第3話 妖狐 現 -ようこのあらわれ-

今立っているこの子は何て言った?

タイマシ?という聞き慣れない単語を言ったし、除霊とも言った。

そして今彼女は刀を手にして身構えている...吹き抜ける冷たい風と

異様で悍ましい雰囲気が周囲を包み込む中でゆっくりと居合の構えを取り始める。

その直後にチェーンソーのスターターロープを引いた時に聞こえる様な[ギュイイイイイイ!!]という音が夜の校舎内に鳴り響き、同時に男子、女子生徒数人が彼女の前へ教室をすり抜けてぞろぞろと出て来る。それはゾンビ映画さながらの光景で生者が群れを成す死者を今にも屠ろうかという場面にしか見えない。

数多の両腕を伸ばした状態の手が彼女に近づこうとした瞬間、


-破裂音と銀色の一閃が暗闇に迸った。-

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

どちゃり、どちゃりと崩れ落ちる学生服姿の少年少女達。

ある者は胴体をバッサリ、またある者は頭部さえ斜めに斬られていた。


「ッ...やっぱもう少し広い所じゃないとダメか...!完全に仕留めきれてない...!!」


言葉の通りで仕留めたのは正面数体と後方の僅かだけ、最低限

建物を壊さずに出力を留めたがそれが災いしてしまったらしい。

後方にある曲がり角で見ていた颯太が話し仕掛けて来る。


「つ、土宮ぁ...どうすんだよ...!?」



「今考えてる!こうなったら...ッ!!」


襲い掛かって来た男子生徒を頭頂部から股下へ掛け両断、迫って来た女子生徒を左から右へ掛け一閃し斬り裂いてから真優は後退し颯太達と合流し来た道を引き返そうとする。しかし


「おいおいウソだろ...!?」


颯太が目の当たりにしたのは自分達が来た階段から登って来る生徒達での姿、

つまり退路を完全に塞がれてしまったという事になる。

廊下の角を曲がった先、絶体絶命という状況下で真優は一度刀を鞘へ納刀し

右手を人差し指と中指以外折り畳んで印を切ると指先から放たれたのは炎、それが

1人へ着火し瞬く間に燃え広がった。


「あんな事して良いのかよ!?」



「他に手が無いんだから仕方ないでしょ!?

それに相手はもう死んでる!良いから

そのまま走って!!」


強引に走れと促し、4人は一斉に駆け出す。

その最中、真優の左手首に嵌めている赤い石が付いたブレスレットが光った。


(...!?やっぱりあの霊以外に別の個体が居る...それも強力なのが...!!)


悠一から言われていた事を思い出し、嫌な想像が脳裏を掠める。

階段を駆け上がって3階にある使われていない空き教室へ逃げ込むと4人はドアを閉めて何とか呼吸を落ち着かせていた。


「はぁ...はぁ...今度はいきなり走らせるのかよ...どうかしてるぜホント!」


汗を拭いながら孝二が話し、賢吾も頷きながら口を開いた。


「それより...お前らさっきから何が視えてんだ?俺達は別に何も感じねぇけど。」


真優と颯太を交互に見ると彼女の方から先に口を開いた。


「...隠す気は無かったんだけど、私はそう言うのがなの。簡単に言えば霊感が人一倍強いって事。それにだよね?」


真優が微笑みながらそう言うと彼は頷いた。


「実はガキの頃から変なモンが視えてたのは確か...それも視える様になったのは俺が交通事故にあって死に掛けた時からだ。」



「お前...何で今までずっと言わなかったんだよ!?」



「どーせ言ってもお前ら信じねぇだろ!?ま、まぁ...視えても視えてねぇフリすればどうとでもなるし......。」


そう彼が言った直後、窓の外を何か白いモノが横切った。見間違えかと思って

目を擦るがそれは見間違えではなく此方へ目掛けて突っ込んで来ようとしていた。

異変に気付いた真優も振り返ると窓の外に居るそれを目撃する。

白く美しい毛並みに加えて赤い毛先を持つ9つの尾を持つそれはヒトならざるモノで間違いはなく、瞳は黄金色に輝いているだけでなく額には赤色の石が埋め込まれていた。目を凝らしてみると目元や耳の先も赤く染まっているのが解る。


「霊獣...どうして此処に──ッ!?危ない、伏せて!!」


真優が叫んで颯太を巻き込む形で地面へ伏せさせ、賢吾も孝二も慌てて地面へ伏せる。それが一直線に窓ガラスを破壊し轟音を立てて突き破ると砕けて割れたガラス片が散乱し夜風が室内へ吹き込んで来た。彼を退けて先に真優が起き上がると同時に感じたのは凄まじい霊気と妖力で目の前に居る存在がどれ程強力で恐ろしい存在なのかを物語るに相応しかった。


「...もう1つの気配の正体はコレだったんだ。」


落ちていた刀を拾い、立ち上がると彼女は左手首のブレスレットを相手へ見せる。

呼応する様に双方は輝いていた。


「...私の名は土宮真優、土宮家の次期28代当主となる者。此処に契約を交わし共に戦って欲しい。その代償として支払うは我が魂...この身をアナタへ捧げる。」


霊獣というのが如何なるモノか退魔師である

彼女は知らぬ訳ではない。契約すれば喰われるのは自身の魂…強力な力を得られる反面、己の命を削り取られてしまうのだ。しかし彼女の家である土宮家は代々霊獣を用いて悪霊討滅を行って来た家系であり真優もまたそういった鍛錬を教え込まれている。妖狐と彼女が真っ直ぐお互いに見つめ合っているとガタンッ!!という大きな物音が響き、振り返ると廊下には既に生徒達が溢れていて今にも襲い掛かって来そうだった。頻りにガラス張りの廊下側にある窓を何度も繰り返し叩き続けていて下手をすれば割れてしまうかもしれない。


「おいおい…ヤベーぞ、どーすんだよ土宮!?おい…どうした……?」


颯太が2人と共に彼女の方を見ているが

真優は再び向き合う、そして彼女が両手で印を結びながら何かを唱えた後に両手を広げる。その瞬間に心臓部へ目掛けて放たれた光の鎖の様な物が勢い良く刺し貫いたかと思えば妖狐は光となって彼女の中へ溶け込んだのだ。フラッシュバンでも投げ込まれたかの様な閃光が室内を一瞬だけ包み込むと3人の方へ歩んで行き、立ち止まった。


「……下がってて、今度こそ大丈夫だから。」


ガラスが割れてなだれ込んで来るゾンビの様な生徒らを前にし真優は両手で印を結んでから

大声で叫んだ。


「──霊獣解放、白狐びゃっこ!!」


呼び出された9つの尾を持つ狐が瞬時に周囲に居た生徒らを貪り食う様に次々と喰いちぎって

取り込んでいく。喉仏を噛みちぎり、腕や頭部、胴体さえも容易に引き裂いてあっという間に全員を捕食し尽くしてしまった。白狐を一度消してから彼女単体で廊下へ

出ると先程見た教師が居て物凄い剣幕で此方を睨み付けている。


「よくも…よくも私の……私の可愛い生徒達を…許さない...オマエを絶対...ユルサナイ!!」



「...アレはもう生徒なんかじゃない。貴女の持つ強い未練が引き寄せ、そして負の感情と力が作用し変化させてしまった...もう終わりにしよう?これ以上は貴女の為には──ッ!?」


飛んで来た机の椅子を真優は咄嗟に刀で一刀両断し斬り裂く、木片が飛散し彼女の右頬を掠めて出血するがそれでもゆっくりと確実に歩みを進め再び話始める。


「人が住む世に蔓延る恨みや呪い...悪霊や怨霊、それらを退治し穢れを祓うのが私の役目。だから此処で私が貴女を祓います。」



「ダマレ...ッ...ダマレェエエエエッ──!!」


そして相手が駆け出したと同じタイミングで真優も駆け出し、刀を用いて一閃。

直後に背中合わせの状態となった際に女性は消滅してしまった。

3人も廊下へ出て来ると真っ先に颯太が声を掛けた。


「な、なぁ...終わったのか?」



「うん。終わったよ。後は瀬名君を見付けるだけ。」


真優は落ちていたタグの付いた鍵を拾ってそれを彼等へ見せる、

そして彼女が向かったのは[用務員室]と書かれた部屋の前。

ドアの鍵穴へ鍵を差し込んで開いてみるとそこには横たわったままの

男子生徒が居て近寄って首筋に手を当てると真優は安堵した。


「コイツ...確か行方不明になってた...!?」



「衰弱してるけど...んだと思う。生徒が消えたって噂を立てれば興味本位で訪れるヒトも増えるから。」



「な、成程...。」



「でもあの先生が持つ未練と校舎に蓄積居ていた負のエネルギーが強く結びついてしまってそれが元になりゾンビみたいな生徒も生まれてしまった。でもこれは悪魔で私の憶測、詳しい事は解らないけど。」


真優は賢吾に友和を任せると「帰ろう」と言い残し部屋を出る。

忘れずに刀袋を回収してから旧校舎を後にするのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

翌朝、真優は休みを利用しメモ書きを頼りにしながらとある場所を探していた。

行き交う人々の合間をすり抜けつつ路地裏へ入ると辿り着いたのは古い雑居ビルで

メモの住所と見比べても間違いは無かった。


「此処...で合ってる?」


ビルのテナントの表札を見ても何も書いていない。

取り敢えずエレベーターへ乗って指定された回のボタンを押すと

そこへ向かう、ドアが開いて外へ出ると右へ少し進んだ所にドアが1つあって

[特務課]と記された表札があった。

ドアをノックし入ってみるとそこは事務所...なのだが雰囲気が異様で

中は机や椅子等の事務仕事に必須名最低限の物こそ有るが山積みの書類、筋トレ器具からお菓子の箱等どう見ても関係ない物ばかり置かれている。

戸惑っていると腰まで伸びた黒い髪を持つ1人の女性が声を掛けて来る、歳はどう見ても自分と同じで名札には[轟木]と書かれていた。


「ようこそ地域何でも相談課へ!何かご依頼ですか?」



「あ、えーっと...履歴書を出しに来たんですけど...?」


真優は手提げ鞄からファイルに入った履歴書を彼女へ見せる。


「拝見します。名前は土宮...真優さん。歳は16、光明高等学校1年生。」



「特務零課って此処じゃないですよね?」



「いいえ?合ってますよ、此処が特務零課...正式名称は政府環境省所属、自然保護局、特務事例対策零課。そして私は驫木朔夜、サッちゃんと呼んで下さいな!」


にこやかな笑みを浮かべた彼女を見て真優は苦笑いしながらも頷く。

そして奥へ通されると朔夜はドアをノックしこう言った。


「室長、真優さんが来ましたよ?履歴書の提出の件だそうですー。」


そう言うとドアの向こうから「どうぞ」という返答があり、真優だけが室内に通される。そこに居たのは偉い人が使う様な木製の机に黒い背もたれの有る椅子に腰掛け、黒み掛かった茶色い髪を後ろで1つ結びにしたスーツ姿の女性が居た。彼女は立ち上がると真優の元へ来て柔和な笑みを浮かべると共に右手を差し出して来る。


「ようこそ特務零課へ。私が室長の水原香瑠みずはらかおるです。貴女の話は八神君から聞いてるわ、土宮真優さん。その手の界隈じゃ有名な土宮家の退魔師が入ってくれるなんて心強いかも。」



「は、はぁ…それは……どうも。」



「もう1人、二階堂紡って子が私の秘書で居るんだけど…今は訳あって席を外してる。それで

履歴書を拝見したいのだけれど?」



「は、はい!どうぞ…!」


彼女は徐ろに先程の履歴書を取り出して香瑠へ手渡す、受け取った彼女は上から下へ掛けて目を通していくと頷きながら再び真優の方を見た。


「えーっと土宮さん…もしかして貴女こういうちゃんとした書類とかは苦手なタイプ?」



「それってどういう意味でしょうか…?」



「此処、誤字って修正掛けたでしょ?印鑑押さないと訂正したって事にはならないのよ。それから此処もそうで…本来は修正テープは使っちゃダメなのよ?」


手渡された履歴書を受け取り、確かめてみると確かに二重線で修正されただけで他は何もされていない。慌てていた所へ香瑠は小さな溜め息をついた。


「…今回だけは大目に見てあげる、けど次から気を付ける事。良い?」



「は、はい…申し訳ございませんでした。」



「怒ってないから大丈夫。もっと酷い奴とか居るから気にしないで?」


凹んでいる真優を見た香瑠は彼女へ「会わせたい人が居る」と言って連れ出すと室長室の前に

[外出中]という札を引っ掛けて出て行く。

その足で向かったのは事務所の廊下で左に曲がった先にある階段を登って上にある屋上へ向かうとドアを開けて外へ出た。

視線の先に居たのは木刀を素振りしている少女、年齢的には真優と同い歳だがその動きには

鋭さとキレが有り、それでいて綺麗だった。


「おーい和泉ー、例の子来たわよ?」



「はーい、今行きます。」


駆け寄って来たのは黒い髪を腰まで伸ばし、

スタイルの良い身体付きと整った顔立ちは大和撫子そのもの。首から下は上下紺色の学生服、胸元には赤い紐を蝶結びしている他に左右足元は膝下迄の黒い靴下と焦茶色の革靴をそれぞれ身に付けていて全体的に何処か大人びた印象があった。


「初めまして、東雲和泉しののめいずみと言います。」



「土宮真優と言います、宜しくお願いします。」


お互いに一礼し向かい合った所で

香瑠は再び口を開いた。


「彼女も東雲という退魔師の家系の子なの。そして頼れるうちのエージェント!凄いのよ?」



「エージェントだなんて大袈裟ですよ香瑠さん。私は真剣にお務めに励んでいるだけですから。」


改めて真優の方を向いた和泉は彼女を見てから右手を差しのべてこう言った。


「お互い頑張りましょう?人々を悪しき者達から守るのが退魔師の使命だから。」



「はい、私も頑張ります。大勢の人々を守る為に!」


彼女の右手を握り返すと2人は握手を交わした。だが真優はこの時まだ知らなかった…このという家系がどういう存在であり、どういう者達の集まりなのか。そして和泉自身もそれが後に起こる最悪の悲劇へ繋がる事を彼女自身もまだ知らなかった。

少しの擦れ違いや思い違いだけでヒトの運命は大きく変化してしまうモノである……例えそれが親しい間柄であろうとも。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

深夜、人気の無い通りで1人の少年が立ち尽くしていた。周囲に居るのは悪霊といってカテゴリーEと呼ばれる下級の存在。言ってしまえば成仏出来ずに彷徨っている存在でそれが人間に憑依した者。黒い学生服姿の彼は癖のあるマッシュウルフヘアの前髪を指先で触りながら呟いた。


「…これだけ沢山居るのであれば僕の作ったコレの的になってもらうだけだ。それに幾ら手段を用いたとしても助からない…ならせめて成仏させてやろう。僕自身の手でね。」


そう言い放った彼は右手を正面に突き出し、呟いた。


「──召喚ツィオーネ。」


青白い光と共に右手へ現れたのはトンプソン・コンテンダーというシングルアクションを採用した銃器。それを器用に1回転させ、トリガーガードを引くと共に現れた末端へ弾丸を装填する。そして狙いを定めると引き金を引いて弾丸を発射した。

破裂音と共に眉間が撃ち抜かれ崩れ落ち、手動でリロードを繰り返しながら次々と射抜いていく。そのスピードは日頃の鍛錬のたわ物と言っても過言ではない上に扱いもかなり手馴れているのは確かだった。射ち出している弾は対死霊用に自作した弾丸でスプリングフィールド弾というモノに似せて作っている。


「…お前で最後だ。」


残ったのはメガネを掛けた中年のサラリーマン、彼の額を的確に撃ち抜いた所で殲滅完了。

少年は僅かな溜息をつくと銃を持ったまま呟く。


「…撃った時に少しブレが有る、まだ改良が必要か。最近は数も増え始めている……退魔師達は一体何をやっているんだか。」


彼の名は鈴村恭介すずむらきょうすけ

彼もまた鈴村家という家系に産まれた退魔師の1人である。それから恭介は銃を消し、闇夜に紛れる形でその場から歩き去ったのだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る