第10話 お泊まりハプニング ②

 俺が雨音家に泊まることの難易度の高さが発覚してから10分後。家中から集めてきた物を美樹さんが並べながら確認していた。


「歯ブラシは新品があったから良し。寝巻きは私の高校の時のジャージで良し。問題は……パンツかぁ…………」


 他の物はなんとかなりそうだが、下着に関してはそうはいかなかった。普通に考えて男物の下着があるわけがない。女物を借りる訳にもいかないし、もういっそのこと風呂に入らないという選択肢が無難かもしれない。


「…………すいません。やっぱり今日は風呂に入らなくても――」


「は??何言ってるの?入らないとかあり得ないんだけど。自分が臭いの自覚してないの?」


 風呂を諦めようとすると、何故かまだリビングにいた早苗さんに怒られた。まぁ言いたいことも分かる。となってくれば同じものを使い回すしかない。


「…………だったら服も下着も同じものを着るので――」


「は????汚すぎ。マジキモ。不潔。洗濯しないとかあり得ないし」


「……早苗?いい加減にしないと本当に怒りますよ?」


「和葉姉はいつも怒ってんじゃん」


「私だって怒りたくて怒ってる訳ではっ……!」


「落ち着いてふたりとも。喧嘩は良くないよ」


 とことん俺の意見を反対し罵倒してくる早苗さんに和葉さんが怒りを見せ、それを凛花さんが仲裁する。ただでさえ台風のせいでどんよりしているリビングの空気が更に悪くなる。


「……ねえ早苗~。ちょいと耳貸しな~」


「は?なに?」


「いいからいいから~」


 和葉さんと睨みあっていた早苗さんを、何かを思い付いたような顔をした美樹さんが廊下へと連れ出した。その数秒後……


「はぁ!!?んなわけ……っ!!」


「しーっ!声おっきい!バレるよっ?」


「っ………………でも……!」



 激しく動揺する早苗さんの声がリビングにまで響いた。残された俺達が何の話をしているのか気になっていると、そこから更にしばらくしてから美樹さんがリビングへと戻ってきた。しかも片手に男物の下着を持って。


「いやー探したらあるもんだねぇ」


「…………どこにあったんですか?」


「ん?私の部屋~。ほい。じゃあいってらっしゃーい!」


 あるわけ無い物が美樹さんの部屋から出てきた理由について聞こうとすると、美樹さんは俺を急かしてきて、そのままリビングから放り出された。あまり深掘りするなということだろう。

 しかし、あの「ガチなやつ」の下着といい、今回の男物の下着といい……まさか美樹さんは彼氏でもいるのだろうか。別に俺にとって何の問題もないが、少しだけ複雑な気持ちなのも確かだ。


 とまぁ紆余曲折あったものの、ようやく風呂に入れると内心浮き足立っていた俺は、真っ赤な顔で風呂場の前に立っていた早苗さんに呼び止められた。


「………………おぃ」


「……はい?どうしました?」


 いつもよりも少しだけ小さい声。また何か言われるのだろうかと俺が身構えていると、早苗さんから大きめのビニール袋を手渡された。


「脱いだやつはこれに入れて。絶対に私達のと混ぜないで。洗濯機の中覗いたら殺す。あと、それは、私が洗濯しといてあげるから、なにもしなくていいよ」


「流石に自分の分くらいは自分で…………」


「うっさい。口答えすんな。早く行け」


「…………はい」


 早苗さんの言い分は若干矛盾していたような気もするが、きっとそれが早苗さんなりの優しさなのだろうと受け止めることにした。



「………………でっかい風呂」


 うちの倍以上はある浴槽に浸かりながら差を実感する。これくらい広いと4人でも入れるかもしれない。追い焚きが出来るし、急かすことも急かされることもない。


「今頃どうしてんだろうなぁ……」


 アイツらの事を思い浮かべると、どうしても気になってしまう。ご飯は食べただろうか。日向は泣いてないだろうか。夕はお兄ちゃん出来てるだろうか。晴日はお袋を手伝ってるだろうか。お袋は無茶してないだろうか。


「………………もっかい電話すっか」


 あまりにも気になりすぎて、俺は風呂の後にもう一度家に電話してみることにしたのだった。






 なるべく音をたてずに扉を開ける。堂々としてればいいのに。あたしの家なのに。なんでこんなことしなくちゃなんないの。

 いや、そんな理由はあたしが一番良く分かってる。今のあたしの行動は、やってはいけないことだからだ。


「……………………」


 洗濯機の横に置かれていたビニール袋。それに手を伸ばし、ゆっくり開く。中には男物の洋服とかズボンとかが入ってて、もちろん、靴下とか、パンツだって、入ってる。


「……………………」


 一回。一回だけ。一回で済ませればバレない。後でもっと出来るんだから。でも、脱ぎたては今しかないし。絶対くっさい。良い匂いするに決まってる。だから一回だけ…………一回だけ……


「誰か居ますか?」


「っ!!!??!?」


 顔を近づけようとしたら、お風呂に入ってたアイツに声をかけられた。あたしはビックリしちゃって、アイツの質問とか無視して逃げれば良かったのに、わざわざ声に返事しちゃった。


「……わ、私ですわ~…………なんて……」


「…………和葉さん?どうかしました?」


 和葉姉の声と口調を真似てみたら、アイツはあっさりと騙されやがった。誤魔化せたのは良いけど、それはそれでなんか嫌だ。


「す、少し忘れ物を~…………」


「なるほど……」


「……ねえ、し、質問……いーですか?」


「はい?」


 物真似をしてたあたしは、何を考えたのか、和葉姉のフリをしたまま、聞かなくても良いことを聞こうとしてしまった。


「早苗のこと…………どう、思って…………ますか……」


「早苗さんのこと……ですか?」


 自分でも聞こうと思った意味は分かんない。でも、あたしを和葉姉だと勘違いしてるアイツの声がすっごく優しくて、あたしみたいな子供に構ってる時とは違いすぎて、自然と聞きたくなっちゃった。

 どうせ嫌ってるのは分かってる。どうせ和葉姉が好きなのも分かってる。男って単純だし。和葉姉は可愛いし。あたしは可愛くないし。アイツに嫌な態度ばっかりとってるのに。


 それ……なのに…………


「良い人だなって思いますよ」


「へ…………」


 思ってもみなかった答えにあたしは固まってしまった。


「ほら前に試合を見に行ったじゃないですか。その時に感じたんです。声を出して、チームを引っ張ってた早苗さんを見て、すっごくカッコよくて優しい人だなって……本人には言えませんけどね」


「……………………」


 そういえばそんな事もあった。でも、あの日だってあたしはこの人に酷い事を言った。なのになんで。なんでこの人は……


「…………だから、俺を嫌ってるのには早苗さんなりの何かがあるんだと思います。こればっかりは少しずつ探っていきます」


 あたしに嫌われてるって話を、ちょっとだけ悲しそうな声でする。それを聞いちゃったあたしは、思わず口が動いてた。


「……早苗…………は、不器用だから…………きっと、ホントは……あ、あさ、朝陽くんと…………仲良く……」



「早苗ー!宿題は終わったのですかー!」


「ヴェッ…!!!?」


「………………ん?あれ?今の声って……」


 和葉姉の無駄におっきい声がお風呂場まで貫通する。その声は当然アイツにも聞こえてて、二人居る和葉姉を不思議がっていた。


「…………えっと、誰が……いるんですか?」


「ッ!!!!!!」


 そして、扉越しに居る方が偽物だと分かったアイツからの質問をあたしが答えられる訳なんてなく、何も言わないまま洗面台から逃げるように飛び出すことしか出来なかった。

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