。闇夜に呑み込まれたこの公園には回路の接触が悪い街灯だけが嫌にチカチカと僕らを照らしている。
「夜道は危ないし、送って行くよ。」
「ううん。大丈夫。私はイマジナリーフレンドだから。」
「そっか。」
「ね、稲葉。」
その声は落ち着いた声色で、少し悲しそうだった。
エリスは僕の正面を向いて、瞳を真っすぐ見た。
「透子のこと、ちゃんと見てて。」
「う、うん。」
真剣な表情で、でも、どこか寂しそうに。
「君はあの子に選ばれたんだから。」
そう彼女が告げた途端、強い風が吹いて、目をつぶってしまった。
風はブランコを揺らせれるほどに強く吹き荒れ、きぃきぃと気味の悪い音をたてる。
目を開けるとエリスの姿はもうどこにもいなく、僕だけが一人公園でポツンと佇んでいた。
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