第12話『亜空間収納を解放したので黒き豆と粉の源を根こそぎ集めに行きます』


迷宮の石畳を踏みしめながら、俺は小さくガッツポーズをした。

「よし、ついに来たぞ! 亜空間収納、解放だ!」



脳内にアナウンスが響く。

――【新スキル《亜空間収納Lv1》解放/容量500kg/内部温度18度固定/時間経過1/10】


 


「……これで大量仕込みも安心だな。調味料も食材もまとめ買いしても困らねぇ!」

思わず声が弾む。


 


横でフィリーネが冷ややかに腕を組んだ。

「はぁ……まるで市場の主婦ね。そんなに食材ばかり詰め込んで、どうするつもり?」



「何言ってんだ、主婦を甘く見るなよ。料理にゃ“下ごしらえで九割決まる”って常識があるんだ。仕込みの出来次第で勝敗は決まるんだ」

 

「ふん、偉そうに格言みたいに言っちゃって……!でも確かに、アンタの料理、下ごしらえからしていつも完璧よね...

だからって、べ、別に……アンタの言うことに納得したわけじゃないんだからねっ!でも……そういう芯のあるところ、男らしいと言うか頼もしいと言うかゴニョゴニョ……」


フィリーネは頬を赤らめ、そっぽを向いた。


その様子をリリナはくすくす笑いながら、もふもふの尻尾を揺らす。

「にすけの荷物がふえると……おなかいっぱいの予感がする〜。リリナ、わくわく」


「おお、いいこと言うなリリナ。腹が減っては戦はできぬ、ってな!」

俺は親指を立てる。



フィリーネは呆れたように息を吐いたが、その口元はわずかに緩んでいた。

「……まぁいいわ。どうせ放っておいても勝手に食材拾ってくるんでしょ」


俺は大きく笑った。

「もちろんだ。黒き豆と粉の源、ほぼ根こそぎ集めてやろうと思ってな。これで味噌も醤油も、小麦粉だって夢じゃない!」



リリナがきゅっと俺の袖を掴む。

「にすけ……たのしそう。リリナもお手伝いする」

もふもふ尻尾が揺れ、場の空気がほんのり温かくなる。


「おっと、頼もしい助っ人だな。三人寄れば文殊の知恵ってやつだな」


「……その“文殊”って誰よ。まさか...女?」

フィリーネが突っ込みを入れ、リリナはきょとんと首をかしげた。



俺は肩をすくめて笑う。

「要するに、仲間がいれば道は拓けるってことさ。さあ、行くぞ!」


 


三人は視線を合わせ、再び迷宮の奥へと歩を進めた。

次に出会うのは、未知の豆か、それとも小麦の源か。


どちらにせよ――俺たちの和食無双は、まだ始まったばかりだ。




――迷宮二層の奥、苔むした壁の隙間に、それはあった。

黒く艶やかな豆の房が、ほんのり光を宿している。

「……間違いねぇ。こいつが黒豆の源だ!」


俺が思わず声を上げたその瞬間――


 


ガサガサガサッ……!

通路の奥から地響きのようなざわめき。

光を反射しながら押し寄せてきたのは、硬い殻を持つ甲虫の大群だった。


 


「う、うそでしょ!? あれ全部、例の虫!?」

フィリーネが顔を引きつらせ、弓を構える。


「ざっと20はいるわよ!気をつけて!」


リリナは短剣を握りしめ、必死に震えをこらえながら俺の隣へ飛び出した。

「にすけ……リリナフラッシュで、がんばる……!」

尻尾はふるふる震えているが、その瞳は真っすぐだった。


 


俺は一歩前に出て、木刀を構えながら大声で言った。

「こういう時の事を何て言うか知ってるか!?

“窮すれば通ず”ってんだ!つまりピンチはチャンス!突破口は必ずある!」


 


「ちょっと!格言披露してる場合!? あの虫の群れ見えてる!?」

フィリーネがツッコミを入れる。


 


俺はにやりと笑い返した。

「見えてるさ! 味覚の絶対領域がもう答えを出してる!」


 


――《味覚の絶対領域》

『対象:殻虫(甲殻類系)。

急所=関節の膜部/弱点=腹下の柔部。

調理法=火で炙り、殻を砕き、身を取り出すと香ばしさが増す。』


 


「よし、弱点は腹だ! フィリーネ、双剣で脚を弾いて虫どもをひっくり返せ!

リリナはタイミングでフラッシュを!」


 


「了解!」

「リリナフラッシュ、いっくよ!」


 


殻虫の大群が牙のような顎を鳴らして迫る。


その大群を前に、リリナが一歩踏み出した。

「リリナフラッシュ!」


石の回廊が白に染まる。

複眼が一斉に眩みに捕らわれ、甲高い悲鳴のような音を立てて殻虫が足をもつれさせた。


 


「今だ!」

フィリーネの双剣が閃き、脚を正確に弾き飛ばす。

ひっくり返る殻虫が次々と腹をさらす。


 


俺は深く息を吸い、愛刀・和泉一文字を構えた。

木刀でありながら、波紋のように青白い水の粒子が纏わりつく。

女神から授かった水魔法が刀身に呼応しているのだ。


 


「清流一閃――!」


踏み込みと同時に刀を振り抜く。

水の軌跡が弧を描き、殻虫の腹を連鎖的に切り裂いた。


ただの木刀の一撃ではない。清らかな流水が刃の代わりとなり、殻を貫き、汚れを洗い流すかのように敵を薙ぎ払った。


 


「う、嘘でしょ……木刀で、こんな……!」

フィリーネが目を見開く。


リリナは尻尾をばさばさ揺らしながら「すごい、すごいっ!」と無邪気に跳ねている。


 


殻虫たちは一匹残らず水に削がれ、石畳に転がった。

俺は刀を納め、静かに呟いた。

「流水、濁りを払う……料理も剣も同じことだ」


 


――《味覚の絶対領域》

『殻虫討伐完了。

素材判定:可食部位=腹部筋肉・脚肉少量。

調理法=炙り焼き、香草粉末和え推奨。

副産物=甲殻は防具素材として利用可能』


 


【経験値+300(連携・技の進化)/累計320】


 


和泉一文字は静かにきらめきを収めたが、刀身にまだ水滴が滴るような残光を帯びていた。

俺は黒豆の房をそっと手に取り、仲間に微笑んだ。


「これでまた、ひと皿新しい和食が生まれるな」


 


──だが、この瞬間を遠くから見つめる影があった。

黒い外套が、闇に紛れて小さく呟く。


「……和泉一文字。清流を纏うか。あれは……人の武具の域を超えている......」


 


――討伐後、床に転がる殻虫を見下ろしながら俺は腕を組んだ。

「……火で炙り、殻を砕き、身を取り出すと香ばしさが増す――って脳内アナウンスもあったしな。

試さずにいられるかってんだ」


 


「はあぁ!? アンタ正気!?」

フィリーネが双剣を握りしめたまま叫ぶ。


リリナは不安そうに耳を伏せるが、すぐに尻尾をぴくりと揺らす。

「でも……にすけ、楽しそう……絶対やる……顔だよね」


 


俺はにやりと笑い、殻虫を焚き火台に放り込む。

ジュウウウウッと音が響き、甲殻が焦げる匂いが広がる。

殻を砕くと、熱で締まった白い身が顔をのぞかせた。


 


「おお……これは……」

湯気と共に立ち上る香りは、まるで焼きイカそのもの。

潮の香りと香ばしさが石造りの通路いっぱいに充満した。


 


「……な、なんで……虫なのに……」

フィリーネは顔を赤らめ、鼻をひくつかせながらも唾を飲み込む。


リリナの目はキラキラ輝き、尻尾がぶんぶん揺れる。

「いい匂い……! これ、すごく食べたい……!」


 

「くっ、醤油がないのが悔やまれるな...まぁ今はこれで我慢してくれ」


俺は一口大に裂いた身を差し出す。

「騙されたと思って食ってみな」


フィリーネは渋々かじると、目を見開いた。

「んっ……!? な、なにこれ……ほんとにあの虫なの!? いや、それ以上に味が...濃厚……!」

もう一口、手が伸びる。


リリナもぱくり。

「やわらかい……甘い……! あったかくて、しあわせ……!」

耳がぴんと立ち、頬がほんのり染まる。


 


俺は満足げにうなずいた。

「干せばあたりめ、煮出せば極上の出汁。……やっぱり素材に無駄はねぇな。

まぁ、醤油があればこれの10倍美味くなるがな」


「な、なんですって?」

「ふわわぁあ...これのじゅ、10倍もおいしくなっちゃうのぉおおお...?」




……その時。

通路の影で、黒い外套の男が腹を押さえた。


「……グゥゥウウ……」


魔王クロフィードの腹が抗えず鳴り響く。

「くっ……この私が……焼き殻虫などの匂いで……!」


だが香りはさらに濃く漂い、彼の理性を削っていく。

(だめだ……これは……完全に……においの暴力……!)


 


――殻虫を火で炙り、殻を砕いて身を取り出す。

じゅわっと広がる香ばしい匂いは、まさに屋台の焼きイカそのものだった。


「な、なんで……虫のくせに……」

フィリーネは顔を赤らめながらも咀嚼が止まらない。


リリナはほっぺをふくらませ、もふもふ尻尾をぶんぶん振りながら夢中で噛みしめる。

「やわらかい……甘い……しあわせ……!」


 


その瞬間、脳内アナウンスが響いた。


――《味覚の絶対領域》


【経験値+120(未知の食材を美味へ変換)】

【経験値+80(仲間を感動させた)】

【累計経験値:520】


 


……だが、それだけでは終わらなかった。

通路の影に潜む「黒外套の男」。

フードの奥でごくりと唾を飲み込んだ、その心の動きにまで反応が走った。


【経験値+40(謎の黒外套男の心を揺さぶった)】

【累計経験値:560】


(ほう。まだ近くにいるのか)


俺は焚き火で殻虫の身をもう一度炙り直し、串に刺す。

暴力的なまでの香ばしい煙が迷宮の通路に満ち、奥に潜む黒外套へと押し寄せていく。


 


「……っ、ぐぅぅ……」

暗がりから漏れる腹の音のようなうなり声。

黒外套の男は震える手で腹を押さえ、必死に表情を隠した。


(何だ……この匂いは……! ただの焼いた虫だというのに、抗えぬほど心を掻き乱す……!)




焚き火で炙った殻虫の香ばしい匂いが、通路の隅々にまで広がっていた。

俺は串をくるりと回し、ふっと目を細める。


「……おい、そこにいるんだろ? 出てこいよ、黒外套!」


フィリーネが驚いて振り向く。

「ちょ、ちょっとアンタ!? 誰に向かって言ってるのよ!」


リリナは耳をぴんと立て、もふもふの尻尾を揺らす。

「……リリナも、なんか感じてた……誰か、いる……」


 


俺は串を掲げ、焚き火の明かりにかざして声を張る。

「ほら、一緒に食おうぜ。リリナを助けてくれた礼もしたいしな!」



通路の奥。

黒外套の男――いや、魔王クロフィードは、フードの奥で歯を食いしばった。


(……やはり気づかれていたか。馬鹿な……あれほど気配を消していたのに……!)



鳴り止まぬ腹の虫が背中を押す。

香ばしい煙が喉をくすぐり、鼻腔を突き抜ける。

彼は壁に背を預け、動けずにいた。


(どうする……出れば、正体を知られるかもしれん……しかし、この匂い……あの言葉……“礼をしたい”だと? 人族ごときが我に……!?)


 


フィリーネは剣の柄に手を置き、にすけを睨む。

「ね、ねぇ、誰なの? まさか知り合い……?」


俺は笑って肩をすくめた。

「さぁな。けど、腹を空かせてる奴を放っておくほど、俺は薄情じゃねえんだ」



焚き火がぱちりと弾け、香りが一層濃くなる。

クロフィードの喉が、ごくりと鳴った。


(……食いたい。だが出れば……我は……!)


 


――さあ、どうする魔王?

出るのか、出ないのか。

にすけの呼ぶ声に、通路の影が揺れていた。



次話、『魔王の逡巡、出るべきか、出ないべきか』へ続く!











〜あとがき〜


―フィリーネとリリナより―


 


◇フィリーネ◇

まったく……なんであたし、あんな虫なんか食べちゃったのよ!

虫よ!? 殻虫よ!? 本来なら気持ち悪くて目も合わせたくないのに……。


でも……一口食べた瞬間、頭の中が真っ白になったわ。

あの香ばしい匂いと濃厚な旨味……まるで港町の屋台で売ってる“香ばしい串焼き魚”みたいで、悔しいけど止まらなかったの。

“魔王”だの“迷宮”だの言っても、最後に心を動かすのは結局“食”なのかもね。

……って、なに真面目に考えてるのよあたし!

ま、まぁ、アレは……にすけの手腕を認めざるを得ないわね。……悔しいけど。


ここまで読んでくれた事に感謝するわ!

もし、「この話しちょっと面白いかも」と思ったら……ブックマークや星、感想で応援してちょうだい。

それが、にすけの料理をもっと多くの人に届ける力になるんだから。

待ってるわよ!



◇リリナ◇

にすけの作った焼き虫さん……おいしかったなぁ……!

はじめは「こわい」って思ったけど、香りがふわ〜ってしてきて、

気づいたらリリナのおなかがぐーって鳴っちゃって。

食べてみたら、あったかくてやわらかくて、まるで幸せをかじってるみたいだったよ。

耳も尻尾も止まらなくて、フィリーネお姉ちゃんと顔を見合わせたら……二人とも笑ってた。

にすけって……ほんとにすごい。

でもね……まだ、あの黒いフードの人が気になるの。

“影”からずっと、こっちを見てる気がするんだ。

助けてくれたお礼を言いたいんだけどな...


さいごに、ここまで読んでくれてリリナうれしいの!

もし「もっと食べたい、もっと読みたい!」って思ってくれたのなら、感想とか星とかくれると……リリナの尻尾がもっともふもふになっちゃうよ!

ブックマークも忘れないでほしいの、お願いします!


次回予告

次は……“謎の黒外套”が、ついに姿を現すのか!?

にすけの差し出す焼きイカ的焼き殻虫、果たして食べるのか、食べないのか――。

どうぞお楽しみに!

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