第12話 泥んこ聖女、洗脳中ッッ⁉
そうして説明が終われば、さっそく大聖女直々の聖餐器作成開始だ。
アフロディーナさまの演説の甲斐あってか、修道服に着替えた生徒たちが真剣な表情で食器を作っている。
わたしもはやく聖餐器作りに取り掛かりたいんだけど――
「それであの、アフロディーナさま。わたしに助手を務めてほしいとのことでしたけど、わたしは何をすればいいですか?」
「ああ、そのことなんですが、指導の件はわたくしがしっかり監督しておくので、あなたも練習に戻って大丈夫ですよ」
「わかり、ました?」
なんだろ?
なんかさっきからアフロディーナさまの言葉が刺々しいような。
(わたし、なにかやったかな?)
まぁアフロディーナさまが要らないっていうならいっか。
そうして指定された席まで戻れば、隣に座っていたリリィが興奮気味に詰め寄ってきた。
「あの、とてもすごかったですわハイネさま!」
「――リリィ」
「聖銀を錬成する姿はまるで女神の化身のようで、わたくし、本当に感動いたしました!」
「いやいや、言い過ぎだってば」
わたしはただ魔力を放出してただけで、すごいのはイシュタリアさまが授けてくださった神聖魔法だから。
「いいえ、そんなことありませんわ。アフロディーナ様だって聖銀の質が完成度を決める言ってたではありませんか」
現にハイネさまの魔力で錬成された聖銀すごくきれいじゃありませんか、と言われ、わたしはアフロディーナさまから手渡された聖銀を見る。
あれ? ほんとだ。
みんなが練習で使ってる聖銀と比べて、純度というか、透明度がクリアなような?
「これもきっとハイネさまが神々に愛されてる証拠ですわ」
「ありがとうリリィ。でも――それはそうと真面目にご指導受けないと、その女神さまから怒られちゃうじゃないの?」
大聖女さま自らご指導してくれるチャンスなんてそれこそ人生に一度あるかないかの奇跡だよ? といえば、浮かれたリリィが慌てたように聖銀と向き合い始めた。
(うん。これでようやく静かになった)
リリィには悪いけど、やっぱりモノ作りは静かに自分と向き合ってこそ、だもんね。
それにわたしが上手に聖餐器を作れるようになれば、みんなが幸せになるんだから手なんて抜けない。
これも聖都ウルシュメルの未来ため。
この世で最も尊き女神イシュタリアさまに喜んでもらうためだもん。
(よーし、立派な聖女になるため頑張るぞ!)
そうして張り切って聖銀に魔力を注ぎ、アフロディーナさまに言われたままに聖餐器を作っていくことしばらく――
(あれ? なんかおかしくない?)
ふと妙な違和感を感じ、わたしは聖餐器を作っている手を途中で止めていた。
あれ? そういえばわたしなんのためにこの学園に入ったんだっけ?
「たしか、立派な聖女になるために学園に入ったんだよね」
それなのに――なんだろ、この妙な違和感。
まるで喉の奥に魚の骨が引っ掛かったような違和感を感じる。
(というか、なんでわたしこの学園に来てからずっと汚らわしい土なんか研究してるの⁉)
そうして妙な記憶に疑問を抱き、探るように自分の記憶を辿っていけば、徐々に頭の中で霧がかった記憶が鮮明になっていき、
(あれ? うそ。なんでわたし、本気で聖女なんか目指してんの⁉)
数分前の自分の言動を思い出し、正気を取り戻したわたしは一人、パニックを起こしていた。
というか、これどういうこと⁉
なんか知らないうちに、わたし聖女にさせられそうになってたんだけど⁉
恐る恐る周りを見渡すけど、おかしいところはない。
それどころか、みんな真面目に聖餐器づくりに励んでいる。
(つまり様子がおかしかったのはわたしだけってこと?)
そういえばあの銅像が光ったときから頭がボーっとしたような気がするけど、
(え⁉ じゃああの銅像の光って洗脳光線だったってこと⁉)
いったい誰が、なんてのはわかり切ってる。
アフロディーナさましかいない。
でもわたしを洗脳する理由がわからない。
いったいなんのためにそんなことを?
そうしてわかりやすく狼狽えていると――
「あの、ハイネさま、大丈夫ですか?」
「ふえ⁉」
突如、隣から声を掛けられて、わたしはたまらず変な声を上げていた。
声のする方へ視線を飛ばせば、聖銀を皿の形に成形していたリリィが、どこか心配したような目でわたしを見つめていた。
落ち着け、わたし。
もしあれが洗脳光線だとして、洗脳が解けてるなんてバレたらどうなるかわからない。
となれば、ここは慎重にいくんだ。
「ええっと大丈夫ってなんのこと? わたしは、いたって普通だけど」
「いえ、その、先ほどからハイネさまに声をかけているのですが、黙々と聖餐器をお作りになっていましたので」
どうやら休憩と言われても黙々と作り続けるわたしを見て、心配して声をかけてくれたらしい。
周りを見渡せばわたしとリリィしか講堂にいなかった。
「いやー、実はちょっと色々と考えごとをしてて」
「そう、ですか。それならいいんですけど、その――わたくしがこんなことを言うのも変かもしれませんが、心配になるほどお作りになられていたのでどこか体調が悪いのかと思いまして」
「ええ、おおげさだよ。これくらい普通じゃないかな?」
――って、なにこの数⁉
手を止めて手元を見れば、作業台の上に積みあげられた白銀の皿が二十枚近く所狭しと置かれてあった。
どうやら無意識に手を動かしていた間に、とんでもない数を量産していたらしい。
ふと、リリィの祈祷台を見れば、丁寧に作りこまれたと思われる聖餐器が二枚置かれていた。
どんだけ集中してたのよわたし。
そりゃ一人でこんな数、量産してたら心配されるよね。
「やはり先ほどの錬成が負担だったのでは? あの、差し出がましいようですが一度身体に異常がないかアフロディーナ様をお呼びして検査していただいた方が」
「あー本当に大丈夫だから心配しないで」
「ですが――」
そういって今にも誰かを呼びに行きそうなリリィに、あくまで平気だとアピールする。
魔力に余裕があるのは本当だ。
でも、それにしたってなんでこんなにも差が――?
(あ、そうか。わたしのやり方が特殊なんだ)
たぶん。魔力操作と発想の違いだろう。
ぶっちゃけ目の前の見本を見て、そっくりそのまま皿を作れって言われても意外と難しいんだよね。
わたしの場合、前世でろくろを回しながら粘土を整形する癖が魂に沁みついてるから、似たような聖銀を前につい無意識に身体が動いてしまったのだろう。
(まぁ、粘土に比べて乾燥の行程もない上、ちょっとした形の微調整も実際に触って整えればいいだけだから、制作スピードに差ができるのは当然、なのかな?)
そうしてリリィを安心させるべく。新しい聖餐器の作り方を考案していたと説明すれば、リリィがあからさまに大きくため息を吐いて、小さく肩を落とした。
「ううっ、さすがハイネ様ですわ。わたくしなんて大聖女さまの魔力だと聞いて、恐れ多くて全然うまく作れませんのに」
「そんなことないよ。リリィだって丁寧に作ってるじゃない」
ここの部分なんて味が出ていいと思うけど?
「いいえ。わたくしのやり方が下手なのかどうしても時間が掛かってしまいハイネ様のようにうまくできませんの。みんなさまはもう五枚目を作っていますのに」
どうやら何かをイメージするのが苦手なのか。
見本通りうまくいかなくて落ち込んでいるらしい。
「せっかく大聖女様が教えてくれてるのに、やっぱり才能ないのでしょうか」
とつぶやき悲しそうに目を伏せるリリィを前に、わたしは内心イラっとした。
たぶん、他のやり方も模索もしないで才能がないと諦められたのが嫌だったんだと思う。
(だいたい説明の仕方が雑なんだよね)
聖餐器作りは魔力操作と同じでイメージがモノを言う世界だから仕方ないけど、後進を育成する気ならもっとやりやすい方法があると思う。
聖餐器作りに才能なんか必要ない。
そのことをワカラせたくて、
「ねぇリリィ。わたしのやり方で一度聖餐器作ってみない?」
自分が誰かに洗脳されていたことも忘れ、わたしはリリィの手を取るようにして、そうアドバイスするのであった。
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