トレイルブレイザー

涼梨結英

第1話

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ」


小さい呼吸音。ゼロ距離にいなければ聞こえない。スナイパーライフルに取り付けられた望遠レンズの辺りから白い息が表れる。


地面は雪に覆われている。二、三十センチ程の深さがある雪に身を埋める少年。彼は白く塗装されたライフルの引き金に指を乗せる


微動だにせず、ただある瞬間のためだけに二日間飲まず食わずでここに居た。


遠くからこちらへと向かって来るエンジン音、望遠レンズには彼の待っていたものが映った。


四輪、所々が赤や青に変色した金属の装甲、前方には47ミリ砲が備えられている。


息を殺して47ミリ砲装備戦闘車両、通称スケール47の動きを見張る。


「名無し、聞こえてるか?」


少年の耳に取り付けられた通信装置。


「はい」


「忘れてねぇだろうが今見えてんのが今日、テメェが仕留めなきゃいけねぇ獲物だ。もし逃がしたら……。分かってんだろうな?」


「すみません集中したいんで黙っててもらえますか?」


返答なし。舌打ちを最後に通信は終了した。


通常一発のライフル弾ではスケール47の装甲を貫くことはできない、実行するためには同箇所に複数発の弾丸を命中させる必要がある。だが移動中の対象にそれを行うのは極めて困難。


だがスケール47の装甲がいくら頑丈だからと言って全てが守られているわけではない。


(ここからなら車体の下側が狙える)


突然の強風、それに伴って大量の雪が少年の視界を潰した。だが彼は迷わず引き金を引いた。


サイレンサーの付けられていないライフルは射撃と同時に轟音を響かせた。放たれた銀色のそれは舞い上がった雪を突き破り、一瞬でスケール47の車体下部に到達した。


下部に設置された燃料タンクに穴をあけ、弾丸が燃料タンクの薄い装甲を突き破る時に小さな火花を生じさせる。


炎上を始めた車両はすぐに大爆発を起こした。


爆発したスケール47の背後には列をなすようにして数台の車両が走行していたが、目の前の出来事を受けて急ブレーキをかけた。


こ少年の仕事はここで終わった。耳につけられた通信機器の電源を入れる。


「任務完了です」


「終わったら車両に戻れ」


彼を褒める言葉もなく通信は一方的に切断された。


雪をかぶせて隠していたライフルバックに武器をしまい込む。少々気になって爆発の起こった方に目をやると先ほどまではなかった数台の車両が爆発したスケール47の仲間の車両を取り囲んでいた。


取り囲む側の車両から降りてきた数名は近距離に特化した銃を構えている。


その銃口の先にある車両からは両手を後ろで組んだ男たちが下りてきた。


少年はそこで見るのを止めた。準備の整ったライフルバックを肩にかけ、足の半分が埋まる位まで積もった雪の中を進んでいく。


背後に鳴り響く銃声、振り返ろうとする動きを見せず、ただ指定された場所へと向かう。


*****


先程の場所から三キロほど離れた地点に一台の車両が停止している運搬車両であり荷台のボックスには大きなものも収納できそうだ、恐らく人間も入れる大きさだ。付近では数人が焚火を囲んでいる。


「来たぞ……」


一人が焚火の方へと歩く少年を見つけて言った。


「出発だ、みんな準備しろ」


ある男が指示を出し、そいつは少年へと近寄り彼の胸ぐらをつかんで地面へと押し倒した。振り上げられた拳が少年の顔をめがけて振り下ろされた。


「テメェさっきは生意気なこと言って通信切りやがって! ムカつくんだよ!」


「…………」


ただ殴られ反撃する素振りはない。


「奴隷の分際で舐めた態度とってんじゃねぇ、よ!」


数回殴ったところで男は息を切らして立ち上がった。


「次同じ事やったらぶっ殺す!」


男が立ち去ってから数秒、少年は微動だにせず視界を空へと向けていた。灰色の雲、今にも雨降らせそうなそれ。


「あの日と同じ……」


*****


荷台のブックス、暖房設備もろくについておらず隙間からは冷たい風が入り込む。少年から離れた所には先ほど焚火のそばにいた数人の男女が乗っている。リーダーの男ともう一人は運転席の方に乗っている。


「なんで俺たちまでこのくそ寒いボックスで移動しなきゃいけないんだ」


「しょうがないだろ、もう一台はガス欠しちまって動かねぇんだから」


「それにしてもアイツ、大丈夫か? さっきから全然動かねぇけど」


ボックスの壁に備え付けられた椅子に腰かけた少年、冷たい壁に背を持たれ目は半開きのまま床を見つめている。


「死んではないだろ、それにアイツはあんな感じだろ」


「それにしてもやり過ぎだよ、いくら奴隷だからって……アタシは好きじゃないね」


女はそう言って少年の方へと近づいた。


「おい名無し、アンタ寒くないのかい?」


「……なぜそんなことを聞く? 俺は奴隷だ、この首輪がある以上俺はアンタたちに服従する。所有物に意見を聞く必要はない」


少年ななし首元につけられた金属製の首輪、決して軽くはない。


奴隷を服従させるためのこの首輪は奴隷の所有者の持つ起爆スイッチが押されると爆発する仕様になっている。つまり奴隷とは自身の命を所有者に握られているのだ。


「確かにアンタは奴隷だ、だが奴隷である前に一人の人間だろ。アンタがそれを忘れてちゃいつか死んじまうよ。……もっと自分を大切にしな。気づいてないかもだけどアンタにもまだ反抗する意識は残ってるみたいだからな」


女は元居た方へと戻った。それを横目に少年は立てかけていたライフルバックを近くへと引き寄せた。


「クラッチM……」

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