第26話『凱旋の宴!半世紀の修行の成果、ご賞味あれ」
「継承で化けられたら面倒だ。
感覚核切断、換気停止、関節固定――三点を“同時”に落とす」
俺の声に合わせ、仲間たちが一斉に動いた。
リリナの「リリナフラッシュ・改」が白光を放ち、キングの複眼を灼き、クロフィードの影牢が脚を縫い止め、フィリーネの双剣クロスが節を砕く。
「―ここだ―!」
俺は和泉一文字を振り抜き、核心を断ち割った。
――グシャリ。
殻虫キングの巨体が痙攣し、地を揺らして崩れ落ちる。
――《経験値+5500》
――《累計経験値35000》
全員が安堵の息をついた、その瞬間だった。
「っ!? まだ終わってねえ!」
俺の叫びと同時に、クロフィードの影牢を逃れたモブ殻虫がぞろぞろと集まりだした。
二十匹――まるで復讐の軍団だ。
「数が多い……!」
フィリーネが双剣を構える。
リリナも必死にレイピアを握りしめた。
だが――
「フンッ、任せておけ!」
ドリスが大きく息を吸い込み、その胸を膨らませる。
次の瞬間、紅蓮のブレスが炸裂した。
――ゴォォオオオオオッ......!!
炎の奔流に呑まれ、殻虫どもは一斉に黒焦げとなり、炭の山と化した。
「ふふん♪ どうじゃ! ワシを連れてきて正解じゃろう!」
腰に手を当て、胸を張るドリス。
そのドヤ顔に、俺たちは呆然とするしかなかった。
「……す、すごい火力ね……」
「おい、もう少し出力抑えろよ……」
「リリナ、あつい……けど、すごい……!」
「竜娘の業炎から逃れる術なし、か」
俺は苦笑しながら残骸を見下ろした。
「ま、助かったのは事実だ。これで片がついたな」
仲間たちの呆れ混じりの反応を背に、俺はすぐに現実へと意識を切り替えた。
「よし、今度こそ回収だ。油断するなよ」
最初に取り掛かったのはキングの巨体だった。
和泉一文字を殻の継ぎ目に滑り込ませ、慎重に割り開く。
硬い外殻がカンッと澄んだ音を立て、ぱかりと外れる。
中から現れた肉は、まるで甲殻類の脚肉のように繊維質で、うっすらと潮の香りを帯びていた。
鼻先に漂った瞬間、俺の手が止まる。
「……これは――!」
「なによ?」フィリーネが覗き込む。
「この匂い……カニに似てる。いや、この甘い潮気……まるでワタリガニを茹でた後の香りだ」
リリナの耳と尻尾がばふんと立ち、目を輝かせる。
「リリナ、食べたいっ! カニってなぁに!? きっとおいしいやつだよね!」
「……カニ……はじめて聞くけど?」フィリーネは呆れたように眉を寄せた。
俺は笑いながら肉を切り出す。
「試すのは街に戻ってからだ。だが、この香りは本物だぞ」
殻虫キングの外殻、脚部、内臓周りを丁寧に仕分けていく。
和泉一文字で筋をなぞるたび、部位ごとにきれいに解体されていく様は、まるで板前の解体作業そのものだ。
余計な脂や毒袋を外し、使える部位だけをまとめて亜空間収納に吸い込ませる。
容量表示がじわじわと上がり、六百キロに到達したところで止まった。
「……よし、殻虫系で六百。残りは百キロ分だけだな」
「残りって……」
「蒼麦だ」俺は即答した。
「醤油も味噌もいいが、粉物を作るには小麦粉が要る。蒼麦は絶対に外せねえ」
俺たちは再び蒼麦の前へ移動する。
青白い光沢を放つ穂が、まるで夜明けの光を閉じ込めたように揺れていた。
「 裂磨一閃 」
和泉一文字を振るうたび、蒼麦が根元から刈り取られ、同時に精麦された粒が袋へと落ちる。
その粒は透き通るように蒼く輝き、触れただけで清涼な冷気が指先を走った。
「これだ……これが欲しかったんだ 」
俺は思わず唸る。
「和食の幅が、ぐっと広がるぜ」
収納に収め、容量を確認する。
「蒼麦百キロ。これで残りはゼロだ。満杯だな」
「ほんとにギリギリ……」リリナが胸を撫で下ろす。
「フッ、無駄なく収めたものだ」クロフィードが呟き、外套の奥でわずかに口元を緩める。
ドリスはというと、腰に手を当てて勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「ほれ見い! ワシが雑魚を焼いたおかげで、ここまで余裕で回収できたのじゃ!」
「はいはい。……まあ、助かったのは事実だからな、ありがとよ」
俺は苦笑を浮かべ、仲間たちを見渡した。
「よし、これで収穫完了。街に戻るぞ」
俺たちは光差す地上への帰還路を踏み出した。
帰還路、岩壁の合間を抜ける風が冷たく頬を撫でていた。
亜空間収納には、六百キロ分の殻虫素材と百キロの蒼麦を追加して制限の2000kg満タンだ。
俺は上機嫌で歩いていると、ふいにリリナが小首をかしげた。
「ねえ、にすけ……“カニ”ってどんな味なの? どんな料理になるの?」
その無垢な瞳に見上げられ、俺は少し笑って答えた。
「カニはな、甘みと旨みがぎゅっと詰まってて、身をほぐすと口いっぱいに潮の香りが広がる。
焼けば香ばしく、煮れば濃厚に、蒸せば上品に。
鍋にすれば身も殻も出汁になって、スープ一滴まで旨いんだ」
「うわぁ……!」リリナの尻尾がばふんと膨らみ、目を輝かせる。
「リリナ、いますぐ食べたいっ!」
フィリーネも耳を真っ赤にしながら叫ぶ。
「私だってその……ちょっとは、興味あるんだから!///」
クロフィードまで外套の奥で喉を鳴らす。
「……ぐぅ。いや、違う、これは腹の音ではない……」
ドリスも胸を張って指を突きつける。
「はよ食わせろ! ワシが焼き払った褒美をよこすのじゃ!」
俺は口元をにやりと歪め、わざとゆっくり歩みを止めた。
「ふっ……焦らすなよ」
「「「「おまえだーーーっ!」」」」
四人の声が、迷宮の石壁に木霊した。
俺たちがようやく迷宮から帰還したのは、街の街灯が瞬き始める頃だった。
三日ぶりの街の夜。酒場からは笑い声と楽器の音色が聞こえてくる。
「おおー! 夜の街とはこんなにきらきらしておるのかっ!」
ドリスが両手を広げて駆け回り、子供のように大はしゃぎしていた。
まるで竜の威厳などどこ吹く風。俺は苦笑しながら、ギルド横の訓練所広場を借りることにした。
「よし、今夜は特別だ。お前らを、最高の鉄板焼きディナーに招待しよう」
俺は腰の亜空間収納から“変幻自在鍋”を取り出し、両手で高々と掲げた。
その瞬間――
――《スキル発動:変幻自在鍋》
光が炸裂した。
眩い金と銀の粒子が夜空へ舞い上がり、鍋を包み込む。
ごぉぉ、と風が吹き抜け、宙に浮いた鍋がまるで生き物のように回転し始める。
「な、なにこれ……!?」
リリナが尻尾を膨らませて見上げる。
「ちょっとこれ派手すぎない!? だって鍋でしょ!?」
フィリーネがツッコミを入れるが、目は完全に釘付けだ。
鍋は光のリボンにほどけ、刃のような閃光が奔る。
やがて黒曜石の様な漆黒の板へと変化し、赤熱を帯びながら空中でくるくると回転した。
最後に“ガシィン!”と炉の上へと着地した。
その瞬間、火花が散り、鉄の香りと熱気が広場に溢れた。
「……鍋が……鉄板にだと……?」
クロフィードは外套の奥で目を細め、低く呟いた。
「ふふふ……!」
俺は片手でその巨大鉄板を撫で、にやりと笑う。
「これが、変幻自在鍋の真骨頂……! 鍋にして鍋にあらず、鉄板すらも支配する最強の調理器具よ!」
「……いや、言い方っ!」
フィリーネのツッコミが飛ぶ。
「すごいー! キラキラしてかっこいいー!」
リリナはぱちぱちと拍手。
ドリスは身を乗り出し、瞳を輝かせて叫んだ。
「な、なんじゃ今のはー!その変身シーンもう一回見せろ! 毎日でも見たい!」
俺は鉄板を前に、炎のゆらめきに照らされながら構え、ドヤ顔でこう告げた。
「さぁ……宴の幕開けだ!」
――鉄板が、熱を帯びて唸りを上げる。
それはまるで、この夜の主役を告げる号令のように響いた。
大きな鉄板を据え、焚き火の炎を調整する。
厚い鉄が赤く熱を帯び、やがてじゅう、と小さな音を立て始める。
それは、俺が半世紀に渡って聞き続けてきた、料理人にとっての戦の始まりの号令だった。
――思い出す。
銀座の高級鉄板焼き店で板前として立った若い頃。
緊張で手が震える中、初めて鉄板の上で牛肉を焼いた日のこと。
わずかな焼き加減の違いで客の笑顔が変わる。
それに震えるほどの喜びを覚え、俺は“料理の道”を一生かけて極めようと誓った。
今は異世界。けれど、俺の前に並ぶ仲間たちの眼差しは、かつてカウンター越しに座った客の眼差しと何ら変わらない。
期待と、不安と、腹の虫の音を隠しきれない輝き。
俺は鉄板の熱を確認しながら、亜空間収納から切り分けておいた飛竜肉を取り出した。
闇紅色の肉塊は、光に照らされるとA5ランク和牛のサシを思わせる艶を放つ。
「さて――下味だ」
まずは塩。岩塩を指先で砕き、ぱらりと振りかける。
ひとつまみの白粒が肉の表面に落ちるたび、静かに水分を引き出していく。
次に香草。迷宮第五層で採取したローズマリーに似た葉をすり潰し、肉の繊維に軽く擦り込む。
その瞬間、爽やかな香りが立ちのぼり、竜肉特有の濃厚な匂いを抑えてくれる。
「ガーリックも少し……」
刻んだ異世界ガーリックを掌で押し潰し、香油を染み込ませるように全体へ塗布する。
最後にほんの一滴、完成したばかりの醤油を垂らす。
黒い雫は竜肉の表面を滑り、香草と塩の香りに奥行きを与えた。
――じわりと、飛竜肉が呼吸するように香りを膨らませていく。
「ふっ……下ごしらえは、戦の前哨戦だ」
俺はそう呟き、手を止めた。
鉄板が今まさに白煙を立てている。
飛竜肉を載せる時は――もうすぐだ。
俺は完璧なまでに下味をつけた飛竜肉を、鉄板へ静かに置く。
じゅわああ、と爆ぜる音。肉の繊維が一瞬で収縮し、香ばしい香りが夜風に広がる。
俺はリズムを刻むように鉄箸を操り、片面にきつね色の焼き目をつけ、素早くひっくり返す。
次に雷鳥肉。ネギと交互に串に刺し、タレを垂らしながらじゅうじゅう焼く。
端ではみじん切りの異世界ガーリックを炒め、白飯と合わせて香り高いチャーハンに仕上げる。
鍋では昆布と鰹、そして少しだけ殻虫の殻を加えて、黄金の出汁スープを温めていた。
「……これぞ、和食の鉄板焼きスタイル。目の前で焼き上げ、最高の瞬間を届ける――」
俺は仲間四人を横一列に座らせ、正面に立った。
鉄板越しに見える彼らの表情。
フィリーネの期待を隠そうとするツンとした顔。
リリナのきらきら輝く子供のような目。
クロフィードの観察者めいた冷静な視線。
そしてドリスは……舌なめずりしながら今にも飛びかかりそうに身を乗り出している。
俺は目を細め、包丁の刃を軽く撫でた。
「さぁ、俺の半世紀の修行の成果、とくとご賞味あれ――」
鉄板の音、香り、仲間のざわめき。
すべてが、俺の心臓の鼓動と重なっていた。
次話へ続く――。
〜あとがき〜
にすけ「さて……鉄板も熱くなったし、仕込みも完了。ここからが本番だ」
フィリーネ「……な、なんかこう、胃袋がざわついてるんだけど。……まだ食べさせてくれないの?」
リリナ「おなか鳴ったぁ……! にすけ、はやく、はやくー!」
(もふ尻尾がばふんばふん暴れる)
クロフィード「ふむ……観察対象は“焦らし”を戦術に取り入れ始めたか。心理的飢餓感を煽り、最大限の効果を狙う……くくっ、興味深い」
ドリス「ぬああああ! 肉の匂いが鼻を直撃するのじゃ! このままじゃワシ、鉄板に突っ込むぞぉ!」
ギルド職員A「……こ、これはただのキャンプじゃない。異世界でもっとも危険な“お預け拷問”だ……」
モブ冒険者たち「にすけぇー! もう焼いてくれーっ!」「拷問やめろーっ!」
(広場は大騒ぎ、鉄板から上がる香りだけで全員が翻弄されていた。)
――そのとき。
女神アリュ・エイン「なによ、この状況! 私だってまだ食べてないのに!? 焦らすプレイとか女神にもやるわけ!? ずるいっ!」
にすけ「……おっと、ここで女神さまか」
女神アリュ・エイン「次回こそ食べるんだからね! 絶対に! というわけで――」
次回予告/女神アリュ・エイン
「第27話『究極の鉄板焼きショー開幕!味と香りの暴力に屈する夜』
……いいわね? 次こそ食べさせてよ、ほんとに!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます