新たな一歩

 鈴原舞はダンスのオーディションを受けるため一人、実家の長野から上京した。


舞の夢はダンサーになること。


地元のダンススクールに通っていた舞は、先生の勧めで東京のスクールに通うことになった。プロのダンサーを目指してオーディションに挑戦するため親を説得して、ようやく第一歩を踏み出したのだ。


舞は日舞の先生である祖母に育てられたため、日舞は得意ジャンルだった。

その後、小学生でバレエ、中学生でジャズダンス、高校でヒップホップとあらゆるジャンルのダンスで腕を磨いてきた。

最近はオリジナルの創作ダンスを武器にオーディションでそこそこの結果を出している。

SNSでは三分ダンス動画をアップしていて注目度も上がってきていた。


主役こそないもののダンスの仕事も舞い込んできており、ダンスの先生が慌てて事務所を手配してくれて活動の基盤が整いつつあった。


東京に出てきて一年が過ぎた頃、大きなチャンスが舞い込んできた。

とあるミュージシャンのツアーのバックダンサーに抜擢されたのだ。

さらに驚いたことに、そのリハーサル会場になんとカイト先輩が現れたのだ。


(えっ?まさかカイト先輩?なんでここに?)


偶然、タイミングよく舞台監督が休憩のためリハーサルを止めた。


「はい、じゃあ一時間の休憩。一時間後に集合ねー」


舞が舞台そでにあるミネラルウォーターのボトルの水を口に含みながら階段を下りたそのとき、不意に声をかけられた。


「お疲れ様」


「あっ、お疲れ様です」


ドキドキしながら通り過ぎようとしたそのとき先輩の方からさらに話しかけてきた。


「君はダンサーの中で一番輝いていた……とても素晴らしい。もし良かったら今度、時間を作ってくれませんか?」


「えっ?私のダンスが……輝いていたんですか?」


舞は天野カイトと知りながらわざと尋ねた。


「失礼ですがあなたは?」


「おおっと、そうでした。僕は天野カイトと申します。盆栽士です。盆栽を作りながら絵も描いています。今回はツアーのポスターのデザインを担当しています。盆栽士といっても芸術的な仕事はなんでも引き受けています」


「私は鈴原舞と申します。で、盆栽士の天野カイトさんがどうして私なんかのダンスに興味を?」


舞はあの時から知りたかった。

何故あの時、私のことをみていたのかを。


「あぁ……これについては説明が難しい……芸術的アンテナがピンときた……としか……要するに、一言でいうならば、舞さんのダンスに惚れた……ということです」


カイト先輩は少し照れたように笑いながら言った。


舞はあまりにもストレートに言われたので少し戸惑ったが、人から褒められることなんて一生のうち、そうそうあることではない。ここは素直に好意を受け入れることにした。


「そんなふうに言ってもらえると嬉しいものですね。では、また今度ゆっくり会いましょう」


そのときの舞はそう応えるのが精一杯だった。


「ありがとう、舞さん。突然の無礼なお誘いを受け入れてくれて、ますます舞さんのファンになりました。では、また」


カイト先輩は足早に去っていった。


(天野カイトーー盆栽士……間違いなく私の初恋の人……)


舞は再会を現実のこととしてなかなか受け入れることができなかった。


後に人生を狂わせるほど溺れることになるとは、そのときは思いもしなかった。

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