第4話
星名ほのかは「天性のアイドル」だ――それは褒め言葉だし、呪いでもある。目立たないように俯けば、首筋のラインで皆が振り向く。声量を落とせば、耳がそちらに吸い寄せられる。体育の柔軟で前屈しただけで「写真撮らないで!」と教師が怒鳴る。彼女が悪いわけじゃない。存在が「イベント」になってしまうのだ。
「湊、普通になるの難しい」
「知ってる。だから僕がついてる」
それは言葉の弾みで、軽口のつもりだった。けれど、日が経つにつれて、僕の言葉は現実の重みを持ち始めた。
彼女が帰る道すがら、ファンらしき子が数人待ち構えている。文化祭の実行委員会は「せっかくだからステージに」と煽ってくる。先生は進路指導と称して「芸能界の厳しさ」を語る。クラスでは「どんな化粧品使ってる?」と毎日聞かれる。
その都度、僕は間に入った。彼女の連絡先をむやみに外に出さない。ファンには「学校に関係ない話題は校外で」とお願いする。実行委員には「活動休止中だから」と反対する。彼女を守る役は、誰かがやらなきゃいけない。だから僕がやった。
夜、布団に潜ってからスマホを見る。彼女の名前で検索して、出てくる憶測や心ないコメントに胃が縮む。僕が反論しても意味はない。わかっている。わかっているけど、胸の奥が焼けるみたいに熱くなる。僕は画面を伏せて、天井を見た。
――僕は、特別になりたかったんだ。
忘れていた願いが、ふいに戻ってくる。幼い自分がブランコで言った言葉。ほのかは約束を守った。先に行って、星になった。ここに戻ってきても、彼女は依然として星のままだ。僕は、どうだ。
ギターは、部屋の隅に立てかけてある。弦は少し錆び、ピックは埃をかぶる。中学のとき、僕は音楽に賭けようとした。自作の曲を録って、配信して、少しだけ「見てもらえた」。けれど、高校に入るころには勉強やバイトに押し流されて、中途半端なまま置いてきた。
そんな自分が、星のそばで「普通」を守る。いびつだ。どこかでひずみが出る。
それでも彼女は、僕を信じてくれていた。
「湊、ありがとう。わたし、一人じゃ無理だった」
「いいよ。僕は僕の仕事してるだけ」
「仕事?」
「そう。普通管理人」
「かっこよくない」
「名前の問題じゃない」
ほのかは笑って、またすぐ真顔に戻った。笑顔は封印中。封印を守る彼女を見ていると、胸のどこかが痛い。笑ったほうが、彼女は彼女らしいのに。
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