第5話:白衣の影

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夜11時過ぎ。

非常口から忍び込んだ病院は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

消毒液の匂いと、遠くの機械音だけが空間を満たしている。

蓮司は両手をポケットに突っ込み、落ち着かない足取りで歩く。

「……なぁ朝比奈、夜の病院ってさ、ホラー映画の撮影場所にしか見えないんだけど」

「はいはい、気のせい気のせい」

光がタブレット越しに無感情で言う。

《あなたの心拍数、通常の1.4倍です》

「だから余計なこと言うなって!」

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廊下の途中、ガラス窓越しに中庭が見えた。

ふと視線を向けた蓮司は、そこで息を止める。

向こうの棟の三階廊下——

非常灯に照らされ、首をカクッと傾けたまま歩く白衣姿があった。

歩幅は不規則、視線は宙をさまよい、まるで魂の抜けた人形のよう。

蓮司の背筋に冷たいものが走る。

(……昨日見た“白衣の幽霊”)

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「おい……見ろよ」

蓮司がガラス越しに指差すと、朝比奈は眉をひそめた。

「ただの人だろ」

《歩行パターンが不自然です。追跡を推奨》

光は淡々と告げる。

「やめとけって……」

蓮司が弱々しく制止するが、朝比奈はもう中庭を横切っていた。

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影は向こうの廊下の奥へ進み、やがて角を曲がって姿を消す。

朝比奈は迷いなく病棟の連絡通路へ向かい、蓮司も渋々ついていく。

「いや、絶対やばいって……これ」

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曲がり角の先は、ほとんど使われていないような薄暗いエリアだった。

壁の色は微妙に違い、塗り直した跡がまだ浮かんでいる。まるで“何か”を隠すために塞いだはずの壁が、無理やり開かれているように見えた。

その一角に、古びた両面開きの自動ドアがあった。

昼間は小刻みに震えるだけだったそれが、今は全開のまま止まり、奥の闇をあらわにしている。

表札も案内板もなく、ただぽっかりと開いた無名の入口。そこだけが異様に呼吸しているように見えた。

その奥に——場違いなほどレトロな格子ドアのエレベーターがぽつんと口を開けていた。

周囲の造りと噛み合っていない。壁紙も床材も一部だけ歪み、建物全体に無理やり継ぎ足された“異物”のようだった。

蓮司は息を呑んだ。

「……なんで、こんな場所に」

扉の中央には、他のどのエレベーターにもない小さな鍵穴が沈んでいた。光沢はなく、埃に覆われ、まるで誰も使わないまま放置されていたかのよう。

朝比奈が低く呟く。

「……これじゃ、絶対に見つからないわけだ」

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《図面にも記録にも存在しません》

光の声が低く響く。

朝比奈は鍵穴にそっと触れ、わずかに笑った。

「第7病棟への入り口、見つけたかもね」

蓮司は背筋に、再び冷たい汗が流れるのを感じた。




■次回予告 ― 第6話「第7病棟」

封じられた扉の先に現れた、番号だけの病室と無機質な廊下。そして“白衣の幽霊”と噂された男との、避けられぬ邂逅。都市伝説と現実が交差する第7病棟で、蓮司たちは何を目にするのか——。

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