第5話 ベラのウキ釣り②
入江さんが一人芝居をしている間に俺は今日の仕掛けを作り上げる。
……と言っても今日はウキ釣りなので、前回カサゴ釣りに使った脈釣り仕掛けに玉ウキを挿し込むゴム管を取り付けるだけ。
ウキ下(ウキから釣り針までの長さ)は2mにセットする。浅くしすぎると、スズメダイやらフグやらに邪魔されるので撒き餌に集まる小魚層の下を狙う。
「湊くん、小魚の下に少し大きめのカラフルな魚が集まってきてるよー!」
「あー、そいつらが本日ターゲットのキュウセンベラです」
「熱帯魚みたいな色合いだけどホントに食べられるの?えっと……ほら……毒キノコって派手な色ほど危険って言うじゃん?美味しいの?」
怪訝な顔で尋ねてくるが、食べる事も忘れてないのが入江さんの入江さんたる所以である。
「もう美味いの!美味くないのって!」
「どっちよぉ?!」
頬をぷーっとフグのように膨らませる入江さん。どうやら顔芸まで覚えたらしい。見てて飽きない。
「あ、美味いんです。ベラの種類は多いですけど、キュウセンは極上の味ですよ。でも釣らないと食べられないので、今日は頑張って釣りましょうね!」
入江さんに延べ竿を手渡しながら宥める。
「今回はウキ釣りなので、アタリはウキが教えてくれます。前みたいに手の感覚や穂先でアタリ取らなくて良いので楽ですよ」
「わかったー。そぉれ!」
ふわりと仕掛けを投入する入江さん。
ぽちゃんと着水した波紋が何重にも拡がっていく光景は心を落ち着かせる。
今回もサポート役に徹する俺はウキの周りと足下に二回撒き餌を打つ。ウキの周りは本命用、足下に撒くのはフグなどの餌取りを誘導して本命の餌を取られないようにするためだ。
「あっ!湊くん!ウキがピクッと反応してるよ
〜!」
見ると玉ウキがぴょこぴょこ沈んでる。
「魚が突いていますね。もうしばらく待って完全に沈んだらアワセを入れてみましょう!」
「沈め〜!沈め〜!」
入江さんが玉ウキに謎の波動と念を送り込んだその瞬間スッとウキが消し込んだ。
「きたっ!!」
間髪入れずにアワセるとグインと竿がしなり魚との格闘が始まった。
右へ左へ引き込もうとする勢いを入江さんは延べ竿の弾力を利用して巧くいなしている。
「ようやく浮いてきたよ! いきなり本命のベラ来ちゃった?!」
彼女が魚を堤防の側まで寄せた所を、俺が玉網で掬い二人の共同作業は無事完了だ。
緑と黒の鱗がおりなすグラデーションに長い背びれ、おちょぼ口だが歯は鋭い。紛うことなきキュウセンベラのオス、通称青ベラである。
「入江さんお見事です。メインターゲットを一投目に釣るとは本日も強運ですね!」
「へっへー、運も実力のうちですよ!」
俺はすぐさまゴカイを付け直して、竿を入江さんに渡す。
「さぁさぁ手返し良く釣っちゃいましょう!キュウセンベラはハーレムを作ってる魚なので、辺りにはまだメスが居るはずですよ!」
杓でアミエビを撒き直して再び魚を寄せる。
「ハーレムですって?! なんてうらやまs……けしからん魚ですね!」
こら、そこ嬉々として反応しない。
「入江さん、隠せない本音が漏れ出てますぜ」
「ハーレムなんですけど、さっき入江さんが釣った青ベラね。実は元メスの個体だったんです」
「マジ……??まさかベラ社会にも性の多様性があったなんて!」
「青ベラは全てメスが性転換してるんですよ」
「お、おなベラ……」
誰が上手いこと言えと。
「えっ!?じゃあ生まれた時から心の性と身体の性が一致してるオスのベラは何処にいるんだい?」
「実はメスの格好をしてハーレムの中に潜んでるんです」
「?????!!!!!」
「産卵期になって性転換したハーレムボスである元メスのオスが卵に精子かける前に、ハーレムの中で自分の精子かけちゃう」
我ながら言っててわけわからん生態である。
生き物のしたたかさだよなぁ。
「えーっと、おなべがハーレム作って子作りしようとしてたら、ハーレムの中に混ざってた男の娘に嫁をNTRれて孕ませられるみたいな?Mシチュもそこまでくると頭イカれてるわね!ベラだけど」
頭を叩いてお下品な指を立てる。
「入江さん言い方!あと中指立てるのやめなさい。そもそも人間の物差しでベラ社会を測るのはナンセンスですよ」
「あーあ、湊くんのおかげで余計な知識を手に入れたわ。でも誰かに披露する機会も無いだろうなぁ」
グダグダになりながらも、ウキから目を離さないのはさすがだ。今度は前アタリ無しで、静かにウキが海中に消し込む。
「よっと!今度は赤ベラですよー」
今回は慌てず騒がず魚とのやり取りをして、一人で取り込みまでやってのける入江さん。
「グッドです。群れを散らさないように一匹釣るごとに撒き餌してくださいねー。一人でできる事増やしていきましょう!」
「りょーかいです!」
その後も入江さんはテンポ良く釣り続け、釣果は上々となった。
あれだけ苦手にしてたゴカイにも触れ、自分で餌を針につける事も出来るようになったのはかなりの進歩だと思う。
さぁ次は俺の出番だ。命の恵みを大切に。
お料理タイムスタートである。
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