第32話『新武具完成!和食ビュッフェ無双でついに女神降臨か!?』



――十日目の昼下がり。


鍛冶場から一人の職人が駆け込んできた。

煤で黒く染まった顔に、誇らしげな笑みを浮かべている。


「にすけ殿! ついに……ついに新武具が完成しましたぞ!」


その言葉に仲間たちの表情が一気に華やぐ。

フィリーネは口元を押さえて目を輝かせ、リリナは尻尾をぶんぶんと振り回し、クロフィードは静かに頷き、ドリスは「ふぉぉぉ!」と声を上げて笑った。


俺は深く息を吐き、胸の奥に熱が込み上げるのを感じた。

「……よし、これで宴の舞台が整ったな」


その瞬間――脳内に重厚なアナウンスが響く。


――《スキル進化解放! 変幻自在鍋のグレードアップが可能です》

――《必要経験値:50000》

――《解放効果:同時に最大五つの鍋を操れるようになります》


解放しますか? はい/いいえ


「なっ……!?」俺は思わず声を上げた。


五つの鍋を同時に操る光景が脳裏に浮かぶ。

白米を炊きながら、唐揚げを揚げ、寿司用の酢飯を整え、ソースを煮詰め、たい焼きを焼く――

その全てを同時に進行できる。


「……これなら、和食ビュッフェも五倍速だ」


にやりと笑う俺の顔を、仲間たちは呆然と見つめていた。



「 取得する」


――脳内アナウンスが続いた。

――《経験値を50000消費》

――《スキル解放! 変幻自在鍋・改》

――《効果:同時に最大五つの鍋を操ることが可能》

――《効果:鍋の大きさを自由自在に変形可能。ただし大きさに比例して魔力消費増加》

――《累計経験値:60000→ 10000》


「……来たか」

俺は唇を吊り上げ、試しに鍋を広げてみる。

たちまち直径二メートルはある巨大な鉄鍋に膨れ上がり、次の瞬間には片手に収まる小鍋に縮んだ。

魔力の消費がずしりと体に響くが、それでも――これで宴の布陣は万全だ。



その日、俺たちは一日中、仕込みに奔走した。


フィリーネは大皿に山盛りの野菜を刻みながら、包丁さばきを競うように俺を睨んでいた。

「アンタに任せっぱなしじゃ悔しいからね。ほら、私だってこれくらいできるんだから!」


リリナは尻尾をばふんばふんさせながら、たい焼きの型を磨いていた。

「これでピカピカ! リリナのたい焼き、ぜーったいかわいく焼けるの!」


クロフィードは静かに炭火を起こし、薪を組み上げる。

「……火を制する者は戦を制す。料理もまた然り、だな」


ドリスは両手で巨大な雷鳥の肉塊を抱え、豪快に笑う。

「はーっはっは! 肉はワシに任せよ! 唐揚げでも寿司でも、竜の腕で叩き切ってやる!」

「いや、叩き切っちゃダメだろ!」


俺はその合間を縫うように、酢飯の仕込み、飛竜肉の超薄切り、カニの解体、ソースの煮込みを同時に進めていた。

五つの鍋が唸りを上げて踊る光景に、仲間たちが一瞬手を止める。


「……これが、にすけの本気の仕込み……」フィリーネが思わず呟いた。



夕刻。

屋台の裏は、炊き立ての米の甘い香り、醤油の焦げる匂い、唐揚げの油音、たい焼きの甘い香りで満ちていた。

広場に漂うその気配だけで、通りすがりの冒険者たちが足を止めるほどだった。



俺は包丁を置き、仲間たちを見渡した。

「鍛冶屋も、冒険者も、ギルマスも……まとめて泣かせる宴にしてやろうぜ」


仲間たちは一斉に頷き、それぞれの手を止めることなく作業を続けた。



広場には既に特設の屋台群と長卓が並べられ、炊き立ての白米と唐揚げの香りが漂っていた。

パーティー参加者目標は百人。参加費は一人銀貨二十枚。


鍛冶屋衆九人をはじめ、冒険者や街の住人たちが次々と姿を見せ、広場は熱気で揺れていた。


俺は腕を組み、胸の奥で呟く。

「……ここまで来られたのは、十日間の積み重ねがあったからだな」



脳裏に、この十日間の宣伝の日々がよみがえる。


――市場にて。

「そう白米だ。この米を握って食うんだ! 名付けて“おにぎり”!」

俺が即席で握って見せると、リリナが「ほら見て! かわいいでしょ!」と尻尾を振りながら子供たちに配っていた。


――冒険者ギルド前。

フィリーネが腕を組み、胸を張って声を張り上げる。

「新武具のお披露目よ! ただの式典じゃないわ! にすけの和食ビュッフェ付きなんだから!」

冒険者たちがざわめき、フィリーネのファンたちはこぞって予約を入れていった。


――広場の路地裏。

ドリスが樽の上に立ち、通行人を相手に吠える。

「唐揚げ! 寿司! カニ! 竜でも泣く料理が勢揃いじゃ! 銀貨二十枚で腹も心も満たされるぞ!」

大げさすぎる宣伝に、周囲の子供たちが爆笑していた。


――

クロフィードが静かに言葉を投げる。

「……武具は身体を守り、和食は心を守る。両方揃ってこそ真の冒険者だ」

駆け出しの冒険者たちは感銘を受け、即座に参加を決めた。


――ギルド事務室。

リリナが机の上にちょこんと立ち、声を張る。

「たい焼きもあるよー! 甘いのだよー! 来ないと損するの!」

職員たちは顔を赤らめながら笑い、次々と財布を開いた。



俺は現実に意識を戻し、広場を見渡した。

「これで百人、十分に集まるだろう。鍛冶屋も、冒険者も、ギルマスも……今日という日を忘れられなくしてやる」


夕陽が沈み、広場に灯りがともる。

和食ビュッフェ無双の幕が、今まさに上がろうとしていた。




一方その頃――天界。


女神アリュ・エインは、雲の宮殿の奥に鎮座し、煌びやかな大広間の中央に浮かぶ巨大な水晶スクリーンをじっと見つめていた。

スクリーンには、にすけたちの姿が映し出されている。


白米の湯気、雷鳥の唐揚げ、飛竜肉寿司、そして熟成カニの甲羅焼き。

広場に集まる冒険者や鍛冶屋たちが、期待にざわめきながら宴の開始を待っていた。


「……くっ……ずるい……!」

女神の肩が小刻みに震え、唇がきゅっと結ばれる。


「私だって……私だって食べたいのに! なんで神様は観客席なのよ! あの唐揚げの音……あの寿司の艶……カニの香り……。見てるだけなんて、拷問じゃない!」


スクリーンに映るにすけが笑うたび、女神の胸の奥に何かが刺さる。

冒険者たちの歓声が響くたび、彼女の目元がじんわり潤む。


「...もう……我慢の、限界……」


ぷるぷると震えたその瞬間、女神の背から眩い光が弾けた。

大理石の床をひび割れさせ、天界の侍女たちが慌てふためく。


「お、おやめください女神様! 降臨の準備が整っておりません!」

「ダメ! もう無理! あのビュッフェ、私も混ざる!」


アリュ・エインは天を仰ぎ、両手を広げた。

「私は絶対に行くわ! にすけの和食ビュッフェに!」


決意を込めて立ち上がると、衣装を解き、光をまとった。

たちまち金色の髪は栗色へと変わり布に覆われ、瞳は琥珀色に変わる。

煌びやかな女神の姿から、町娘へ――擬態が完了した。


「ふふっ、どう? ただの庶民の娘に見えるでしょ? これなら下界でも怪しまれないわね」

鏡に映る自分へウィンクを飛ばすと、足元に転移陣が輝き出す。


「待ってなさい、にすけ……今度こそ私もビュッフェに参加してやるんだから!」


次の瞬間、アリュ・エインの姿は光と共にかき消えた。



眩い閃光が迷宮都市ラザニアの裏路地に弾け、そこに一人の町娘が姿を現す。

埃っぽい風が頬を撫で、商人の掛け声や人々のざわめきが耳を打つ。


「……ふぅ。これが下界……本当に賑やかね」

胸を押さえ、鼓動を落ち着ける。


見上げれば、遠くの広場に紅い布がはためいていた。

そこが、にすけたちが準備している――和食ビュッフェの会場。


女神は町娘の姿で、期待に胸を膨らませながら足を踏み出した。



「やっと……来られた……!」


胸を高鳴らせながら列に並ぶ。

だが、受付のギルド職員が無表情に告げた。


「はい、参加費はお一人様銀貨二十枚になります」


「……え?」


女神は固まった。慌てて懐を探る。

だが――


出てくるのは、天界の羽根飾り、小さな光の石、そして神気を帯びた銀片ばかり。

下界の貨幣――銀貨は一枚もない。


「そ……そんな……銀貨、持ってきてない……!?」


次の瞬間――


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁああああん......!!!」


女神は入口でしゃがみ込み、顔を両手で覆って大泣きした。

涙が地面にぽたぽたと落ち、列に並んでいた冒険者たちが目を丸くする。


「な、なんだこの娘は……」

「参加費を忘れたらしいぞ……」

「気の毒に……」


ギルド職員も狼狽し、列が詰まってざわめきが広がる。


女神アリュ・エインはしゃくりあげながら、子供のように叫んだ。

「せっかく……せっかく降臨したのに……! にすけの唐揚げも……寿司も……カニも……食べられないなんてぇぇぇえええ!!!」


その時だった。

彼女の前に、ずしりと影が落ちる。


「……泣いているのか、嬢ちゃん」


涙で滲む視界に映ったのは――堂々たる体躯のギルドマスター・グラディオンであった。




ギルドマスター・グラディオンの低い声に、女神アリュ・エインはびくりと肩を震わせた。

涙でぐしゃぐしゃの顔を上げると、巨躯の男が腕を組んで立っている。


「う、うぅ……参加費……銀貨がなくて……」

必死に庶民の娘らしく振る舞うが、その声はどこか鈴を転がすように響いていた。


グラディオンは黙ったまま彼女を見下ろす。

その目が一瞬だけ鋭く光る。


――妙だ。


確かに格好は町娘。

だが、この気配……町を歩く誰とも違う。

視線を合わせただけで背筋に冷たいものが走る。


「……嬢ちゃん。お前、本当にただの町娘か?」


アリュ・エインは慌てて首を横に振る。

「も、もちろん! 普通の……町娘ですぅ!」


だがその瞬間、彼女の肩口から微かに漏れた光が、夜の帳にちらりと瞬いた。


周囲の冒険者たちがざわめく。

「いま、光ったか……?」

「いや、気のせいじゃない……」


グラディオンは目を細める。

「……ただの娘にしては、背負ってる“気”が重すぎるな」


アリュ・エインは涙を拭いながら、顔を真っ赤にした。

「ち、違います! これは……その……!」


必死に取り繕おうとするも、グラディオンの目は笑っていなかった。


「……ふむ」


ギルドマスター・グラディオンは腕を組んだまま、目の前の町娘をじっと見下ろした。

確かに気配は尋常ではない。


だが、それは邪悪でも敵意でもなく――むしろ、清らかな泉のような気。


「嬢ちゃん……お前からは禍々しいものは感じん。だが、ただの町娘でもないな」


アリュ・エインはびくっと震え、慌てて顔を伏せる。

「そ、そんなこと……ありません……。私は、ただの……」


言いかけて、嗚咽で声が詰まる。

両手で顔を覆ったまま、子供のように震えた声を絞り出した。


「……どうしても……どうしても……この和食ビュッフェに参加したかったの……!

 唐揚げも……寿司も……カニも……!

 ずっと見てきたのに……食べられないなんて……もう我慢できなくて……!」


その声は嘘偽りの響きを持たなかった。

ただ純粋に、料理を欲し、にすけたちと同じ場にいたいという願い。


周囲の冒険者たちも、思わず顔を見合わせる。

「泣くほど……?」

「飯を食うためにここまで……」

「……でも、なんか胸に刺さるな」


グラディオンは鼻を鳴らし、腕を解いた。

「なるほど……ただ腹を満たしたいんじゃない。お前の言葉には……心も満たしたいと願うものがある」


彼の声は低く響き、女神を見据える。

「だが、嬢ちゃん。どうしてそこまで……? この宴に泣くほど参加したい理由は何だ?」



グラディオンの問いに、女神アリュ・エインはもう誤魔化せないと悟った。

両手をぎゅっと胸に押し当て、涙に濡れた瞳を上げる。


「……私……にすけの料理が食べたいの」


声は小さく、それでいて雷鳴のように広場の空気を震わせた。


「ずっと……天から見ていたの。白米の輝き、焼きおにぎりの香ばしさ、飛竜肉や鉄板焼き、肉じゃがの湯気……。

 彼が鍋を振るたび、人々が泣いて、笑って、心を癒やされていく姿を……。

 それが羨ましくて、どうしても……どうしても私も同じ体験をしてみたかったの」


言葉を紡ぐたびに、彼女の周囲に淡い光がにじむ。

冒険者たちは思わず息を呑み、職員までもが胸を押さえていた。


「……私は女神、アリュ・エイン。

 本来なら下界の宴に顔を出すなど、許されないこと。

 でも……どうしても、あの和食を……にすけの祈りにも似た料理を……一度でいいから、この身で味わいたかったの」


涙をこぼしながらの告白に、広場は静まり返った。


グラディオンはしばし無言で見つめ、やがて深く息を吐いた。

「……なるほど。泣きながらも正直に言えるあたり、お前は確かに神かもしれん。

 にすけの料理を望む理由……その純粋さに偽りはなさそうだな」


そして、にやりと笑う。

「嬢ちゃん――いや、女神さまよ。ならば俺が保証しよう。このギルドマスターが一席を用意する」


女神の瞳が見開かれ、次の瞬間、彼女は子供のように喜びの声をあげた。

「……いいの!? 本当に!? いやったぁぁぁあああああ!!」



ギルドマスター・グラディオンの後押しにより、女神アリュ・エイン――いまは町娘の姿をした彼女は、ついに会場の門をくぐった。


広場に漂う湯気と香りに、思わず両手で頬を押さえる。

「……っ、これが……本物の……和食……!」


白米の甘い匂い、唐揚げの弾ける音、寿司の艶やかな輝き、熟成カニの濃厚な香ばしさ。

五感を一斉に打ち抜く暴力的な宴の気配に、女神の涙腺はすでに臨界点を迎えかけていた。


リリナがもふもふ尻尾を揺らしながら客を案内し、フィリーネは鋭い声で列を整え、クロフィードは黙々と炭火を調整し、ドリスは大皿を抱えて豪快に笑う。

そのど真ん中で、にすけが変幻自在鍋・改を操り、鉄鍋の舞を繰り広げていた。


「……次は、私の番……」

女神はそっと拳を握りしめる。

「にすけの料理に触れたら……絶対に泣いてしまう。ううん、泣き尽くしてしまうかもしれない……!」


スクリーン越しでは決して味わえなかった、未知の体験が今、目の前にある。

胸の奥で渦巻く期待と不安に、女神は小さく身を震わせた。


――そして次回。

女神アリュ・エイン、涙腺崩壊の“食べまくり回”。

神でさえ抗えぬ和食の祈りが、その心を容赦なく揺さぶることになる――。




次話へ続く――。












◆あとがき◆


にすけ

「ふぅ……ついに十日間の仕込みが終わって、ビュッフェの幕が上がったわけだが……まさか女神まで降臨してくるとはな。いや、ほんと勘弁してくれよ」


フィリーネ

「アンタがあんまり美味しいものばっかり作るからでしょ! ……まぁ、女神様の気持ち、ちょっとだけわからなくもないけど」


リリナ

「リリナは、女神さまが泣きながら“食べたい〜!”ってしてるの、すごくかわいいと思ったの!」


クロフィード

「……神でさえ抗えぬ味。それが和食か。料理はもはや究極兵器の域に達したな」


ドリス

「はーっはっは! 泣いて腹を満たすなど、まるで赤子じゃ! だがそれこそ真実よな!」


ギルドマスター・グラディオン

「まったく……ただの宴と思ったら、神まで巻き込む騒ぎになるとはな。にすけ、恐ろしい男よ。だが、面白い」


女神アリュ・エイン

「うぅ……! だって本当に食べたかったんだもの! にすけの料理は、世界を震わせる祈りそのものなのよ!

 ……次回こそ、私の涙腺は間違いなく崩壊するわ! みんな、絶対見届けてちょうだい!」


一同『お楽しみに!!』

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