幼馴染と片想い

完成された欠陥品

第1話

 放課後の教室に、残った夕陽が赤く差し込んでいた。窓際の席に座りながら、翔太はノートに落書きをして時間をつぶしていた。


 昨日の光景がまだ頭から離れない。駅前で見かけた、美咲と知らない男が並んで歩く姿。笑い声まで聞こえてきた気がして、胸がざわついた。

 だからこそ、今日こそは──と意気込んで残っていたのに、いざその時が来ると喉が渇くばかりで、言葉は形にならなかった。


 「……翔太、まだ残ってたんだ」


 扉を開けて入ってきた美咲は、当たり前のように声をかけてきた。長い髪を軽く束ねて、いつもの笑顔を向けてくる。


 「まあな。ちょっと宿題やってただけ」

 「へえ、珍しい。翔太が真面目に残ってるなんて」


 美咲はそう言って、勝手に隣の席に腰を下ろした。椅子の脚が床を擦る音に、翔太の鼓動が一層大きく響く。


「なに、その顔。もしかしてバカにされて怒ってる?」

「怒ってない。ただ、俺だってやるときはやるんだよ」

「ふふ、そういうとこ昔から変わらないよね」


 無邪気に笑うその姿に、心臓の奥がちくりと痛んだ。

 ──やっぱり、言えない。今言ったら、今までの空気が壊れてしまう。


 でも決めたはずだ。伝えなきゃ、後悔するって。

 気楽に笑い合いながらも、胸の奥で熱を帯びた言葉だけが積もっていく。



 放課後の教室を出ると、廊下にはもう人気がなかった。窓の外は赤みを帯びて、グラウンドを長い影が覆っている。翔太が鞄を肩にかけると、美咲は何も言わずに隣に並んだ。


 それが当たり前のことだから、特に確認もいらない。二人は物心ついたころからずっと隣同士に住んでいて、帰り道も同じ。だから今日だって、当然のように一緒だった。


「ねえ、今日体育やばくなかった? バスケのとき翔太、全然シュート入ってなかったよね」

「うるせーな。あれは調子悪かっただけ」

「ふーん。十本外すのが“調子悪い”の基準なんだ」

「数えんなって!」


 肩を揺らして笑う美咲につられて、翔太も苦笑いを漏らす。

 くだらない会話のはずなのに、不思議と心が落ち着く。この時間がずっと続けばいいのに──そう思ってしまう自分に気づき、胸の奥がじんと熱を帯びた。


 昨日の光景が頭をかすめる。美咲が、知らない男と並んで歩いていた姿。忘れたいのに忘れられない。でも今、隣にいるのは間違いなく自分で、こうして自然に笑い合えている。

 それが心地よくて、同時に言えない気持ちをますます苦しくさせた。


 家の角を曲がると、もう玄関先は目の前だった。ここで「じゃあな」と手を振るのがいつもの終わり方。

 けれど、今日は足が止まりそうになる。もっと一緒にいたい。そう思ってしまう。


「じゃ、また明日」

 翔太はいつも通りを装って口にする。

「うん。また夜に行くね」

 美咲は当然のように答えた。


「……え、今日も来んの?」

「だってテスト勉強するんでしょ? 昨日も一緒にやったじゃん」

「……あー、そうだったな」


 心臓が跳ねるのを誤魔化すように、翔太は後頭部をかいた。

 昔から当たり前のように互いの部屋を行き来してきた。それなのに、今はただの約束が妙に特別なことのように思えてしまう。


 玄関に入る美咲の背中を見送りながら、翔太は胸の奥のざわめきに気づかぬふりをした。

 ──離れがたい。この時間が心地よすぎて、言葉にできない。

 けれど、その想いは確実に積もっていくばかりだった。

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