第25話 湖周辺の薬草

 湖の周辺には、水を沢山必要とする草木が生える。

 その中には、薬になる物があるのだ。


 治療には水の魔力が必要らしいのよね。

 もちろん、病気によって植物の魔力や、火の魔力、土の魔力とか必要な物は変わるんだけど。

 怪我はもっぱら水と、植物だ。


「あった」


 目をこらして見て回っていた私は、ようやく目当ての物を見つけた。

 

 せり科の植物クラレンス。

 ぱっと見はクレソン。クレソンの葉の先だけが筆で絵の具を塗ったように白い。

 というかクレソンから魔力を多く蓄える種ができて、増えていったんだと思う。


 これはすりつぶして使っても傷薬にはなる。

 だけど錬金術で他の物と調合したら、もっと効果の高い薬になるのだ。


 私は採りすぎないよう、そこに生えている半分を、土から三分の一まで残すようにして採取していく。

 こうしておけば、また葉が伸びてきて、今年のうちに再び採取できる。


「他にもないかな」


 近くにまだ沢山生えている場所があるはず。

 歩き回っていると、うっかり細い木にぶつかりそうになった。


「領主様!」


 ふらっと馬がいる場所から遠ざかる私を追いかけてきたのだろう、テオドールが駆け寄ってきた。


「お怪我は?」


「大丈夫、ぶつかる前に気づいたから。って、あ、これは! うは、大量!」


 細い木には、蔦が絡んでいた。

 けれどまだ春だというのに、葉が赤茶色で、何より橙色の花が咲いている。

 マメ科らしい葉の形も可愛いし、花もチューリップの八重咲みたいに可愛いので、かなり昔は園芸用として貴族の奥様が館に這わせようとして、失敗し続けたという歴史がある。


 抗炎症効果がある蔦花、トーカ。

 薬師も欲しがる薬だ。

 このままでも高く売れるけど、薬の材料として調合で使えば、花一つで二つ三つの薬が作れる。


「うわーラッキー!」


 私はほくほく顔で花を摘む。

 手が届く範囲でおさめるのは、花から種が落ちて増えてくれるようにするため。

 こっそりここでトーカを増やして、錬金術に使ってもいいし、薬の材料として売るのもいい。

 色々と考えていたら、未来の計画にわくわくしてきた。


 そのほかに、基本の傷薬にもなるジョンズワートも見つけたので、採取して馬のいる場所へ戻る。


 私に付き従いながら、テオドールが感心したように言った。


「領主様は、沢山薬草をご存じなのですね」


「そりゃもう、すごく勉強したもの」


 師匠がくれた本には、師匠が採取して乾燥させた物を標本として挟んでいたりする物もあったし、高価な本なのだろうけど、精密な絵と色付けまでされた図鑑もあったのだ。


 それを採取にもっていくなんてもっての外。

 戦乱で逃げる必要があったら、防水布にくるんで土を掘って隠してでも、なんとか焼失や破損を避けたい逸品だ。


 だから何度も見て覚えた。

 本を読んだ後、時間が経ってから思い出してみて、それと図鑑の絵と説明が合っているかを何度も確認して。

 ……伯爵夫人生活中は、特にやることもなかったので、時間があったからこそできたことだ。


 さもなければ、一瞬で全てを記憶できるわけでもない私が、全ての薬草を覚えるなんて不可能だった。


「錬金術は、難しい技術なのですね」


 テオドールが神妙な顔でそう言った。


 そんな彼を連れて馬のいる場所へ戻ると、フレッドとニルスが湖の側の砂地の端に敷物を敷いて、クッションまで置いてくれていた。


「ご領主様、昼食を持たされていますので、お食事になさいませんか?」


 落ち着いた響きのいい声でそう言って、かいがいしく飲み物の準備なども始めたニルスに、私はお礼を言う。


「ありがとう。ちょうどお腹が減っていたところ」


 というか、ニルス達の荷物は昼食や敷物、ヤカンやカップだったようだ。

 セレナが持たせたのだろうか?


「どうぞお召し上がりください。テオドール様も」


「ああ、有難い」


 私は敷物の上のクッションに座り、テオドールは万が一の時にすぐ立てなければいけないと、少し離れた岩の上に座る。

 フレッドは私達が休憩中は、周囲に目を向けて警戒してくれていた。

 ニルスは全員にカップを渡したり、私の前に食事のパンやチーズと肉を並べたりと忙しいが、なんとなくその動きは優雅に見える。


「ニルスってまるで執事みたい。上手ね」


「数年前まで、他の領地で貴族の家に勤めてまして……そこで覚えたんです」


 なるほど。故郷に戻って兵士になっているけど、その前はどこかで従僕などの仕事をしていたのか。

 そこで給仕している人達の所作を見て覚えたのかもしれない。

 こんなに上手なのだったら、使用人に取り立て……という道もあるけど。


(正直、兵士の方がお給料がいいのよね)


 さすがに命の危機がある兵士とは、給金が一段違う。

 でも募集がなくて、やむなくという感じなのだろうか?


「ニルスは職業の変更なんて考えたことがあるの?」


「そうですねぇ。故郷に戻って、もっぱら畑を耕していたので、体力には自信がありますし、必要に駆られて魔物退治もしたことがあるので、兵士になったんですよね。執事みたいな職業に憧れはありますけど……。やっぱりお給料かなぁと」


「そうね。執事にまでなればお給料は高くなるけど、従僕や給仕の使用人として下積みする間は兵士より低いわ」


 執事になるまで我慢できるかどうかという話だけど、そもそも執事になるのも、他の人と椅子争いが必要だ。

 なれなかった時に、兵士のままでもらえたお給料のことを思い出して、悲しくなってしまうかもしれない。


「僕はこうして領主様がお出かけになった時に、お手伝いして褒められる方が嬉しいかもしれません」


 そう言ったニルスも、色々考えて兵士になることを決断したんだろうなと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る