第16話 泥んこ聖女、心を入れ替え『優等生』になる
「ハイネ・レイベリオン様。聖天イシュタリア章の受章おめでとう!」
そうして万雷の拍手が鳴り響く中。
全生徒の前で学長先生自ら惜しみない称賛の言葉を賜ったわたしは、どうにか引きつった笑みを崩さないようにするので精いっぱいだった。
季節が一巡りし、また新しい春を呼び込もうとする季節。
「もう少しで卒業かー」と物思いにふけっていたわたしに飛び込んできたのは、王族からこの世で最も素晴らしい聖餐器を作り上げた聖女に送られる栄誉ある勲章を授けたいというものだった。
話は半年前まで遡り――。
わたしが試験的に作った聖餐器が美しく、しかも出来が良かったとかいう理由でどこの誰とも知らない人が勝手に作品を送り付け、お偉いさんの目に留まったらしい。
(そしてあれよあれよという間にわたしの知らないところで話は進み、今に至るわけだけど)
――いや、なにその「親戚が勝手に送っちゃってぇ」みたいなよくあるアイドル話みたいな理由はッ⁉
作品を純粋に評価されたのはもちろん嬉しいよ?
だけど完全に想定外で予想外の出来事に、頭が真っ白になりその場で卒倒したわたしの心境を察してほしい。
というより――
(本職の聖女のお姉さま方も、なに見習いの作品に負けてヘラヘラしてるのッ⁉)
ううっ、大聖女のお姉さま方を差し置いて最高位の聖天イシュタリア章の授与とか気まずすぎる!
最近、いろんなことがありすぎて何でもかんでも疑う癖がついっちゃったから「これも何かの陰謀では?」とか思ってしまうのは、わたしの心が狭いからかな?
「この学園創設以来。聖女見習いがこの栄誉あふれる勲章を授与される機会など滅多にあることではありません。ハイネ様にはこの調子で励みなさい」
「ありがとう存じます。セルドラッド卿」
大司教っぽいおじいさんに激励され、淑女然と修道服のスカートを持ち上げてカーテシーすれば、周りから称賛の声が漏れ聞こえてくる。
「やっぱりハイネ様は別格なのですね」
「聖天イシュタリア章といえば、この国で最も尊い聖餐器の作り手に与えられる勲章ですわよね?」
「しかもまだ五歳でしょう? スキルの恩恵もなしにそこまで至れるものなの?」
「もしかしたら洗礼の儀では一足飛びに大聖女の位を授かるかもしれませんわね」
うーん、前世の記憶を思い出してそろそろ六年になるかな?
今日ほど記憶を失ってしまいたいと思う日はないねッッ!
そうして優雅に、けれど決して気絶してしまわないように元の席に戻ると、先に表彰されていたリリィが、興奮気味にわたしの帰りを待っていた。
「ハイネさま! おめでとうございます! まさか見習いの身で聖天イシュタリア章を授与されるなんて、やはりハイネさまは特別な才能をお持ちなのですね!」
「いやいや、そんなことないって。リリィだって、見習いなのに佳作に選ばれてるじゃん」
「そうですけど、そうなんですけどっ! それでもやっぱりすごいですわ!」
今の自分が置かれている現実が信じられないのか。
フンスと淑女らしくなく鼻息を荒くしては、興奮するリリィ。
まぁ今回の品評会は学園の生徒のみだけでなく、聖霊都市ウルシュメールにいる聖女見習い及び、全聖女の中から一部の上位者が表彰されているので、立派な聖女を目指すリリィからしたら嬉しくないわけないか。
(まぁわたしの場合、誰かに勝手に作品として贈られたせいか、どう喜べばいいかわかんないんだけどね!)
だけど興奮冷めないのか。
まるで自分事のようにわたしの活躍を語りだすリリィの口が止まってくれない。
最終的には――
「やっぱりこのリリィの判断は間違ってはおりませんでした。必ず受章すると信じてハイネ様に内緒で品評会に提出した甲斐がありましたわ!」
なんですとぉ⁉
思わぬ言葉が飛び出してきて、ぎょっとリリィを凝視する。
え、あの作品を提出したのが、リリィ?
「えーとリリィ? いまのちょーっと初耳だったんだけど」
「あら? 言っておりませんでしたか? てっきりハイネさまには伝えたと思っていたのですけど」
言ってないよぉ!
わたしはてっきりまた妙な勢力が、また何かを企んでるのかとばっかり思ってたけど。
(まさか身内の犯行とは!)
灯台下暗し!
連絡を受けてからなにかの陰謀に巻き込まれてるんじゃないかと毎日ドキドキしてたわたしが馬鹿みたいじゃん!
「い、一応聞くけどなんでそんな勝手なことを……」
「あれ? どうしてでしたっけ? たしか誰かに言われていたような――」
キョトンと不思議そうに首をかしげるリリィ曰く。
どうやら、わたしがまだ品評会に出展する作品を提出されていないと誰かに聞かされ、今後の評価に関わることだから、と言われて行動したそうなのだが――、
「ですがわたくし後悔はしていません。やはりハイネ様の才能はいまの大聖女にも負けていないと証明されました!」
「い、いやーリリィこそあんなに聖餐器作り苦手だったのに、王様に褒められるくらい上達したんだから、才能の話ならリリィも負けてないと思うけど」
「なにをおっしゃいますの。わたくしの受賞は全てハイネさまがあれほど真剣にリリィに秘密の特訓をつけてくれたおかげではないですか!」
秘密の特訓と聞いて、ギラっと獲物を狩るような視線が全身に突き刺さる。
やめてやめて!
こんな目立つところで、わたしとの繋がりを暴露しないで!
(だけどリリィの様子を見てやっぱり確信した。誰が何の目的でこんなことしてるのかわからないけど、わたしに対する認識が歪められてるんだ!)
原因はわかってる。
学園全体に掛けられている神聖魔法――洗脳光線? の影響だ。
アフロディーナさまの指導を終えてからというもの。わたしの周囲の評価は文字通り『いい方向』へ向かい始めた。
自分で言うのもなんだが、わたしはそれほど高潔な人間ではない。
それこそ少し前までは、才能はあるが何をしでかすかわからない問題児という扱いだった。
そしてそれは今でも変わらないと思っている。
にも拘らず、わたしのやること為すことの事実がいいように歪み、みんな示し合わせたようにわたしが大聖女に相応しいと認識するのだ。
(――わたし一人が我に返っても周りの認識が次々と歪められるんだからほんと神聖魔法って厄介!)
しかもその洗脳対象には、わたしもがっつり含まれているようで。
恐ろしいことに自分でも気づかないうちに周囲の期待を背負った『理想の聖女見習い』――ハイネ・レイベリオンになっているときがあるのだ。
(おそらく学園全体に充満してる神聖魔法のせいなんだろうけど)
それにしたって自分が自分じゃなくなるって怖すぎるでしょ!
なにせ思考が塗り替えられても、違和感がないから、気づいたときには優等生のハイネ・レイベリオンとして取り返しのつかないことをやらかしていたりする時もあるのだ。
こっちは聖女になりたくなくて、手を抜いて粘土研究に精を出したいのに、真逆の行動をとって、ますます聖女に房wしいと称賛を受ける始末。
(おかげで粘土研究に支障がでるは、いつの間にか本気で大聖女を目指すはで、周りの話についていくの、ほんと大変だったってのに!)
いまでは魔粘土で作ったお守りを身に着けることで何とか正気を保ってるけど、気を抜いたらいつまた『優等生』に戻ってしまうかわからない。
それもこれも顔も見えない誰かが、わたしを強制的に聖女にしようとたくらんでるんだろうけど、
「それもこれもすべてはリリィを導いてくださったハイネ様のおかげですわ」
「――いやいやだとしたら、なおさらわたしのサポートなんて些細なことで、その賞はリリィの努力で勝ち取ったものなんだよ」
うん。だから今はそういうことにしておいて。
じゃないと今にも、わたし達の話を聞いていた見習いの子たちがギラッギラした視線で秘密を聞き出そうとしてくるからッッ!!
(ああもう、みんなわたしのことを誤解してる! わたしはただ欲望に忠実な浅ましい人間だから! そんな尊敬の眼差しで見られるような人間じゃないから!)
そして厳格な式典が終わり、解散となれば、案の定、最下層の成績だったリリィを受賞者まで引き上げた秘密を聞きたがる聖女見習いたちが詰め寄ってくる。
しまいには『わたしもその秘密の特訓に招待してくれないかしら」なんて話になり――
「ええ、もちろんですわ。みなさん、女神イシュタリア様に仕える聖女見習いとして共に研鑽を積みましょう」
(ああ! わたし貴重な研究時間がああああアア!)
わたしの願いとは真逆に勝手に動く己の口を呪い、わたしはこの地獄のような所業を生み出した首謀者をいつかぎゃふんと言わせる! と心に誓うのであった。
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