第35話 ライバルがいる
サトシ兄ちゃんから貰ったプラスチック製の鉄道おもちゃにミサキは大歓喜だった。
ただレールをループさせればずっと走らせられるという事は思いつかないようで、ろうかに、なるべく真っ直ぐ長くレールを伸ばしはじめた。
考えてみたら、電車は往復して走っているものが多い。山手線のような環状ルートを走る電車の方が少数だ。
ミサキが普段見ているローカル線も往復するタイプの路線で、両端の駅には転車台という車両の向きを替える装置が置かれていた。
「こうやって繋げればずっと走ってくれるんだよ」
「まめー!」
この「まめー」は、舌足らずのミサキにとっての「駄目」だ。
僕が畳間に作った小さくループしている線路に、キハ75系急行かすがのモデルを走らせたのだけど、何かが気に入らなかったようで怒られてしまった。
「壊すの待って、ほら、こうやっていると、ずっと走っているでしょ?」
「まめっ!」
車両を追いかけて、レールが切れて脱線するところを助けている事を繰り返していたので、良かれと思ったけど、線路をループさせるのがミサキには許せない遊び方だったようだ。
「ミコトお兄ちゃんは良いことを教えてくれたのよ?」
「まめっ!」
これが世にいうイヤイヤ期という奴だろうか。うーん難しい。
でもミサキが「まめっ!」といってる顔も可愛いくて、ちょっとイジワルな事をしたくなっちゃうな。
もしかして、これが噂の好きな子にイタズラしちゃう男の子の心理?ムムム……。
クラスメイトの男の子達がそうしているのを見て、「若いな」なんて思ってたけど、僕も肉体年齢に引きずられて同じ心理になってしまったのかっ!
でも我慢だぞ、我慢。
あれ、女の子に滅茶苦茶嫌われてるからな。
いつも優しくて、たまに後ろから「ワッ!」って驚かせるぐらいが良いんだ。
そうすると「もー」っと女の子に言われて淡いイチャイチャタイムに入るのだ。
イタズラする男の子は、いつも優しくてが無いまま「ワッ!」をやって、思い通りの反応が返って来ないからマジ泣きされるまでエスカレートさせちゃうんだ。
「ごめんね、ミサキったら変な拘りが多い子でね」
「ううん、本人が楽しいと思う方法で遊ぶのが良いんだから」
「ふふふ……、ミコト君は、優しいわね」
どうやら、将来の義母の好感度をあげる事に成功したようだ。
ただ最も大事なのはミサキの好感度だ。自分に合わせて遊んでくれるお兄ちゃんとしての地位をキープするのもそのためだ。
なにせ僕にはライバルがいるからね。そいつは大井ツバサ。この家の近所に住む将来ミサキと同学年で来年一緒に幼稚園に通う男の子だ。まだ赤子なのにキリっとした目をしていてイケメンに育ちそうな将来性を感じる。
そして3月生まれのミサキに対してツバサは11月生まれ。数カ月とはいえ早く生まれた関係でミサキに比べて体が大きい。これから奴がミサキの頼れるお兄ちゃん的な存在になったら……。危ない、非常に危ない。
自称宇宙人が化けたミサキ?から、この大井ツバサの存在は聞いていないけれど、油断していはいけない。何せミサキは可愛い。幼稚園では男児共の視線を釘付けにしかねない。
そんな幼稚園でツバサの奴と仲良くなったミサキから、「ミコトお兄たんじゃなくツバサきゅんと結婚ちたい」なんて言われたら僕は崩れ落ちてしまうだろう。
「ミコト君大丈夫?急に真っ青な顔になったけど」
「あっ……、大丈夫です」
あぁ、何で僕は東京の学校なんかに通っているんだろう。そういえば父さん地方支社に転勤願いを出すとかなんとか言ってたよね?
あぁ、でもエージーティーの担当者になってるから出しても却下されているのかもしれない……。
「こえ」
「えっ?」
ミサキが僕にバラした環状のレールを返してくれた。僕の顔色が変わった事を心配してくれたのかもしれない。
「あっ……、ありがとうミサキちゃん」
「まめっ!」
ミサキに抱き着こうとしたら「まめっ!」と言われて拒絶されてしまった。むぅ……、残念。
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