第6話

「観覧車乗ろうよ」


 時間的にも、体力的にも、次のアトラクションが最後だろうとなった頃。

 彼女のその言葉に僕は無言で首肯を返す。

 二人で乗り込み、厳重に扉が閉められる。それからゆっくり、ゆっくりと登っていく籠の中からは、橙色に染まった海が見えた。

 彼女には少し悪いけど、てっきり窓に張り付いてはしゃぐものかと思っていた。でもさすがに疲れが溜まってきたのか、今は窓辺に身体を寄せ、じっと外を眺めている。


「ねぇ」


「ん?」


 外を眺めたままの彼女の問いかけに、ちらと横目を向けて返す。


「今日、楽しかったよ。ありがと」


「まるで今日で世界が終わるみたいな言い方だね」


「あはは、そうかもね。でも、本当に楽しかったから、お礼を言いたかっただけ」


 ありがと、といつも通りの笑みでもう一度言ってくる。


「君はどうだった? 今日、私とで楽しかった?」


 無意識のうちなのか、単なる僕の思い違いなのか、彼女の言葉は彼女自身を貶めているように聞こえた。それでも詮索するのはやめた。それが彼女のためであり、僕のためでもある。

 だから代わりに、今日のことを思い浮かべる。


 あのジェットコースター。あれだけは二度とごめんだった。


 コーヒーカップに乗らされては、案の定、彼女が思い切り回すものだから僕は吐きそうになった。彼女に一人で乗ってきていいよと送り出したら、一体何をしてきたのかびしょ濡れで戻って来た。


 無理やりお化け屋敷に入らされた。僕は恐怖系が苦手なのだ。中から聞こえてくるBGMだけで既に震えていた。彼女から手を繋いであげようかと言われたけど強情張ったくせに全然進めなかった。結局は繋いで先導されることになってしまった。


 おやつにクレープを食べた。前にも言ったけど僕は甘いものがあまり好きな方ではない。どちらかといえば苦手な部類にある。それを言って、自分だけ買うならと彼女に気を遣わせてしまったことに何故か罪悪感を覚え、結局二人で買った。僕のは半分ほど彼女に食べられた。


 ビビったり、体調崩したり、助けられたり、僕ばっかり悪い目にあっていることを時々根に持ったりしていたら、気付けばこんな時間になっていた。


 これだけ自虐して、もう諦めている今だから言えるけど、内心今日は楽しかった。

 ここまで遠い場所に遊びに出るのは久しぶりで、誰かと一緒となると、それこそ数年ぶりなほどに出掛けることがなかった僕なのだ。当然、浮かれもする。


「楽しかったよ。君を誘って良かった」


「えへへ、そこまで熱心に言われると照れるな……でも、」


 よかったと、彼女が独り言ちるように呟く。


 それから、うんと強く頷いては、夕日に照らされていた彼女の横顔が僕に向いた。


「それじゃあ、明日もよろしくね」


「いきなりそんな改まって。まだ今日終わってないよ」


 途中から冗談半分に言ってやると、細かいなぁと彼女は呆れ顔を作る。


「そうだね、じゃあこう言ったほうがいいかな」


 一度言葉を止めて、目を瞑る。

 数秒置いてから再び瞳を開けた彼女は、空っぽな笑みを貼り付けて、告げた。


「私が死ぬまでよろしくね。共犯者くん」

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