第七話 歌垣
「※
そを
(赤い馬を
と唄い、
「※
(高い山の峰の
昔から郷に伝わる決まり歌だ。
女のほうが強くない? と、
あかあかと焚き火に照らされ、ぽつん、ぽつん、と男女が、光の届かないヤブに消えていく。
あらかじめ、ヤブを切り開き、足でふんで、床を整えてあるのだ。
自分が整えた、他の奴はとるなよ、と、印の布を、枝からぶらさげて、場所を確保する。
「ごめん、オレ、
松麻呂がヤブにむかい、足を止め、
「他の
すこし怖い顔をして、念押しする。
個人的に歌いかけたその歌に、返歌すると、
だから、
「ちぇっ。」
だんだん、人が減ってゆく。
踊る
「お・ま・た・せ。」
「うん。」
「待て! そこの二人!」
ここにいるはずのない
継人さまだ。
「えっ、どうして────。」
「誰だ?」
「ふうん、これが
「答えろ!」
郷のなかは、皆、顔も名前も、住まいも年齢も家族構成も、お互い知っている。知らない
松麻呂がいらだつ。
「
「!!」
あまりに冷静に、力強く言うので、
「ふざけるな!
松麻呂が怒鳴り、
「選ぶのは
継人さまが真剣な顔で、両腕を広げた。
焚き火の赤い色に照らされた顔が、緊張でこわばっている。
それを見てとった時、
「松麻呂、ごめん。」
とつぶやき、手は松麻呂の手をふりはらい、足は継人さまへむかって、走りだしていた。
「継人さまっ!」
「
「どうして、どうして。今頃、
「仮面をしてるから、わからないと思ったか。顔がわからなくても、おまえのほうが、
はじめから今までずっと、
「あたしです。あたし。あたし………、ずっと、つらかった。
「言ってくれれば良かったのに。まんまと
その声音は、怒りというより、優しさに満ちている。継人さまは、抱きしめる腕にますます力をこめ、
松麻呂がいきり立った。
「
「ごめん、松麻呂。あたし、あなたと
あたし、継人さまに恋しちゃったの。他の
「そんなあー。」
松麻呂ががっくり肩を落とし、まわりの者が、おおー、と声をあげる。
「あはは、ふられちゃった、松麻呂ぉ。じゃ、あたしと
「あたしでもいいわよぉ。」
焚き火のまわりで踊る、まだ、今夜の相手をみつけられない女たちが、松麻呂を囲んで、きゃっきゃと声をかける。
そんなあ、という松麻呂の声が再度聞こえてきた気がするが、
「どうしてここがわかったんです?」
「ふむ、まずだな。いつものように
そのあとは、女官をしめあげて、衛士をしめあげて、ここに来た。
「………。」
(あたしは、秘密を
………ごめんなさい。言えないわ。
その秘密を言ったら、継人さまは、きっと、あたしを見限る。)
「無理に聞き出そうとは思わない。いずれ、話せ。」
継人さまが余裕のある微笑みで、
(優しい。この
赤見山のふもとには、一頭の馬が木につながれていた。
「あの………、あたしを、さっき、つ、つ、妻にするって………。」
「ああ、妻にする。」
(ぶひゃー!)
金持ちはもれなく一夫多妻制である。
お遊びの相手ではなく、妻の一人として扱ってくれる、というのは、今は郷長の娘にすぎない
「
私は、
私が一番大事なのは、出世だ。
だが、おまえに恋した。
おまえが私の心に乗る妻だ。
どうだ。私を愛せるか。」
「もう。なんて横暴な人なの。」
「正直だろ?」
「
「ああ。愛ではなく、打算の関係だったからな。必要な嘘ならいくらでもつく。」
「最低。」
「くく、否定しない。私を愛せないか?」
「ぐぅぅ………。」
なにか悔しくて、
「はは。
「うっ。」
あまりにまっすぐに、照れることなく、継人さまは想いを口にした。
「
甘い言葉がささやかれた。
「こんな私を、受け入れてくれ。愛してると言ってくれ。」
(ああ、もう駄目。)
身体がふるえる。愛してる。愛してる。秋津島のすべてに向かって叫びたい。
「変態だけど、愛してる。」
「あははは! ありがとう。
「この色魔!」
感動がふっとんだ。
「あはははは!」
継人さまは笑った。ちらりと振り返ると、その笑顔は明るく、幸せそうで、陰険なところはなかった。
「さ、私をたばかった
* * *
※万葉集 作者不詳
《参考》 万葉集 岩波書店
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