勇者はしない

メル:「あ、ちょっと待って勇者くん!」


ロタ:「ああ!――この辺りのダンジョンは入り組んでいるから、あまり離れちゃだめだよ」


アド:「……またかよ……今度は”大きい方”かぁ?」


メル:「あんたねぇ……次は助けないわよっ……」


アド:「わかったから早く行けよ」


カド:「それじゃ俺もしとくかな。さっきの戦闘でポーション飲み過ぎで、腹がガボガボだぜ」


サン:「じゃあ僕も連れションするかな」


暫くして、メルが曲がり通路の奥から戻ってきた。


ロタ:「それじゃいくよ!この辺りのモンスターは強いし落とす食べ物は見た事のない物も多いから気を付けてくれよ、みんな」


そうしていつもの様に隊列を組みながら歩いていた時だった。


カド:「……しかし、ロタってさ。腹がガボガボになったりしないのか?」


アド:「ああ、そういや。お前、ポーション何本飲んだっけ?」


メル:「……実は私も思ってた。ロタくんってさ、そういうの……平気なの?」


ロタは足を止めた。 少しだけ、視線を伏せる。


ロタ:「……うん。僕には、そういう生理的なものは――」


言葉を探すように、少しだけ間を置いてから、静かに続けた。


ロタ:「……ないんだ」


その場の空気が、ふと沈黙に包まれる。


ゼル:「……え?」


アド:「ええと、それって……どういう意味?」


ロタ:「たぶん、最初から。食べることも、出すことも、眠ることも……必要ないんだ。だから、気づかれないようにしてたけど」


サン:「半年も一緒にいて、誰も気づかなかったなんて……」


カド:「いや、気づかねぇよ。だって、普通に飯食ってる風だったし」


メル:「……でも、そういうのがないって……なんか、楽そうだね」


ロタ:「うん。楽だよ。痛みも、疲れも、羞恥も……たぶん、ないから」


その言葉に、誰もすぐには返せなかった。 ただ、メルだけが、勇者の顔をじっと見ていた。


メル:「……それって、ちょっと、寂しくない?」


ロタは答えなかった。 代わりに、静かに先を歩き出した。


隊列を組んで進んだ先は、見事なまでの行き止まりだった。 岩壁は滑らかで、人工的な加工の痕跡もない。まるで、最初から“ここで終わる”ように設計されていたかのようだった。


アド:「……マジかよ。完全に袋小路じゃねぇか」


カド:「戻るしかねぇな。時間もギリギリだし、他の道探す余裕はねぇ」


サン:「じゃあ、さっきの分岐まで戻ろうか。メルが通った道の方だね」


ロタ:「……うん。あの道しかない」


メルは、黙っていた。 その道を思い出すだけで、胃が重くなる。 あの時、自分が“したもの”が、まだ頭から離れない。


メル:「……ちょっと待って。戻るのは……やめた方がいいかも」


アド:「は? でも他に道ないぜ?」


メル:「……その、私が通った時……ちょっと、いろいろあって……」


カド:「いろいろって、さっきの“あれ”か?」


アド:「大丈夫だって。誰も見ないし、気にしないって」


カド:「俺なんか、腹ガボガボでそれどころじゃねぇし」


サン:「僕も目閉じて歩くよ」


ゼル:「……行こう。時間が惜しい」


袋小路を前に、パーティは引き返す決断をした。 誰も口にはしなかったが、空気は重かった。


メルは最後尾を歩いていた。 足取りは重く、視線は地面に落ちていた。


やがて、分岐点に戻る。 メルが一人で通った道――その入り口に、皆が立ち止まる。


ロタ:「……ここだね。メルが通った道」


アド:「まぁとっとといくぞ!」


サン:「うん」


通路の途中、メルはふと立ち止まった。 壁際のくぼみを見つめる。


メル:「……あれ?」


アド:「ん? どうした、また腹でも痛くなったか?」


メル:「違う。ここに……置いたはずの”アレ”が、ないの」


サン:「場所を間違えてるんでしょ?」


メル:「ううん。目印にって、裂いて置いたの。通った証に」


カド:「ああ、この切れ端だね」


ゼル:「でも何にもないよ、匂いもね」


ロタ:「……消えた、ってこと?」


メルはしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめた。


メル:「……まあ、いいや。さぁ行きましょ」


アド:「だよな。あんなのに騒いでたらキリねぇって」


サン:「さ、進もう。時間もないし」


ロタ:「うん。この先は少し広くなる。隊列を崩さないように」


パーティは再び歩き出す。 誰も、メルの違和感に深く触れようとはしなかった。


だが――


通路の奥、誰も振り返らないその背後に。 ひとつ、影があった。


壁に溶け込むような、輪郭の曖昧なそれは、音もなく動いていた。 彼らの歩調に合わせるように、静かに、確かに“ついてきて”いた――誰にも気づかれぬまま。

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