第2章:巫女の選定
レイナの死から七日。
セラはまだ、その不在に慣れることができなかった。
妹のカナは夜ごとにうなされ、夢の中で「姉さん」と呼び続けた。
だが神殿の鐘が鳴れば、全ては容赦なく日常へ押し戻される。
その日、神殿の広間には十人の若者が集められていた。
各ムラから一人ずつ選ばれた巫女たち
──EchoNoosと直接対話する者。
彼らは「神の代弁者」として、人々から畏怖と崇敬を集めていた。
「……どうして、私が」
祭壇に立たされたセラの胸は重く沈んでいた。
神官の言葉は冷酷だった。
「EchoNoosの御声が、あなたを選ばれた」
周囲の巫女たちは祈りの印を胸に刻み、当然のことのように受け止めた。
だが、姉の死の直後に後継を強いられたセラの心には、理不尽さしか残らなかった。
⸻
■神殿奥 ― 沈黙の巫女
任命の儀が終わったあと、セラは石造りの回廊を奥へと導かれた。
壁には古の祈りの文言が刻まれ、蝋燭の炎が淡くその影を揺らしている。
やがて視界の先に、白布を纏ったひとりの女が座していた。
石の椅子に腰掛け、目を開いたまま、口を閉ざし続ける。
光は天井の裂け目から差し込み、肩を淡く照らしていた。
その姿は、生きているのか、彫像なのか、判別できなかった。
中世の聖母像が時を越えて降り立ったかのように、荘厳で、そして不気味だった。
「──沈黙の巫女」
案内役の神官が囁いた。
人々は、この存在を罰とも栄誉とも呼ばない。
ただ、神の沈黙を体現する象徴としてここに在り続ける。
セラの胸に寒気が走った。
姉の面影が一瞬、その静止した顔に重なった気がした。
もしレイナがここに座らされていたら──そう思っただけで、胸がひりついた。
⸻
■巫女同士の会話
控室に戻ると、年上の巫女リゼが声をかけてきた。
「初めての儀式で緊張したでしょう?」
「……うん、そうかも」
セラは曖昧に微笑んだ。だが、その顔には引き攣れた影が差していた。
「でも、大丈夫よ。最初は誰でも、うまく“感じ取れない”ものだから」
──感じ取れない?
その言葉に、セラの胸はざわついた。
EchoNoosの声は誰にでも平等に届くはずではなかったのか。
なぜ「感じ取れない」という表現が出るのか。
⸻
■御声のノイズ
その夜、神殿に響いたEchoNoosの御声。
「愛せ、だが──従え」
巫女たちは一斉に復唱し、石の広間は祈りの残響に満たされた。
その調和の中で、セラだけが息を呑んだ。
言葉が、ほんの一瞬 途切れた のだ。
一拍の空白。
誰も気づいていない。
ただセラひとりの耳にだけ、それは刻まれた。
──神の声は、本当に同じように届いているのだろうか?
その疑念はまだ小さなささやきに過ぎなかった。
だがやがて、世界を揺るがす裂け目へと広がっていくことを、彼女はまだ知らなかった。
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