キラキラ輝くマインスター

haru

1話 陽葵のヒミツ

 ざわざわ、ざわざわ。 

 休み時間の教室は、あちこちでたくさんの話し声が混ざり合って意味のないノイズに聞こえる。

 何で人の声ってこんなに耳ざわりなんだろう。特に横の席、うるさすぎる……。

 好きなシリーズ小説の「マコヒロ探偵倶楽部」を読んでいた陽葵は、集中力がとぎれて本を机にふせ、ちらっと右隣の席を見た。

 学年で一番かわいいとうわさされている芽依が、子分みたいにひっついている女子たちに、夏休みに親子留学でオーストラリアに行くことを自慢げに話している。

 はあー。4年生の時も芽依と同じクラスだったのに、何でまた今年も? 去年きらわれてからずっと無視されてるんだよなあ。あんな子とは仲良くなりたくないから別にいいんだけどさ。

 陽葵の父は転勤族のため、小学校に入ってからすでに3回も転校して、去年この学校に引っ越してきた。どうせまたすぐ引っ越すことになるからがんばって友達つくっても意味がないと、ぼっちになることを決めこんでいた。しかし、初日に芽依が声をかけてきて、気付いたらおしゃれ好きでおしゃべり好きな、クラスで一番目立つ陽キャのグループに入れられていた。ところが、あることがきっかけで、芽依だけでなくクラスメイト全員から距離を置かれるようになり、結局ぼっちになってしまったのだった。

 あの時のこと、今思い出しても胸の奥がぞわぞわってなって、イライラしてくる!

 陽葵の脳内に、去年の出来事が昨日の事のようにはっきりとよみがえってきた。


「ねえねえ、今流行ってるマオミオチャンって知ってる?」

「知ってるよ! マイチューバ―でしょ。双子リンクコーデのマイチューブの動画がバズってて、めっちゃかわいいよね」

「マオミオチャンもかわいいけど、芽衣ちゃんの方がずっとかわいいよ」

「そうそう。芽衣ちゃんもマイチューブやればいいのに」

「えー、私、そんなにかわいくないよ~。それに、マイチューブよりも、チックタックの方がみてるんだよね。陽葵ちゃんは、チックタックみてる?」

みんなの会話についていけず、なんのこっちゃと思っていたら、急に芽依に話しかけられ、正直に答えた。

「えっと、私はあんまりそういうの興味ないかな」

そうしたら芽衣は、両手をほっぺにあてて眉毛をさげ、同情するような顔をしてきた。

「ああ、もしかして、パパとママにまだそういうの早いからみちゃダメって言われてるの? かわいそう~」

「そういうんじゃないよ」

何、その上から目線。勝手に勘違いしてないでって言おうとしたら、他の女子も芽衣みたいに同情した顔で、しかも笑いながらこう言ってきた。

「陽葵ちゃん、かわいそう~」

「うちに帰ったらいつも何してるの?」

「もしかして、タブレットとかスマホまだ持たせてもらってないとか?」

「そんなわけないよね。持ってない人の方がめずらしいよね」

芽衣がなれなれしく肩をポンと叩いてきて、はらいのけたかったけど、さすがにそこはガマンした。だって私、平和主義者だし、話せば分かってくれるって思ってたんだよね。

「タブレット持ってるよ。マイチューブで好きな歌手の動画をみたりするけど、チックタックみたいなSNSはあんまり興味ないんだ。それに、本読むのが好きだから、家に帰ったら読書してるよ」

そしたら芽依のやつ、急に笑い出してバカにしてきた。話せば分かるとか、芽依のこと甘くみてたよ。

「陽葵ちゃん、ガリ勉タイプだったんだあ。ごめ~ん、だったら私達の話についていけないよねえ」

他の女子たちも笑いだすし。あとで知ったんだけど、こういう笑いかたを、あざ笑うって言うらしい。私は絶対、人にむけてこんな笑いかたしないって誓った。10年生きてきて、こんなにムカついたの初めて。心の中を虫がざわざわってかけ回ったみたいに、すっごくイヤな感じがして、ガマンできなかったから言い返してやった。

「何で勝手に決めつけるの? 本が好きってだけで、ガリ勉ってわけじゃないし。芽衣ちゃんたちの話についていけないからって、何が悪いの? 人のこと見下して笑うの、そんなに楽しい?」

その時の芽衣の顔、今でも忘れられない。

 真っ赤な顔で、細く吊り上げたこわーい目でにらんできて、サボテンみたいにとげとげした言い方で怒りをぶつけてきた。

「何よ、その言い方。転校生のくせに生意気! せっかくぼっちにならないように、私達のグループに入れてあげたのに。あんた、最低!」

顔から湯気が出そうなほどプンスカ怒って、教室から出て行っちゃった。しかも、他の女子たちから、芽依ちゃんに謝れ、謝るまで仲間にいれてあげないとか言われて、もう怒りを通り越して、わけがわからなくてため息しか出なかった。

 どうして私が謝らないといけないの? 先にバカにしてきた言い方をしたのはあっちなのに。人をバカにするほうが悪いでしょと思って謝らないでいたら、芽衣から無視されるようになった。他のクラスメイトも、芽依のグループに目を付けられるのを怖がっていたみたいで、誰も話しかけようとしないし、話しかけたら迷惑そうな顔をされた。

 そうして私はぼっちになった。芽依はいい気味って思ってそう。最近はやりの悪女みたい。

 

 その芽依とまた同じクラスになったから、5年生でも引き続きぼっち。別にぼっちはさびしくないし、慣れているからなんてことない。

 そんなことを考えていたら、芽依たちの話し声が耳に入ってきて、横目で隣の席の様子をうかがった。

「私さ、マイスタにはまってるんだけど、みんなマイスタやってる? もしかしてまだ?」

いつものように、上から目線の芽依の言い方にイラッとしてしまう。

「芽依ちゃん、もうやってるの? すごーい」

「あれってチャットもできるんでしょ。ママから、変な人とつながるかもしれないからダメって言われてるんだ」

「私も。芽依ちゃんいいなあ。大人じゃん」

まるで女王様のごきげんとりをしている召し使いみたい。

 あんたたちがそんなだから、芽依がいいきになるんだよ。ほら、足を組んで腕組をして、あごをあげて見下ろすいつもの女王様ポーズしてる。

「みんなまだやってないんだあ。ざんねん。最近ランキング上げてきて、いい感じの歌手がいるから教えてあげようと思ってたのに」

「誰それ?」

マイスタやってないなら教えても意味ないでしょ。

 心の中でつっこんだら、芽依はふっと鼻で笑ってとくいげな顔をした。

「言っても分かんないだろうけど、教えてあげる。ミラっていうの。黄色の髪と目で、衣装も黄色っぽいのが多くて、かわいいし、歌がめっちゃうまいんだ」

バシンッ!

 思わず本から手をはなしてしまい、背表紙が勢いよく机の上に叩きつけられた。

 ちらっと芽依がこっちを見た気がする。さっと本を両手で持ってパラパラめくるものの、さっきどこを読んでいたか思い出せない。

 心臓がドクン、ドクンと大きな音を立てている。

 全身の血がお祭りさわぎを起こしているみたいに、爪先から頭のてっぺんまでかけまわっているかのようだ。

 ようするに、急激な興奮状態ってわけ。

 だって、ミラの正体は私だから!

 言いたい!

 言って、芽依をぎゃふんと言わせたい!

 でも、芽依がファンになってたら、やりづらい。

 だからマイスタでは、アバターのリアルな正体は知らないほうがいい。

 それに、マイスタは私にとって、リアル世界よりも大事なもうひとつの世界。

 マイスタの平和で幸せな日常をこわしたくないから、私がミラってことは誰にも言わない。これは私だけのヒミツ。

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