第3話 カサゴの味噌汁
「ありゃ、お姉さん魚料理作るの苦手?」
「や、シャケの切り身買ってムニエルとか、鯖の切り身買って味噌煮とかは作れるんだけど……捌いたこと無いんだよね。トホホ……」
頭を抱えてしゃがみ込むお姉さん。
そりゃそうだろう。
俺みたいな釣り人とか、鮮魚店勤務とかでも無い限り生の魚を捌く機会なんてそうそう無い。
知らなくて出来なくて当たり前なんだ。
「俺で良かったら捌きましょうか?」
おせっかいかなとも思ったが訊いてみる。
「いやぁそれはお兄さんに悪いよ。私の釣った魚だもん。捌くの手間っしょ?これから実家に持って行ってお母さんに捌いてもらうから……」
首を振り伏目で遠慮がちに言うお姉さん。
「一匹捌くのも、二匹捌くのも大した手間じゃ無いっすよ。これからさっき釣ったカサゴで味噌汁作ろうと思ってるんです」
釣った魚の野外調理は俺の趣味の一つでもある。キャッチ&イートだ。
家で料理しても良いんだけど、愛猫の小麻呂がちょっかいかけてくるから全くもって油断出来ない。
下手すりゃ貴重な釣果をキャット&イートされてしまうからね。
「えっ!?ここで作るの?面白そう!」
まさかのお姉さんが目をキラキラさせて食いついて来た。
「基本インドア派なんだけど、キャンプの時の飯盒炊爨と野外調理はワクワクするんだよね。お兄さんや、麻呂の釣ったカサゴも使って良いでおじゃるぞ!」
扇子で口を隠しながら謎の麻呂言葉を使い始めるお姉さんのキャラが分からなくなってきた。
とりあえずお湯を沸かそう。
愛用のOD缶シングルバーナーを組み立て、アルミクッカーにミネラルウォーターを注いで点火。お湯が沸く前にちゃっちゃと捌いてしまおう。
ナイフケースから出刃包丁を取り出す。
燕三条から取り寄せた愛用の包丁は手に馴染んで実に使いやすい。
当然、干将のように研ぎ上げている。
「俺捌きますから見てて下さいね」
魚の頭を布巾で抑えて、尾から頭に向かってウロコを取る。腹は力を弱め、逆に背びれのあたりは包丁の根本を使って力を入れてガリガリと取る。
背びれには鋭いトゲがあるから要注意。
頭を落とすかどうかは趣味の問題かもしれないけど、今回は虫エサを使ってるので頭をバサリと落とすことにした。
何という事でしょう!一気に身が小さくなってしまいました。
「カサゴってかなり頭でかかったんだね……」
お姉さんちょっと残念そう。
腹を開いてわたを取り除く。
緑色の苦玉、人間で言う所の胆嚢を潰さないよう慎重に包丁を入れる。誤って潰してしまうと魚が不味くなるから。
わたが取れたら身全体と腹の部分を真水で洗う。
このまま鍋に入れて加熱しても良いが、ザルに入れて沸いた沸騰直前のお湯を魚に回しかける。霜降りのひと手間かける事で、魚の生臭さが消え、身も引き締まる。
「きゃー、さらにお魚の身が小さくなってしまったね。なんか損した気分だよ」
味が凝縮されたと思ってもらうしかないかなぁ。
ダシ入りの合わせ味噌を溶かし、霜降りをしたカサゴを入れて数分煮込み、彩りに乾燥ワカメを入れるとカサゴの味噌汁の完成だ。
「おぉっ!早い!しかも作るの簡単そう。これなら私にも出来るかも!?」
「そうですね。三枚に下ろしたりもしなくていいし、魚料理の中で味噌汁が一番簡単だと思いますよ?さぁ冷めないうちに召し上がれ!」
チタン容器に味噌汁を注いで箸と一緒にお姉さんに渡す。
「磯の香りが堪らないね〜!ワカメのアクセントも最高。海のもの同士の相乗効果って奴?」
時刻は夕方を迎えつつある。
少し風も冷たく感じる地合いに、温かい味噌汁は心身ともにほっこりする。
「「いただきます!」」
命の恵みに感謝を込めて。
美味しく食べることが魚へのいちばんの供養じゃないかと思う。
「ん〜〜!美味しい!」
「自分が釣った新鮮な魚+外で食べる+そして作って貰ったお料理=控えめに言って最高です!」
満面の笑みでピースサインを送ってくるお姉さん。
どうやら満足して貰えたようで胸を撫で下ろす。そういや俺、人に料理振る舞うの初めてかもしれん。
「お兄さん……貴方絶対良いお母さんになると思うよ!」
ややこしい言い方はやめてくれたまえ。
最後の一口までじっくりと味わいながら完食。
「ふぅ、ご馳走様でした」
「そうだお姉さん、さっきの写真送りますよ。LINEで良いですか?」
「おお、味噌汁の美味しさに気を取られてうっかり私の初釣果を忘れてたよ。お兄さんQR出して貰える?」
ポンポンとスマホを操作するお姉さん。
「津田湊さん?海っぽい名前だね〜」
にししと名前で弄ってくる。
友達に追加された名前は入江舞さん。
アイコンにはにこやかに踊ってる写真が掲載されている。
「入江さんだって海関係じゃないですか。河の入り江とか、湖の入り江とか言わんでしょーよ」
「海の町だからねぇ」
妙に納得した素振りをみせる入江さん。
「写真送りますねー」
撮った写真をババっと送信する。よくもまぁこれだけ表情とポーズを思いつくもんだと感心する。
これで任務完了だ。
「ふふ、撮れてる撮れてる。プリントアウトして部屋に飾ろっと。思い出は形に残さないとね。私が釣り好きアラサーOLとしてプロデビューする時に初体験事後写真として使う」
「入江さん。言い方」
俺のLINE画面に白くて丸い頭のキャラが親指を立ててるスタンプが返事とばかりに連打される。これでいいのか29歳OL。
「入江さん、そろそろ暗くなりつつあるので、今日はこれでお開きってことで良いですか?」
「はい!今日は色々ありがとうございます。お味噌汁も美味しかったです。完全に釣りにハマりましたよ」
そう言いながら椅子を畳んだり、汲み上げた海水で釣り座の汚れを洗い流してくれている。
「あ、入江さん、汚れ仕事は俺やりますんで、ありがとうございます」
「いえいえ。また次来た時も綺麗な堤防で魚を釣りたいですからね〜来た時よりも美しくですっ!」
笑顔が眩し過ぎるぞ。
日々の仕事ですり減る心身が浄化されてしまいそうだ。
「湊さん、またご一緒させていただいても?」
「もちろんです。二人で釣りするの楽しかったので、常にぼっちフィッシングの俺には新鮮でしたよ」
「良かったぁ!お邪魔じゃないかと心配してました。よろしくお願いしますね先生!」
先生とはこそばゆい感覚であるが、何か心にほっこりしたものが残る。さっき飲んだ味噌汁のせいだけでは無いだろう。なんとなくお互い長い付き合いになりそうな予感をさせながら、お互い家路についた。
「次はリールで投げさせる練習しとかんとなぁ……」
釣り道具を積み込みながら軽く凹んだ帽子をさすりつつ俺は愛車に乗り込んだ。
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