第8話 秘伝のアイテム
体育館にいるゾンビをほとんど倒した。ゾンビはもうびくともせずに固まっている。まるで石化した像みたいだ。
体育館の中にある倉庫の前につき、扉を開く。身構えていたけど、中にはゾンビはいなく、暗闇の中に変に光っている所があった。きっと、それが有栖川さんが言っていたアイテムだ。意気揚々と近づいたけど、それを見た瞬間に目を丸くした。
「これが……?」
そこには
──黄金に輝くバケツが置いてあった。
見た目は派手だけど中身は地味だ。水しか入っていない。
「もしかして、特別なバケツなの?」
恐る恐る聞いたけど、有栖川さんは
「見た目は特別。秘伝のアイテムっぽいでしょ?」
ドアに寄りかかって腕を組んで微妙な顔をする僕を見ていた。
「見た目はって……中身は普通のバケツってこと?」
「ええ、そうよ。」
「バケツってどうなの?これなら、よっぽどホースのほうがいいよ。」
バケツなんて一回一回汲みに行かないといけない品物だ。そんな事している間にゾンビに噛まれてしまう。
「バケツは広範囲にまけるわよ。」
バケツをばらまく真似をしながらおどけた態度で言うもんだから、
「ホースも広範囲に撒けるよ。」
言い返してしまった。
「へー、そう。気に入らないのね。稲葉くんはバケツすら上手に扱えないのね。」
彼女の不機嫌スイッチを入れてしまったようで、嫌味ったらしい口調で唇を尖らせた。
「勝手に期待した僕が馬鹿だったよ。このバケツは有栖川さんが使えばいいじゃない?僕よりも上手く使えるだろうし。」
「いいわよ!使ってあげるわよ!」
有栖川さんが僕の言葉に噛みついたその時──
綺麗さっぱり退治したはずのゾンビが突然現れて僕らの方へ一斉に向かう。
反射的に体が動いて、急いで体育館倉庫の扉を閉める。力強く扉をたたく音が聞こえる。
信じられない情景を見た分、寿命が縮んでしまった気がする。
「なんで、復活してるの……。」
独り言のように呟くと、有栖川さんは得意げに解説をしだす。
「ここに長居しすぎたのよ。ほら、一定時間経つと敵が復活すること、あるじゃない。」
ほら、じゃない。その要素要らないだろ。
だとしても、数が多すぎる。すごい数のゾンビが多分、体育館倉庫の扉を叩いている。じゃないと、耳をふさぎたくなるほどの騒音は出ない。
「どうやって出ようね。ホースは外においてきちゃったし。」
「バケツがあるじゃない。これで一気に倒しましょ。」
いけるのか?あんなに大量のゾンビを倒すことなんて。
有栖川さんはバケツの中を覗き、マイペースに水遊びを始める。
閉じ込められたここは、こもっているせいか蒸し暑い。
自由すぎる有栖川さんに少し苛立ちを覚えるけど、そんな場合じゃない。この騒音は耳に毒だし。
「もう少し余裕がほしいよね。バケツ一つじゃ心もとないでしょ?」
「……それもそうね。じゃ、稲葉くん。作って。」
「何を⁉」
「何をって、ゾンビに対抗するためのアイテムに決まってるじゃない。稲葉くんったら、私に毎度毎度ケチつけるんだもの。嫌になっちゃった。」
別に特にケチつけてなんかいない。それも毎度毎度など、そっちこそ、いちゃもんつけている。
ピチャピチャ音を立てて遊んでいる彼女に
「で、どうすればいいの?僕は有栖川さんみたいな力持ってないよ。」
と訊ねると僕の方を真っ直ぐ見て
「大丈夫よ!はい、妄想しなさい。ゾンビに対抗するならどんなアイテムがいい?」
濡れた手のまま、頭を挟まれる。今は暑いからちょうどいいけど、手を拭いてから触ってほしい。
今から有栖川さんの手によって僕の妄想が具現化されるのか。
どんなのがいいと言われても、やっぱり最初に有栖川さんが持っていた水鉄砲がかっこよかった。あれを沢山。水は前もって満タンにして。あ!背負えるタイプがいいかもしれない。前に見たことがある。おもちゃ売り場で見たんだったかな。
脳みそをフル回転させて、僕は必死に想像を膨らませる。
「そろそろ、思いついたでしょ?さあ、言ってご覧なさい。あなたの妄想を。」
「えっと……リュック型の水鉄砲とか、かっこいいのではないでしょうか。」
「決まりね。」
ボンッと音を立てて現れたのは僕の言葉通りリュック型の水鉄砲だ。
「なかなかいいじゃない。あれみたいね、お化け倒す映画のやつ。ゴーストじゃなくて、ゾンビバスターズね。」
水鉄砲を背負った有栖川さんはちょっとノリノリだ。
「そうだね。そんなつもりなかったけど。」
これで対抗できるだろう。たぶん。自信ないけど。
「倒しに行きましょうか。ゾンビを。」
「よし、行こう。」
僕もだいぶノリノリだった。だって、メカっぽくて我ながらいい出来栄えだと思う。
扉の前に屈み、少し扉を開けて様子を見る。やっぱり先ほどと同じくらいにうじゃうじゃとゾンビがさまよっている。
有栖川さんと顔を見合わせて、一気に扉を開け、水鉄砲を噴射する。瞬く間にゾンビは動かなくなり、僕らは勝ちを見越していた。──いや、油断していたのだ。前みたく、すぐ水がなくなって玉切れということはないし、なにせ水鉄砲って子供心がくすぐられる品物なのでつい楽しくなってしまっていたのだ。ゾンビが襲ってきているのに。
だから、運動神経があまりよろしくないと思われる有栖川さんがゾンビに囲まれていた。
「大丈夫?有栖川さん?」
声をかけても返答はなし。ゾンビはわらわらと彼女のほうに寄っていく。僕も参戦はしたかったけど、目のまえのゾンビで手一杯だ。流石にやばいのではないだろうか。
「さよなら、稲葉くん。もう、タンクが空だわ。健闘を祈る。」
有栖川さんの声がやっと聞こえたと思ったら、別れの挨拶をされた。おまけに親指を立てて沈んでいく。……もうちょっと頑張れるんじゃない?余裕あるよね?絶対、あの映画を真似ているけど……ここは乗るべきだったんだろうか。
とそんなこんなで有栖川さんはゾンビになった。
淡々と告げているが僕だって焦っているんだ。僕の水鉄砲のタンクだって残り僅かだし、味方がゾンビになってしまったのだ。
有栖川さんと思われるゾンビも僕に迫ってくる。彼女がゾンビになっても元の世界に戻らないということは、やっぱりやつらを倒さなければならないのだろうか。有栖川さん、ゾンビになったけど。
「あ……やばい……。」
水鉄砲の引き金を引いてもカチッ、カチッと虚しい音が出るだけで一滴も出ない。
どこかへ逃げないとと、体育館中を見回すけどどこもかしこもゾンビ、ゾンビ、ゾンビだ。さっきよりも何故か増えている。逃げ惑う僕は、置きっぱなしのホースを手に取ったが、蛇口を閉められたらしく水は出ないことに気づいた。出口に向かいたくてもゾンビどもがそれを許しくくれない。
考えに考えた挙句、まるでゾンビに導かれたかのように体育館倉庫に再び戻った。
「はぁはぁ、なんなんだよ、もう。」
文句を言っても何も変わらない。有栖川さんがゾンビになってしまった今、どうにかするのは僕しかいないのだから──
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