第10話 泥んこ聖女 と デモンストレーション



「はじめまして聖エルジア女学園の生徒の皆さん。知っている方もいらっしゃるとは思いますが改めてわたくし、南の神聖結界の管理を任されています大聖女アフロディーナです」


 そう言って子供たちが席に着くなり、始まる自己紹介は緊張した講堂の空気とは裏腹に和やかに行われた。


 憧れの女性を前に普通なら居ても立っても居られず大騒ぎしそうなものだけど、そこは貴族のお嬢様たち。誰もが目を輝かせながら、お行儀よくアフロディーナさまのお話を聞いていた。


(うーん。とても五歳児とは思えない鋼メンタルだね)


 今にも駆け寄りたい空気をぎゅっと堪えてるのがありありと伝わってくる。

 わたしの場合? 粘土が目の前にあったら確実に飛び掛かる自信があるね。


 そんな和やかな自己紹介があっさりと終わり、次に「何か質問はございますか」とアフロディーナさまが問いかけると、


「あのアフロディーナさま、よろしいでしょうか!」


 一人の眼鏡をかけた勇敢な聖女見習いが緊張気味に手を上げた。


「なんでしょうセレナーデさん」

「あの、大聖女であらせられるアフロディーナさまにこんなことを聞くのは不敬かと存じますが、今日は聖女様から聖銀の扱いについてご指導いただくと聞いていたのですが――」

「ああ、そういえばまだ説明していませんでしたね。今日みなさんに聖女のお役目と聖銀の扱いを指導を担当していた方ですが、急な体調不良でお休みすることになりまして」


 彼女の話を聞くと、どうやら上層部でなにか手違いがあったらしい。


 意外に思えるかもしれないが貴族の数に対して、聖女の数は不足気味だ。

 彼女たちが日ごろ、多忙な生活を送っているというものあるが、どうやら聖女のスケジュールの都合上、代入りで学園に派遣できる聖女がいなかったそうだ。


 わたし達、聖女見習いはこれから聖務として実際に聖餐器を作ることになるが、それでも聖女自ら指導してくれるチャンスはこの一度しかない。

 そこで――


「学園側の不手際で指導そのものをなかったことにするのも忍びないでしょう? ですのでわたくしが少し無理を言って指導役を交代していただきました」

「アフロディーナさま自らですか⁉」

「ええ、もちろん。イシュタリア様もわたくしと同じお考えのようで、皆様に適切な指導をするよう許可を得ております」

「イシュタリアさまがわたくしたちのために……?」


 まさか女神、自ら許可をもらっていたとは思ってもみなかったのか。

 子供たちの口から感極まったような声があちこちから漏れる。


「皆さんも不安でしょうが、今日は皆さんの先輩として教えるつもりです。わたしの不慣れな講義で不安になってしまう子もいるかもしれませんが、今日はわたくしと一緒に神々のすばらしさについて学んでいただけたら嬉しいです」

「「「「「はい!」」」」」


 そうして気合十分な子供たちの返事から始まる大聖女さま直々の授業。

 内容としては基本的におさらいのようなもので、これと言って真新しいことはないが、


「それでは改めて皆さんにお配りしたものからおさらいしましょう。皆さんはこの金属がどんなものなのか、答えられる方はいますか?」

「はい! 聖女様のお力によって生まれた神々の奇跡を秘めた金属です!」

「すばらしい! よくお勉強していますね。――そうです。これは聖銀といって、皆さんの魂を清める効果をもつ奇跡の結晶体になります」


 聖女を志す者のなかで、この問いに答えられないものはいない。

 すると、彼女はおもむろにから白銀に輝く鉱物を取り出して見せた。

 そして聖銀を手でちぎったかと思えば、手の中で聖銀の形が変わり始めた。

 白銀の皿からグラス、果てはカトラリーまで、泳ぐようにグネグネと固いはずの金属が蠢きだした。


「すばらしいですわ!」

「なんて神々しい光景なのでしょう!」

「まるで神々の再臨を感じるような光景でしたね」


 最終的に小さな皿が出来上がれば、子供たちから拍手が巻き起こった。


「ふふっ、デモンストレーションはこのくらいに、ではさっそく聖餐器の指導といきたいところですが、――実際に聖銀に触るに入る前に、皆様にはこの聖銀がどのように作られるかを見ていきましょうか」


 すると彼女の発言をあとに講堂全体がざわめいた。


「えっ⁉ 見習いのわたくしたちに聖銀を作るところを見せていただけるのですか⁉」

「たしか聖女にならなければ教えられないと聞かされていたのですけど」

「ええ、たしかに聖銀の錬成は教会の秘奥です。ですがそれと同時にここにいる皆さんは優秀な聖女見習いと聞いています。これから聖銀を扱う以上が皆さんにはこの聖銀がどれほど尊いなものかを教えてほしい、と先生方に頼まれましたので」


 そう言うとアフロディーナさまが一度、わたしを見たような気がした。


「何度も言いますが、本来、聖銀の錬成は神々に感謝をささげる尊い儀式で、誰かれ構わず見せるようなものではありません。皆さんにはこの機会に聖銀がいかに貴重で尊いものなのか身をもって知り、聖都のため、ひいては慈悲深き女神イシュタリアさまのために身を捧げましょう」

「聖都全体のことをおもんばかってのことなんて」

「さすがは大聖女のおひとりですわ」

「それでは実際に体験してもらいたいのですが、誰に体験してもらいましょうか」


 すると先ほどまでお行儀のよかった聖女見習いたちが血に飢えた獣のように手を上げ始めた。

 うおお! すごい気迫。

 まぁ、あんなに煽られかたしてやる気を出さない子はいないよね。

 

 そのやる気に満ちた声に、ニッコリと微笑むアフロディーナは困ったように自分の頬に手をやると、


「あらあら、では――そこの退屈そうにしている白金色の髪の貴女にやってもらいましょうか」


 うおっ、わたし?


 そうして唐突な指名に、羨ましそうな視線が突き刺さるなか。

 わたしは、手招きされるままアフロディーナのもとまで歩いった。


 たしかに助手のような頼まれごとをされたと言っていたが、まさかこんな形で悪目立ちすることになるとは。


「あの、よろしくお願いしますアフロディーナさま」

「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね」


 そういってにこやかに笑みを浮かべるなり、彼女はわたしの両手を皿のように取って、その上に自分の手を重ねるように置いてみせた。


「皆さんもご存じの通り、洗礼の儀で聖女と認められた者は神々から与えられたスキルや魔法が与えられます。代表的なのは――ハイネさん、わかりますか?」

「ええっと、代表的なのが浄化ですよね?」

「そうです。浄化は、聖女が覚える初めてのスキルで心身の罪や土地のけがれを取り除く特性があります。ではハイネさん、あなたは聖銀がなにからできているか考えたことはありますか?」

「魔力操作で形が変えられるとのことなので、魔石のような魔力ではないのですか?」

「いいえ、違います。聖銀の材料は神聖魔法です」


 神聖魔法?


 神聖魔法とは、いわゆる神々が使うとされている神聖な魔法を人間にも使えるように調整した魔法のはずだ。

 代表的なのが結界や回復魔法がそれにあたる。

 だけどちょっと待ってほしい。


「あの、アフロディーナさま。聖銀の錬成を体験させてくださるとのことでしたけど、わたしまだ神聖魔法を覚えていないんですけど」

「神聖魔法は覚えるものではありません、授かるものです。それに安心なさい。聖銀は神聖魔法を使わずとも、ある方法を使えば錬成できます」


 ある方法?

 そうして首をかしげていると、ニッコリ微笑むアフロディーナがわたしの耳元に顔を寄せた。


「気絶しないよう、せいぜい気を付けてくださいね」

「へ?」

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