第5話:白衣の影
1/6
夜11時過ぎ。
非常口から忍び込んだ病院は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
消毒液の匂いと、遠くの機械音だけが空間を満たしている。
蓮司は両手をポケットに突っ込み、落ち着かない足取りで歩く。
「……なぁ朝比奈、夜の病院ってさ、ホラー映画の撮影場所にしか見えないんだけど」
「はいはい、気のせい気のせい」
光がタブレット越しに無感情で言う。
《あなたの心拍数、通常の1.4倍です》
「だから余計なこと言うなって!」
⸻
2/6
廊下の途中、ガラス窓越しに中庭が見えた。
ふと視線を向けた蓮司は、そこで息を止める。
向こうの棟の三階廊下——
非常灯に照らされ、首をカクッと傾けたまま歩く白衣姿があった。
歩幅は不規則、視線は宙をさまよい、まるで魂の抜けた人形のよう。
蓮司の背筋に冷たいものが走る。
(……昨日見た“白衣の幽霊”)
⸻
3/6
「おい……見ろよ」
蓮司がガラス越しに指差すと、朝比奈は眉をひそめた。
「ただの人だろ」
《歩行パターンが不自然です。追跡を推奨》
光は淡々と告げる。
「やめとけって……」
蓮司が弱々しく制止するが、朝比奈はもう中庭を横切っていた。
⸻
4/6
影は向こうの廊下の奥へ進み、やがて角を曲がって姿を消す。
朝比奈は迷いなく病棟の連絡通路へ向かい、蓮司も渋々ついていく。
「いや、絶対やばいって……これ」
⸻
5/6
曲がり角の先は、ほとんど使われていないような薄暗いエリアだった。
壁の色は微妙に違い、塗り直した跡がまだ浮かんでいる。まるで“何か”を隠すために塞いだはずの壁が、無理やり開かれているように見えた。
その一角に、古びた両面開きの自動ドアがあった。
昼間は小刻みに震えるだけだったそれが、今は全開のまま止まり、奥の闇をあらわにしている。
表札も案内板もなく、ただぽっかりと開いた無名の入口。そこだけが異様に呼吸しているように見えた。
その奥に——場違いなほどレトロな格子ドアのエレベーターがぽつんと口を開けていた。
周囲の造りと噛み合っていない。壁紙も床材も一部だけ歪み、建物全体に無理やり継ぎ足された“異物”のようだった。
蓮司は息を呑んだ。
「……なんで、こんな場所に」
扉の中央には、他のどのエレベーターにもない小さな鍵穴が沈んでいた。光沢はなく、埃に覆われ、まるで誰も使わないまま放置されていたかのよう。
朝比奈が低く呟く。
「……これじゃ、絶対に見つからないわけだ」
⸻
6/6
《図面にも記録にも存在しません》
光の声が低く響く。
朝比奈は鍵穴にそっと触れ、わずかに笑った。
「第7病棟への入り口、見つけたかもね」
蓮司は背筋に、再び冷たい汗が流れるのを感じた。
■次回予告 ― 第6話「第7病棟」
封じられた扉の先に現れた、番号だけの病室と無機質な廊下。そして“白衣の幽霊”と噂された男との、避けられぬ邂逅。都市伝説と現実が交差する第7病棟で、蓮司たちは何を目にするのか——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます