第4話 泥んこ聖女、やんちゃな時代を思い出す


 少し昔話をしよう。


 わたしが異世界に転生して、まだ一週間の頃。

 生まれたてなわたしは、赤ちゃんの段階で人生で一度はあるかないかレベルのガチ凹みをしていた。

 

 理由は単純、わたしの前世での死因だ。


 だって考えてもみてほしい。

 もしあなた親だったらだったら、自分が手に塩かけた子供たちが犯罪を犯したなんて聞かれて冷静でいられる? 


『ううっ、よりにもよって愛してやまなかった焼き物に殺されるなんて』


 これも大好きな焼き物から逃げ出そうとした罰なのかな、とショックを受けていた。

 けれど人間、思考を整理できる余裕が生まれると、徐々に前向きに自分の境遇を受け入れるようになってくるもので、


(でもよくよく考えればもう一度人生をやり直せるってのは、ある意味チャンスじゃない?)


 だって異世界だよ異世界!

 魔法や魔物といった違いはあれど、歩んできた文明はそう変わるものでないのは歴史が証明している通り、ここには人の営みがある。


 ざっと食器や食生活を見たところ、中世ヨーロッパくらいの発展具合だろうか? 

 着てる服もTHE・中世って感じだしおおよそ間違っていないと思う。

 ということは、焼き物全盛期!

 プラスチックや工場の量産品ではなく、職人の焼き物が魂込めて作られた焼き物が当たり前に使われている時代ということに他ならない。


『つまり、前世で諦めてた陶芸家の道を今度こそ本気で目指せるってこと?』


 そう気づけば、人間現金なもので。自分が焼き物に押しつぶされたというショックなんてのはなんのその。

 むしろ陶器たちが意気地なしなわたしをこの世界に連れてきてくれたのでは⁉ と感謝するようにさえなっていた。


 そうと決まれば――


『よーし、今度こそ満足いくまで、陶器を作りまくってやる!』


 ぷにぷにの両手を突き上げ、今生はきちんと自分の大好きなことと向き合うことを誓う。

 今度こそ、愛すべき焼き物たちに看取られる最後まで迎えてみせる!

 そうしてわたしの第二の人生は、赤ちゃんからやり直すことなったのだが――


(どうしてこうなった)


 なぜかわたしは、『天才赤ちゃん』としてメイドさんたちに囲まれるという窮屈な生活を余儀なくされていた。


 かろうじて首の座った頭で周りを見渡せば、にこやかな笑みを浮かべる美人メイドさんが二十人ばかり、我先にとわたしの世話を焼いてくる。

 一人の赤ん坊に対して明らかに過剰な対応だと思うんだけど、これには自業自得な理由があって。


『ううっ、まさかたかだか食器を作っただけでここまで大事になるなんて』


 異世界での赤ちゃん生活に慣れてきた三日前にあまりにも暇すぎて、戯れにシーツで『食器』を作ってみたのが原因だろう。


 どうやらこの世界には魔力というチカラが存在するらしい。


 ある日、自分の中に存在する未知のぐるぐるに疑問を抱いたわたしは、ある日戯れにシーツに魔力を流してしまったのだ。


『こ、これは――⁉』


 ベットのシーツがコップの形になっている、だと⁉

 これは後でわかったことだけど、どうやら神々が作りし『もの』の全てにはこの魔力というエネルギーが宿っているらしく。魔力を一定以上持つ者は有機物、無機物問わず物に干渉できる力を持っているそうなのだ。


 だけど、そんなこともつゆ知らず、自分にはシーツを好きな形に変えられるチカラがあることが分かったわたしは興奮していた。


 なにせ偶然できたこととはいえ、久しぶりの創作活動。

 素材がシーツとはいえ、自分の意思で作品を作ったことに変わりない。

 これが粘土だったらその感動もひとしおだったろうけど、今のわたしには自分の意思で作品を作ってみたいと思えたことが大切なのだ。


『よかった。まだ忘れてなかったんだ』


 まるで失くした宝物が唐突に自分の元に帰ってきたかのような懐かしさに囚われ、わたしは周りの目も気にせず、屋敷の中にある食器の全てを模倣して、作りまくった。


 だけど、あまりにも嬉しすぎて周りを見ることを忘れていたようで、

 

「お、お嬢様いったい何をなさっているのですか?」


 ガコンと洗濯籠が落ちる音に振り向けば、わかりやすく慌てふためくメイドさんとバッチリ目が合ってしまった。

 しまった!

 いくら創作意欲を抑えきれなかったとはいえ、これはやりすぎたか。


 なにせ中身は二十代の女性とはいえ、外見は生まれたての赤ちゃんだ。

 そんな赤ちゃんが不可抗力とはいえ、シーツで細工までしっかりした皿を模して作れば、不気味がられても仕方がない。

 内心、捨てられるかも、という不安が頭によぎり、何とか弁明しようとあたふたしていると、事の顛末を目撃して腰を抜かしたメイドはわななくように両手を口元にやり、


「お、お嬢様が魔力を発現なされましたーッッッ!!」

「へ?」


 呼び止める暇もなく、ありのままの事実を触れ回るメイドにわたしは取り残された。

 そうして幼い次女の魔力発現の知らせは、瞬く間に屋敷の者に広がり――以来、わたしは稀代の天才幼女として、メイドたちに付きまとわれるようになったのである。


「はーい。ハイネお嬢様? こちらがフォーク。フォークですよ」

「ハイネお嬢様、こちらはわかりますか? こちらはスプーンと言ってスープを食べる時に使われる食器になります」

「みなさま、ハイネお嬢様が戸惑っていらっしゃるでしょう。今はお食事の時間ですよ。ところでこちらはティーカップというのですがどのように使われるかわかりますか?」


 とまるで着せ替え人形のように次々と食器を見せてくるのだ。


 うん。きっと本人たちに悪気はないんだろうけど、こっちは精神年齢は20代越えの成人女性。

 赤ちゃん扱いされるとどう反応すればいいか本気で困るって。


 どうやらこの世界で魔力で食器を作るという行為は、わたしが思っていた以上に重要な役目を持っているらしい。


 この魔力操作も神々が一族に与えてくれた奇跡の一つらしく。

 生後間もなくに魔力が発現し、しかもシーツとはいえ、それを付与できるというのは、貴族の常識からしてみればからとんでもないことだと、おつきのメイドが誇らしげに教えてくれた。


 だからまぁ、そんな貴族の赤ん坊が、生後二か月にしてシーツでとはいえ精巧なお皿を形作ったともなれば、一族を上げた自慢大会が始まってもおかしくないんだけど――、


「ほほう、これが噂に聞く天使の聖杯ですか。何と見事な」


 他の貴族も交えた展覧会なんて聞いてないんですけどッ⁉

 明らかに上流階級と分かる身なりのいいおじさんが、飾られた子供用シーツの食器を感慨深げに見る姿を見て、わたしはどう反応すればいいの⁉


「いやーさすがレイベリオン家のご令嬢ですな。見事な成型技術に驚かされました」

「将来はやはり聖女となられるのでしょうか」

「本当、赤子が作ったとは思えぬ素晴らしい作品ですな。将来が楽しみでなりません」


 やめてぇ!

 そんなジロジロ見ないでぇ!

 それ、おねしょ隠しに、とっさに食器型にしちゃったものだから⁉ 

 別に特別な作品とかじゃないからッ!


『お父様も、周りの反応に満足してないで早く止めて!』


 しかし悲しきかなわたしの言葉は届くことなく、わたしは生まれながらの天才、大聖女イシュタリアの再来と持て囃され、今では屋敷の注目の的になっていた。

 しかもお父さまが自分の娘の優秀さを声高に自慢するものだから、期待のハードルの上がり方がすごいのなんの。


(まぁそのおかげで、この異世界の常識とかある程度のこと、知れたんだけど――)


 なんだろう。

 大事な何かを失った気がする。


 そして、トドメはやっぱりあれかな。

 わたしの自慢大会があった翌日にレイベリオン家宛てに届いた一通の招待状。

 アレがわたしの理想の陶芸ライフを狂わせた。


 この頃になるとわたしも首が座り、少しずつだけど片言に言葉を喋れるようになっていた。


「ハイネ様。こちらが次のお見合いの写真になります」

「……またなの」


 そういって見知らぬ少年の写真を見せられ、わたしは内心うんざりしていた。

 貴族社会が面倒なのは知ってるけど、もう許嫁探しってちょっと早すぎない?

 わたしまだ一歳になったばかりなんだけど?


「そんな顔なさらないでください。まだお若いとはいえハイネ様は将来、この国を導く聖女として活躍されるお方、優秀な配偶者は絶対に必要になりますわ」


 どうやらわたしの将来設計が着々と進めているらしい。

 でもイケメンの写真を見せられたって興味はわかないんだよね。


(あーあ、こんなことならどうせなら何のしがらみもない平民に生まれたかったなぁ)


 そしたらすぐさま結界の外に行って、粘土を探しに行くのに。

 そうしてメイドたちと戯れいると、珍しく貴族としての礼節も忘れたお父さまが、わたしの部屋に押し入ってきた。

 ぜぇはぁと肩で息を切らし、目を血走らせた鬼気迫る男の姿に思わず襲撃か⁉ とメイドたちと身構える。


「どうなさったのですか旦那様⁉ そんな風に焦って」

「どうしたもこうしたもない! たった今、大聖女イシュタリアさまから一目ハイネに会いたいから聖堂教会に連れてくるよう招待状を戴いたのだ!」

「「「ええええええ⁉」」」


 どうやら例の噂を聞きつけた大聖女様が、一目見て祝福したいとのことらしい。


「そ、それでいつお越しになるようにと?」

「いますぐだッ!」

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