冒険者ギルド 総本部
リサベラには、あまり侯爵のことを思い出させたくなかった。
そして、まだ期待を持たせるには早いと思っていた。
それだけ、作戦は行き詰まっている。
王都の公園の林に、ワープの出口を開いた。
暗闇を抜け、冒険者ギルドへ向かう。
林では、念のためもう一度ステータススクリーンを開き、記入漏れがないことを再確認した。
ステータススクリーンの職業を修正する際、リサベラに王都の地図も描いてもらっていたので、すぐに場所がわかった。
かなり大きな建物だ。
この王都で、城の次に大きな建物ではなかろうか。
俺から言わせれば、ホームセンターほどの大きさがある。
教会のようなロマネスク様式の建物だが、四角く長い塔や縦長の窓はない。
四階建てというのは、窓の配置を見てわかった。
入口は二間ほど、三メートル以上の間口だ。
人の出入りは激しい。
腰に剣を差している者、杖を持っている者、革の防具を着けている者――見るからに冒険者連中だ。
中には、なんだかガラの悪い者もいる。
俺も、しれっと中に入った。
フロアはかなり広く、その一角には丸いスタンディングテーブルが二十卓あり、正面の受付カウンターにも一番から二十番まで番号が振られている。
そのうち十三席が稼働しており、受付の女性たちが順番通りに座っている。
パーティーメンバーだろうか、四人組が一つのカウンターで話をしていたり、二人組がカウンターで話をしていたり、順番待ちの列でごった返している。
目立たぬよう、一番右端のポニーテールの女性が担当するカウンターの列に並んだ。
三組ほどが並んでいたが、やっと自分の順番になった。
「すみません、今日初めてギルドに来まして……何も分からないのですが……」
カウンターの女性は笑顔で紙を差し出した。
「こちらに記入してください。筆記用具はお持ちですか?」
「はい」
と告げ、ポケットから鉛筆を取り出した。
内容はステータススクリーンと同じだ。
ただ、職業の欄にはポーター、探索者、魔法師、僧侶、武術士、剣士、弓士、( )と丸を付ける欄があり、さらに所属パーティー名と所属貴族名を記入する欄がある。
「冒険者」という丸がないということは、総称なのか、試験があるのか、レベルアップして得られるのか、今のところは分からない。
一般個人情報と「探索者」に丸を付け、ポニーテールの女性へ提出した。
「はい、大丈夫です。それでは冒険者ステータスを記入しますので、あちらの受付でこの用紙を提出してください」
と、あっけなく次のカウンターへ案内された。
手を差し出す方向のカウンターは二か所だけで、二十あるカウンターとは少し趣が違う。
「よろしくお願いします」
申し込み用紙をソバージュの女性へ渡した。
「はい、よろしくお願いします。それではこちらの水晶に左手を乗せてください」
俺は素直に水晶の上に手を置いた。
女性はちらっとこちらを見て、
「ニィジャ・センウェイさん、十五歳、探索者?……既に探索者になっておりますが?」
……まずかったか!……
「王都入国の際、詰所の牧師さんに探索者の仕事を探していると伝えたら、ステータススクリーンを……」
「はい、分かりました。大丈夫ですよ……」
……えっ、よくあることなのだろうか?……
「現在、パーティーに所属していないのですね?」
「はい、まだソロです」
「どこかの貴族さんのところにも所属していないのですね?」
「はい」
「承知しました」
なにやらゴニョゴニョと詠唱している。
ステータススクリーンが浮かび上がった。
……ゴニョゴニョ多いなぁ〜……
「探索者……E級……確認してください」
「はい」
確かに職業の欄に「探索者 E級」とランク付けされていた。
……なんかE級ってやだなぁ〜……
「確認しました」
「それでは、冒険者ギルドの説明をします」
……おっ、丁寧だな……
「こちらのギルドは、メリーファ国およびドワーフ国、エルフ国、ミアキス族居留区に、支店六十か所、出張所・詰所を合わせて合計百八十拠点を持つギルド協会の総本部となっております。
メリーファ国の冒険者ギルドは、各メリーファ領に必ず一つはありますが、小さな村などには出張所や詰所を置いていないところもあります。
また、ドワーフ国、エルフ国、ミアキス族居留区――三国一居留区にも支部があります。
冒険者ギルドは、どの国にも影響を受けない独立組織として運営されています。
今、ステータス修正を行った登録内容は全ギルド共通となりますので、等級なども引き継がれます。
メリーファ国内のギルドは、あちらの地図に記入されておりますので、ご自由にご覧ください。
また、その地図の横にある掲示板には冒険者依頼が張り出されますので、自分の等級プラス一ランク上まで受けられます。
センウェイさんは、Dランクの依頼まででしたら本日から受託可能です。
ここまでで、何かご質問はありますか?」
……地図……あれか……OK……
「大丈夫です」
「はい、次にメリーファ国内のみのダンジョンも、あちらの地図に表示してあります。
S〜Eランクの表示と数字は、現在までに確認されている階層数を示しています。
Eランクの冒険者は、自分のランクより二つ上までのダンジョンを攻略できます。
パーティー内に自分より上位のランカーがいる場合は、そのランク者の二つ上――たとえばCランクのパーティーであれば、Aランクダンジョンも攻略可能です。
S級ダンジョンの攻略には、S級冒険者1名とA級冒険者2名の同伴が義務付けられています。
あくまでも、これは冒険者を保護するためのルールです。
実際には、E級冒険者でもS級ダンジョンを攻略することは可能です。
ただし、そのような冒険者は現実には存在せず、万が一何かあった場合でも保険の申請はできませんので、ご注意ください。
また、貴族直属の冒険者はランクに関係なく、すべてのダンジョンを攻略可能です。
ここまでで何か質問はありますか?」
「特にありません」
「はい、最後に。掲示板のクエストクリア報告や、ダンジョンの魔石の鑑定・買取は地下1階になります。
報酬の支払いは2階の支払いカウンターです。
支払いは現金か、ステータススクリーンに貯金するかをお選びください。
買取レートは三か国一居留区すべて同額となっておりますので、ご安心ください。
また、現金の引き出しも全ギルドで可能です。
総本部では現金の入出金や、武具の販売・買取も2階で行っておりますので、ご利用ください。
これで説明は終わりとなりますが、最後にご質問はございますか?」
「魔石の買い取りは、最低どのくらいから、最高額はいくらほどですか?」
「そうですね、現在のレートでは銅貨1枚から始まり、最高額は……S級ダンジョンボスの最高級魔石ともなれば、現代の価格では計り知れません。
約1000年以上、誰も討伐していませんからね。
これは、初代勇者メリーファが魔王討伐後にパーティーを組み、S級ダンジョンを6つ攻略した際、ダンジョンが休眠することが判明したため、未攻略のまま残した結果でもあります。
この百年のS級冒険者でも、S級ダンジョン71階層中、64階層までしか攻略できていません。その階層がF7にあたります。
F7の64階層も、200人規模の大所帯パーティーが、不幸な事故を乗り越えてようやく攻略したものでした。
その事故以降、59階層――F13フロアまでの魔石が、最高額で一つ30万Gr。これが現実的な最高値でしょうね……ふふっ。
仮にダンジョンボス手前の1フロア――つまりF1のフロアボスの魔石となれば……100万Gr以上は確実でしょうね。もっとも、それが今後出現する可能性は極めて低いですが。
58階層までの魔石なら、年間13巡でおよそ140個は確保できますので、S級冒険者たちもわざわざ危険を冒してまで59階層以上の攻略は試みません。
経済的にも、そこまで潜る必要はほぼありませんね。
58階層産の魔石だけで市場の需要は満たされ、流通も安定しますし、
報酬とリスクを天秤にかければ、安定した採取を続ける方が得策だと判断されるのも当然ですね。
ちなみに、S級ダンジョンは、国王直々の討伐部隊によってスケジューリングされています」
「へえ~……S級冒険者になれば儲かるんですね」
「ええ、危険な仕事ですから」
「では仮の話ですが、E級冒険者がS級ダンジョンの魔石を持っていたら、換金できるんですか?」
「?……今までにそのような事例はありませんので……」
「そうですよね……」
「まあ、基本的に魔石は買い取りますけど」
「わかりました。ご丁寧にありがとうございました」
「あちらにも資料がありますので、よろしければご覧ください。あとこちらが現在まで討伐された魔獣の図鑑ですのでお持ち帰りください」
「はい、ありがとうございました」
「いいえ、お気をつけて」
「はい!」
……そういうことか……地図があったな……おっ、結構ちゃんとした地図だな……
首都の中にはダンジョンは発生していないようだ。
あっ、あるな……でもバツ印が付いてるから、攻略済みなのかもしれない……
Sランクダンジョンが……メリーファ全土に十五か所、休眠が六か所か。実質、九か所ってことか……
南に……クローネ……あった。
ダンジョンもあるな……Aランクもあるな……だいたいE級までなら、一郡に十か所以上はダンジョンがあるのか……
簡単だと攻略されるのも早いのか? それとも新しいからなのか?……ふぅ〜ん……
その南に……これかぁ……
「グージカッソ領」
……グージカッソの侯爵だなッ!……いっちょ前にSランクダンジョンもありやがる……けっこう広い領土だなぁ〜、城まで道が繋がってんじゃん……
獣人居留区ってここか。近いな。ドワーフ国……エルフ国、遠っ! 広いな……
その先は簡単な地形図だ。
あっ、北も地形図だ……三分の一が友好国か、もう三分の一が精霊山連峰で、南の端ぐらいまでが魔族領かな?……
あっ! あった! 時計!……ちゃんとあるじゃん……欲しいな、時計……ま、いっか……
十三時間表示だぞ……一日二十六時間か……
壁の上に掛かっている時計の下に立つ。
秒針もある。
……1、2、3、4……
目を瞑り、六十秒を数える。
……59、60。
秒針が早いな……一分間が八十秒で……いやいや、一脈で一拍……確かに心拍数のスピードだ……へぇ〜、面白いなぁ〜……
って、こっち時間でもうすぐ十四時だぞ……やべぇッ……行こう!……
やっぱ時計いらねぇ〜や……
地図があったので、グージカッソ城までの道のりは覚えた。
街道は一本道だ。
王都を出て南へ街道を進めばシラータ領があり、さらに進めばクローネ、その先がグージカッソだ。
ただし、街道は遠回りになる。
王都の南門を出てしばらくは街道沿いだが、南南西――時計の12時間表示で7時、いや、7時12分から14分あたりの方向へ一直線に森を突っ切れば、グージカッソ城へ到着できる。
まずは南門だ。
南門まで悠長に歩いて行くつもりはない。
早くメリーファを出よう。
歩道を通るよりも、馬車道を急いだほうが最短距離だ。
透明被膜、凝視、瞬足、隠密を使い、馬を驚かせないように進む。
……やはり、交通量が多いと透明被膜は危険だ。
馬車が突っ込んできたり、突然進路を変えたり、急停止したりと危なかった。
南門手前で建物の影に入り、透明被膜だけを解除する。
平静を装い、人の流れに身を任せた。
大きな荷物がなかったので、そのまま門を通過できた。
やはり入国のほうが厳しいようだ。
街道沿いにも家や店が並び、南のほうが人口密度が高い。
王都は土地が高いのだろう。
程よい木立があったので林へ入る。
透明被膜を掛け、猛ダッシュ。
木々の成長が遅いのか、あまり高い木はない。
進路を7時15分の方向へずらす。
案の定、木々の成長が良くなり、高い位置で枝から枝へ移れるようになった。
フードを被り、透明被膜のマスクを着用する。
これで、完璧に透明化だ。
高い木の上から真上へジャンプし、前方伸身宙返りをしながらウィングスーツをセットする。
風魔法で上昇気流を作り、ローブのウィングが風を捉える。
さらに上昇し、方角を7時12分に戻す。
シラータの街はすでに越えた。
左手にクローネの街が見えてくるはずだ。
「あれだ」
なかなか大きい街だ。
遠くにクローネ城の城壁は見えるが、中の様子はうかがえない。
降りて探索もしたいが、時間がない。
今度、リサベラに案内してもらおう。
リサベラを思い出した途端、胸に寂しさが広がる。
あいつがいないからではない。
リサベラの成り行きが悲しかったからだ。
悲しいというよりも、悔しさのほうが大きい。
早く妹を助けなければ。
クローネを越えると、街道が見え始めた。
もうすぐグージカッソ領だ。
グージカッソの外壁が見えた。
上空から着地点を探す。
街道沿いには建物が並んでいる。
結界はあるのだろうか……。
ダンジョンがあるということは、ダンジョンの上空なら不穏な気配やオーラ、何者かの侵入にも対応できるだろう――そう思った。
甘かった。
ダンジョンは壁の外だった。
やはり、門から入ろう。
まだ日は高い。
林の中に、少し広めの土地がある。
……公園か。
公園の外周沿いの木々に紛れるように着地した。
人の気配はなかった。
透明被膜のまま門へ向かう。
おそらく正門だろう。
門番がいて、詰所もある。
……壁を登って入るか……それとも、透明被膜のまま門を通るか……
ゆっくりと門番に近づく。
俺に気づく気配はない。
凝視で門の中、壁、天井を念入りに確認し、怪しい箇所や警備魔法が掛かっていないか探る。
入領者がステータススクリーンを見せて中に入った。
二人の門番は、その人物の後を追うように視線を向けることもない。
一時的に門や柵を閉じることもない。
詰所の男に近づく。
中には特に気になる設備はない。
椅子が四つとカウンターがあるだけだ。
カウンターの中の男は、今は入った人物を気にする様子もなく、下を見ている。
……ん? タブロイド紙だろうか、新聞らしいページをめくった。……アホだな、こいつら……
忍び足で、難なく門をくぐった。
出口にも二人の門番がいた。
「ちっ」
一旦体を引っ込め、隠れる。
少しずつ体を門壁から出す。
まずは顔だけ出して、二人の門番を観察する。
表の二人と同じ勤務態度だ。
領内側にも詰所があり、男が出口を見ている。
こっちの奴は真面目そうだ。
体を全部出す。
三人とも動きはない。
……行ける。
『忍足』でゆっくりと進み、やがて普通の歩きに、そして早歩きになる。
検問なしで通過した。
これで――入領の証拠は残らない。
街は大きいが、なぜか淡泊な雰囲気だ。
街を歩いても、メリーファほどの活気はない。
閑散としている建物が多い。
城壁に辿り着いた。
『透明被膜』のまま門を探す。
さすがに、城内へ入る大手門の門番は厳しい目つきで警備をしている。
……一周回ってみるか。
水濠に掛かる橋は三つあった。
大手門、搦手門、そして馬車が出入りできる隠し門――と呼ぶべきか、怪しい雰囲気の門がある。
道には輪だちが目立つ。
……お忍び門だな……
凝視で、閉まっている門まで隈なく調べ、怪しい物がないか確認する。
なさそうだ。
一歩、一歩、閉じられた門へ歩み寄る。
城壁は四〜五メートルほどだろう。
上部に胸壁はあるが、通路の幅はなさそうだ。
石造りの隙間に指をかけ、よじ登る。
フェイスマスク越しに中を覗く。
細い通路に飛び乗る。
すぐに飛び降りようとしたが、身を伏せた。
犬の気配がする。
『凝視』から探索を発動。
犬らしき赤いオーラが、人型のオーラに繋がれて巡回している。
……なんでこんなに厳重なんだ?……理由は一つしかないか……
着地と同時に回転し、足音を極力消した。
忍足を掛けてはいるが、念には念を入れての前転だ。
すぐに来た橋を戻る。
まだ安心はできない。
怪しまれないように城壁から離れ、街に溶け込んだ。
この隠し門――というか、“悪さ門”の出入りは多いはずだ。
門が見える木の上で身を潜める。
日が暮れてきた。
今、何時だろう。
……悪い癖だ。時間は関係ない。
一旦ワープで家に帰り、リサベラに会って出直すか……。
いや、緊張の糸が切れる。このまま見張ろう。
まず『トリプルエックス』でコップを出し、『トリプルワイ』で水を飲む。
明太子のおにぎりを一つ取り出し、平らげる。
唐揚げも食べたい……一個、二個。
唐揚げとおにぎりで、完全にリサベラを思い出してしまった。
あいつはちゃんと食べているだろうか。
そういえば、出会ってからまだ一日しか経っていない。
絶対、不安なはずだ。
お今日ちゃんも、もう寝ている時間だろう。
ワープで往復できるか?……。
一旦帰って、すぐにとんぼ返り。
MPは持つか?……。
「今日は下見だから……」
そうだ、そう言ってしまった。
グージカッソの空は、滅紫色の灰みを帯びた暗い紫色で、赤みが抜け、黒みのくすんだ色になっている。
俺は木を降り、ワープの暗闇を展開し、漆黒のカーテンをくぐった。
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