第3話
入学してから一週間が経過した。
この一週間、俺は徹底的に翔駒を回避し続けていた。
朝に話しかけられれば「トイレ」。
昼休みに誘われれば「用事ある」。
放課後に声をかけられれば「家でやることが……」。
――完璧だ。
俺のステルススキルは順調にレベルアップしている。
翔駒の太陽光を浴び続ければ、俺の存在感なんざ一瞬で蒸発する。
だからこそ俺は、冷静に距離を取る必要があるんだ。
……と、自分に言い聞かせていた矢先。
「ねぇ、火野くんってさ」
女子グループのひそひそ声が耳に入った。
「翔駒くんに冷たくない?」
「だよね。あんなに気さくに話しかけてくれてるのに」
「もしかして、性格悪い系……?」
ギィィィン!
俺の心臓にクリティカルヒット。
ち、違うんだ……!
俺はただ生存本能で翔駒を避けてるだけなんだ!
夜行性の動物が昼間に出てこないのと同じだよ!!
あんな太陽みたいなやつに近づいたら、俺なんか即座に日陰者扱いされるだろう!?
それを避けてるだけなのに――
「やっぱ感じ悪いよね」
「翔駒くん、優しいのにかわいそう」
おいおい、俺の評価が「翔駒に冷たいやつ」に確定しつつあるぞ!?
なにその不条理裁判!俺はまだ証言台にも立ってねえ!
机に突っ伏しながら、頭を抱える。
どうする……このままじゃ「女子に嫌われ男子」みたいなレッテルが貼られてしまう……!
俺の「目立たず爽やか作戦」、まさかこんな形で崩壊するなんて――
「……お前、大変そうだな」
ぼそりと声がした。
顔を上げると、教室の隅っこの席にいる男子がこちらを見ていた。
地味なメガネ、髪はやや伸びっぱなし、表情は眠そう。
名前は……えっと、確か、山根とか言ったっけ?
「へ?」
「翔駒のことだろ。あいつ、悪気はないんだろうけど……光が強すぎる」
「……!」
今、俺の心の声を代弁した!?
さらに横からもう一人。
小柄で猫背の男子が同じく小声で加わる。確か新堂だったか?
「分かる。俺も一回絡まれて、それ以来、女子から『翔駒くんと友達なの?』って詰問されて……」
「お前もか……」
さらに、後ろの席からひょろ長い男子まで。こいつは――そうそう、桶口だ。
「俺なんて、翔駒と一緒に帰ってただけで、翌日から『陽キャグループに取り込まれた』って噂されて、めちゃくちゃ居心地悪いんだよ……」
そして、桶口の後ろからもう一人。右目に眼帯、左腕に包帯を巻いているこいつは……あ、黒瀬だ。
「貴様らも、光に苦しむ者たちか……。
な、なんだ……!?
俺と同じように『翔駒の光害』で苦しむ仲間が、こんなにいたのか!?
俺の胸に、小さな共感の灯がともった。
孤立してると思ってたけど、実は違ったんだ。
俺は、俺たちは――
「おい、火野。放課後、ちょっと集まろうぜ」
山根が小さく笑った。
「翔駒被害者の会ってことで」
「翔駒被害者の会……?」
思わず聞き返す俺。
「そう。俺たちのように、奴の光に焼かれた者たちが、互いを守り合う……避難所だ」
山根が淡々と、しかし妙に説得力ある声で言う。
「賛成。俺は行くぞ」
「俺も」
「何があっても行くさ」
「
「決まりだな」
山根が立ち上がり、俺の肩をポンと叩いた。
「放課後、第二理科室に集合だ」
そして放課後。
俺は半信半疑のまま、第二理科室へと足を踏み入れた。
ギィ……と古いドアを開けると、そこには――すでに四人が待ち構えていた。
山根は机に肘をつきながら、まるで幹事のように全員を見回している。
新堂はノートを広げて、何やらタイトルを書いている。……「翔駒被害報告書(仮)」って、それ絶対見つかったら怒られるやつだろ。
桶口は引き出しから勝手に理科室のビーカーを出して、オレンジジュースを注ぎ込んでいた。なんか怪しい実験みたいになってるんだけど!?
そして黒瀬は――窓際で逆光を浴びながら、眼帯を押さえていた。
「フッ……燃ゆる極光に焼かれし者達が集ったか……この地こそ、我等の求めて安息の聖域……」
「違うよ、ただの理科室だよ」
「よし、全員揃ったな」
山根が咳払いをした。妙に仕切り慣れてる感がある。
「さぁ始めよう。翔駒による被害報告だ」
「被害報告……」
俺がつぶやくと、新堂がコクンと頷き、ノートをパラパラめくる。
「……すでに仮のフォーマット作ってきた」
そのページには《被害者名》《被害状況》《精神的ダメージ》と箇条書きが。なんでこんな真剣なんだよ!?
「じゃあまず俺からだ」
山根が手を挙げる。
「三日前、朝のHR前に翔駒に声をかけられた。『昨日のサッカー、観た?』って。俺は別に興味ないから『うん』ってだけ答えたんだけど――女子がその会話を聞いてて、翌日から『山根くん、スポーツ好きなんだ!』って勝手に盛り上がられた」
「……それ、地味にキツいな」
「だろ? 俺、運動音痴なのにハードルだけ上げられてんだよ」
落ち込み気味に話しながら、ノートに文字を入れていく。あ、そう言う感じね?
「次、俺」
新堂が小さく手を上げた。それと同時に、山根からノートを渡される。
「昼休みに翔駒と目が合った。それだけで翔駒がニコニコしながら『一緒に食おうぜ!』って弁当広げてきた。……俺はコンビニパン一個しかなかった」
「あぁ……」
「女子たちに『新堂くん、食が細いんだね!』って同情された。別にそういうわけじゃないのに」
め、目が死んでいる……!!
「よし、俺だ」
桶口がビーカーをカチャリと置き、真剣な顔で語り始める。直ぐにノートが回ってきた。
「昨日、下校の時に翔駒と偶然帰り道が一緒になった。そしたら近所の人に『陽キャくんたち、仲良しね』って言われた。……いや俺、陽キャちゃうし! 次の日から近所の目が痛ぇんだよ!」
「地域社会にまで波及してる……!?」
俺は震えた。翔駒の光害は学校を越えて町内まで届いている……!
「フッ……」
最後に黒瀬が立ち上がった。回ってきたノートを手に持った。
立ちながら書くの……?
「
「うん、普通に痛い返答だな」
「すると奴は、何事もなかったかのように笑って『じゃあ今度一緒にやろうぜ!』と言い放った! 理解不能! あの包容力……むしろ恐怖ッ!」
「……それは、分かる」
俺と山根と新堂と桶口が同時にうなずいた。
「さらにだ……!昨日奴に『カッコいい眼帯だな!』と無邪気に言われ、翌日には女子の間で『黒瀬くんって翔駒くんの面白枠?』と噂された……!」
「それは……地味にキツいな」
理科室に、しばし沈黙が訪れる。
誰もが心の奥で思っていたのだ。――翔駒は悪いやつじゃない。
でも、だからこそ厄介なんだ。
「……火野、お前の被害は?」
山根に促され、俺は小さくため息をついた。遂に俺の元へノーとが回ってきた。
「入学式のとこからなら分かっていると思うから……今日の朝、『一緒に登校しようぜ!』って声かけられた。断ったら女子に聞かれて、さっきの噂になった」
四人が、無言でうなずく。
同志の眼差し。そこには深い理解があった。
そのままノートを閉じると、理科室の空気が少しだけ重くなった。
「……なるほど、みんな大変だな」
山根がゆっくり息を吐く。
「いや、ここまで揃うと、俺だけじゃないって分かって少し安心したわ」
「俺もだ」
新堂がぽつり。
「でも……翔駒って、完全に悪気がないんだよな。だから余計にどうしようもない」
「そうそう」
桶口が頷きながらビーカーを回す。
「こっちは避けるしかないのに、相手は全然気にしてないんだもんな……」
「『太陽神』翔駒……奴の放つ光は、人の理性すら焼き払う。油断すれば一瞬で日陰者は眩光に呑まれ、魂を同化される運命だ」
「な、なんか言ってること分かる気がする……!」
新堂が感心している。いや感心するな。
俺はノートを閉じて肩の力を抜きながら、部屋を見回す。
山根は黙々と記録を整理している。
新堂はノートの端に書き込む手を止め、ちらりと俺を見て、ほんの少しだけ微笑んだ。
桶口は相変わらずビーカーを弄りながらも、空気は柔らかく、リラックスしているように見える。
黒瀬は窓際で影を背負っているけど、その沈黙も、妙に落ち着く存在感だ。
俺の心の中の緊張が、少しずつ溶けていくのを感じた。
ここでは失敗しても、変に見られても、誰も裁かない。
みんな、自分の被害を語るだけで、安心できる空間を作っている。
「……なんだか、妙に落ち着くな」
思わず口に出すと、新堂がクスリと笑う。
「だろ? 俺も同じこと思った」
山根も軽く頷く。
「……こういうの、悪くないかもしれないな」
黒瀬は窓の外を見つめたまま、低い声でつぶやく。
「……居心地が良いのも、また不思議なものよな」
俺は小さく息をつき、席に深く腰を下ろす。
ドアの外では、まだ太陽の光が校庭を照らしている。
だけど、この部屋の中だけは、俺たちだけの影と静寂が守られていた。
それだけで、今日の一日は十分だった。
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