第10話

 混雑しそうな昼時を避けての、昼食兼おやつタイム。

 おやつに関しては彼女限定である。


 互いに昼食の方は食べ終えており、今は彼女がパフェに奮闘中だ。


 さっきアイスも食べていたのにと思ったのは、注文した時と合わせて二回目。

 よく分からない感情を抱きながら半目でそれを見ていると、アイスを倒すまいと苦戦している彼女と目があった。


「欲しかったら少しあげようか?」


「甘いのはパス。というか払うの僕だけどね、別にいいけど」


 自分から言ったことだけど、事実は事実なので我が物顔で語る彼女に言っておく。


「なら半分くらいいいよ」


「いや、分量の問題じゃないから」


 よく分からない感情は呆れだったと判明して、もはや注意する気はなくなっていた。


「それでそれで、この後の予定は?」


「特にはないけど、さっき見かけた通り見て回ろうかなって。君は何かある?」


「私もそれでいいよ。なんなら食べ歩きとか楽しそう」


「君は食べてばっかりだね。少しくらい身体の心配したほうがいいんじゃない?」


「それは太るって言いたいの? ご心配なく、私食べても太りにくい体質だから」


「そうなんだ」


「それ他の女子の前で絶対言わないほうがいいよ。絶対反感買うから」


「言う友達なんていないけど」


 ぶすーっと拗ねた表情を作ってパフェに戻る彼女は、アイスを一口食べるとこの上なく嬉しそうな表情に早変わりした。


 食べ物あげればご機嫌になるのか。餌付けしている気分だ。

 彼女を動物に例えるとしたら猫だろうか。気分屋で、好奇心旺盛で、食べ物を前にしたら途端に素直になって。


 一人そんなことを思いながら彼女に横目を向けると、また目が合う。

 今度はにへーっと笑ってくるのに、ちょうどいいとある疑念を口にした。


「いつも笑ってるけど、そんな楽しい?」


「すっごい楽しいよ。私修学旅行いけなかったから、来れたのは嬉しいんだ」


「風邪でも引いた?」


「ううん。そう言うのじゃなくて、なんていうか……お母さんが、ね」


 苦そうに彼女は笑って答えた。

 それ以上は僕も聞かなかった。


 引き攣った笑みは、ガトーショコラを一口挟むといつもの笑みに変わっていた。

 

 聞かなかった代わりに、ずっと引っかかっていたことを言ってみる。


「余計なお世話だったら悪いけど、無理して楽しそうに笑ってなくていいから」


 特に女子同士のグループでありそうな、歪んだ仲間意識の表れ。

 意味も理由もなく、ただ嫌われたくないがために作り笑いを浮かべているあれは、想像するだけで疲れそうだ。


「大丈夫だよー、君は気にし過ぎだって。私だって楽しくなかったら笑わないよ」


 心配性だなぁ君は、と面白おかしく笑った。


「気まずいのは苦手だけど、僕はいつでも面白さとか楽しさとかを求める人間じゃないんだよ。どちらかというと、静かにゆっくりしたい人だから」


 余談ではあるけれど、僕が思うに静かさには二種類ある。


 人同士が意図して作り出す静かさ、沈黙と。

 無意識下に生まれる静かさ、静寂だ。


 前者に伴うのが気まずさであり、僕の苦手とする静けさで。

 そして後者こそが、僕の求める理想の静けさである。


 正直、彼女は少し鬱陶しくもあるけど、自然体なら何も言わないでおこう。


「なーに難しい顔してるのさ。それならはい、コーヒーゼリー。甘いの苦手でもこれなら食べれるでしょ? ちょっとは糖分も必要だよ」


 掬って口元に差し出してくるそれを、ありがたく頂いた。


 軽くなったスプーンを手元に引き戻した彼女は、なぜかそれを見つめて、

「ふーん、君ってそういうのは平気な人なんだ」


「そういうのって……あ」


 遅れて気付いた僕に、彼女はほんのりと頬を朱色に染めてニヤついていた。


「今のはその、まったく気にしてなかったというか……いや、そういう意味じゃなくて」


 最早、どう弁明しようと照れ隠しにしか受け取られかねないこの状況。

 笑みの増していく一方の彼女に羞恥を堪え、致し方ないと最終手段を取る。


「それ以上笑ったら、ここの代金自分の分払ってもらうから」


 途端に笑みを引いて焦りを顔に出す彼女に、思わず出そうになった笑みを堪える。

 餌を取り上げられた猫みたいだった。

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