第4話

 翌朝。

 翔太が布団の中で目をこすっていると、下の階から楽しげな笑い声が聞こえてきた。


(……美咲か)


 重い体を引きずるように階段を降り、リビングのドアを開けると、案の定、美咲と母が並んで座っていた。

「おはよ、翔太」

「……おはよ」


 髪は寝癖で跳ね、目も半分しか開いていない。椅子に腰を下ろすと、母が苦笑しながらコーヒーを置いた。

「美咲ちゃんなんて朝から元気なのに、あんたはほんとに」

「いや、私なんて普通だよ」

 美咲はそう言って笑った。


 翔太がカップを手にしたとき、美咲がじっと顔を覗き込んでくる。

「ね、翔太。昨日……夜更かししたでしょ?」

「……え」

「その顔、すごい寝不足って書いてあるもん」


 翔太は一瞬言葉に詰まり、慌てて肩をすくめる。

「……ちょっとゲームしてただけだよ」

 美咲はふっと笑って、軽く頷いた。

「そっか。ゲームか」


 それ以上は何も言わず、自然に話題を切り替える。

「そういえばね、おばさん。昨日コンビニで新しいスイーツ見つけたんだよ」

「へえ、美咲ちゃんは甘いもの好きだもんね」


 母と美咲が楽しそうに話しはじめる。

 翔太はトーストをかじりながら、その会話を黙って聞いていた。

 眠気はまだ残っていたけれど、賑やかな声が妙に心地よく感じられた。


「いってらっしゃい。美咲ちゃん、翔太のことよろしくね」

 母に背中を押されるようにして、翔太と美咲は並んで通学路へ出た。


 まだ朝の空気は冷たく、翔太は両手をポケットに突っ込みながら歩く。美咲はいつも通り元気に横を歩いていた。


「ねえ翔太、今日の体育ってバスケの続きでしょ?」

「……ああ。昨日の惨敗のことは、あえて忘れようとしてたんだけどな」

「ふふ、忘れちゃダメだよ。昨日は全然かっこよくなかったんだから」

 美咲はいたずらっぽく笑いながら翔太を覗き込む。


「だから今日こそリベンジして、私にかっこいいとこ見せてよ」

「……そんな簡単に言うなよ」

「がんばったら、ご褒美あげてもいいし」


 軽く唇に指を当てながら、わざと秘密めいた調子で言う美咲。

 翔太は一瞬足を止めそうになり、慌てて前を向き直った。

「な、なんだよその“ご褒美”って」

「さあ? それは見せてくれたらわかるかもね」


 美咲の笑みは無邪気に見えるけれど、翔太の心臓は落ち着かなかった。


 そんなやりとりをしているうちに、校舎が見えてきた頃だった。


「おーい、翔太!」


 声をかけてきたのは、翔太の親友・圭太だった。制服のシャツを少しはだけ、肩から鞄をぶら下げた姿は、いかにも気楽そうだ。


 その隣には、黒髪をきちんと結い上げた麗子が寄り添うように立っていた。背筋を伸ばし、控えめに微笑む様子は、まさに大和撫子といった風情だ。

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