Ep.1-⑦ 李央の秘密
身なりを整えた俺と
「
「あ、あぁ……」
李央と連絡を取ったらしい美亜だが、俺は内心気が気ではなかった。
何せ交際初日から一緒に並んで登校、お手製の弁当を嗜み、名前で呼び合い、そして実家にお呼ばれという男女カップルとしての怒涛の実績解除に、俺は若干ついていけなくなっていた。
世の中のカップルは、こんな速いテンポで交際を進めているものなのだろうか。それとも、恋愛知識がゲームかラノベかの二択な俺が、ただ順応できてないだけだろうか。
そんなことを悶々と考えているうちに、あまり来たことのない隣町に足を踏み入れる。
「この町に、美亜と李央さんの実家があるの?」
「はい。もう少し歩くことになりますがお願いします。というか、
「それはさすがに、気が引ける。美亜の妹とはいえ、ほぼ他人の関係なんだし」
「ふふ。それもいずれ……ということですね」
美亜の含みのある笑いに首を傾げる。李央本人からは「金輪際関わるな」と拒絶されたきりだし、やはりこれ以上仲が進展するビジョンが見えないままだ。
「あ、つきましたよ。この道の突き当りにあるのが私の実家です」
今俺たちがいるのは、住宅街を抜けて田園が広がる農耕地帯。そして、美亜が指で指し示すのは――
「……デカすぎない?」
敷地面積が俺の家の四倍ほどもある、和風建築の豪邸だった。
「私の血筋はもともと、この辺りの土地を領有していた地主の家系だったそうです。私たち家族は、その家を継ぐ祖母と一緒に暮らしてるんですよ」
「そうなんだ……。ちなみに、美亜の両親は何のお仕事をしているの?」
「お父さんとお母さんは、隣町の商店街でパン屋を営んでいます。実は別居している姉もその町にいるんですけど、今度会いに行ってみませんか?」
「もちろん。一度挨拶に伺わないと、失礼だよな」
そんな雑談をしているうちに、美亜の邸宅へとたどり着く。荘厳な門をくぐれば、木造建築特有の古木の匂いが漂ってくる。
「お婆ちゃん、ただいま」
「お、お邪魔します」
美亜は気さくな挨拶をしながら靴を脱ぎ、逆に俺はぺこぺこと頭を下げながら玄関の敷居をまたぐ。
「おかえり、美亜。おや、その男の子は?」
すると突き当りの居間のほうから、腰の曲がった老齢の女性がゆっくりと近づいてくる。
「お婆ちゃん、紹介するね。この人が
「こ、金郷力也です。美亜さんとお付き合いさせていただいてます。初めまして」
「!あら、あなたが力也くんなのね。初めまして、美亜から話はかねがね聞いているわ。何だって、
美亜の紹介に続いて頭を下げれば、お婆さんは嬉しそうに破顔する。どうやら歓迎ムードのようだ。
「美亜の初めての男の子のお友達なら、手厚くもてなさなきゃ。今、お茶とお菓子を用意するから待っててね」
「あ、待って。お婆ちゃん」
居間に戻ろうとするお婆さんを引き留める美亜。
「実は、このあと帰ってくる李央にも、力也くんを会わせたいと思っているの。お茶菓子の準備をするのは待ってほしいのと、この家に力也君が来ているのは、李央に秘密にしてくれないかな」
「あら、そう。美亜がそういうなら、私は居間で待ってるからね」
お婆さんは美亜の言い分を承諾した後、ぽてぽてと居間まで戻っていく。どうやら高齢のわりに、聞き分けがいいようだ。
「この家に力也君がいるのを李央が察知すれば、少々面倒なことになるかもしれません。ここは私が一人で帰ってきた体を装いましょう」
「わ、分かった」
そのあと俺は美亜の指示通りに、履いていたローファーを靴箱の指定された位置に隠す。それから美亜に引率されるがままに長い廊下を歩き、一つの部屋の前へと案内される。
「この部屋は、来訪された方をもてなす客間の一つです。もうすぐで李央も帰ってくるそうなので、ここでしばらく待機していただけますか」
「わ、分かった」
「その、私の部屋のほうがくつろげるかと思ったんですが……ちょ、ちょっと迂闊に見せられる状態ではないので」
「か、かまわないよ!ここで待ってる」
学校ではしっかり者で周知されてる美亜が、私室はどんな在り様になっているのか……。そんなちょっとキモイ妄想を膨らませながらも、俺は客間に足を踏み入れる。
客間は畳に箪笥、ちゃぶ台に座布団とかなりシンプルな構成になっていた。
そして美亜が出て行ってからソワソワと待機していること、十数分……。
「あら、お帰り。
「ただいま、お婆ちゃん」
「!!」
やがて玄関の方向から、お婆さんの声が聞こえてくる。どうやら李央さんが帰宅したようだ。
「李央、お帰り。ちょっと私と一緒に来てほしいところがあるんだけど、いいかな」
「……いいよ、別に。どうしたの」
続いて美亜と李央さんの会話が聞こえてくる。おそらく、俺が待機しているこの部屋に連れてくるつもりなのだろう。ドクンドクン、と心臓が早鐘を打つ。
「お姉ちゃん、力也くんとどこか行く予定じゃなかったの?」
「うぅん、一緒にお昼ご飯食べたあとは……まぁその、解散した、かな」
「……ふーーん。そう」
徐々に近づいてきている会話は、双子姉妹の気兼ねない内容だった。握っている拳の中では手汗がじっとりと溜まり、涼しいはずなのに背中を嫌な汗がつつと流れる。
ガチャリ。
客間のドアノブが動き、双子姉妹が入室してくる。
「ここ、なんだけどね」
「こんな客間に呼んで、いったい何を……」
はた、と。
正座している俺と、入室してきた李央さんの目が合う。
「……お、お邪魔してます」
わずかな沈黙の後、フランクな挨拶をした……つもり、だったが。
「…………出ていく」
李央さんはすぐさま身をひるがえし、客間を出ていこうとする。
ずきり、と胸が痛む音がした。
「ちょ、ちょっと李央。少し話でもしていこうよ」
「……最っ低。何でアタシに何の相談もなしに、勝手に連れてくるの」
引き留めようとする美亜の手を、李央さんは強めに振り払う。どうやら大層気を悪くしたようだ。
「力也くんは話の分かる寛容な人だよ。この際だから一緒に、李央も本当のことを話す機会だと思って……」
「にしても、アタシにはアタシのペースってものがあるでしょ。お姉ちゃんはそれを尊重してくれると思ったのに……何で……」
李央さんは黒いマスクをしていて表情をうかがい知れないが、しわの寄った眉間から察するに、相当イラついているみたいだ。美亜も引き下がらず説得せんと、李央さんの袖を必死につかんでいる。
「ここで一度話し合っておかないと、ずっとギクシャクしたままだよ。李央も座って、三人で話し合おう?ね?」
「力也くんはお姉ちゃんの相手でしょ?アタシは干渉するつもりないから、早くどいてって――」
「――李央さんッッ!!」
「ッ!?」
「り、力也くん!?」
双子姉妹がもみくちゃにつかみ合いをしたその瞬間、俺は半ば衝動的に、声を張り上げて李央さんの名を呼んでいた。
そして正座をしたまま、こちらを見下げる李央さんに向き直り――
「この度は、本ッ当にすみませんでしたッッ!!!」
床に両手をつき、畳にゴン!と頭を振り下ろす。
土下座――いち個人にできる、精一杯の謝罪の姿勢だ。
「!!?」
「ちょ、ちょっと力也くん!?」
双子姉妹も取っ組み合いをやめ、焦った様子でこちらに注目している……はずだ。視界は畳に面しているため、二人の表情は判らない。
「李央さんが、明らかに俺を避けているのも、嫌厭しているのも、金輪際関わりたくないと言ったのも……ひとえに俺が、階段での事故のときに、過度に李央さんの身体を触ったからでしょう。あの時俺が、もっと李央さんの身体を労わってれば、李央さんが気を害することはなかった」
「!ち、違……そうじゃなくて」
「李央さんが俺のことで癪に障るなら、俺は何度だって謝罪します。俺のことで何か気に入らない点があるなら、俺は誠意として改善に励みます。だからどうか……お願いします。美亜さんがせっかく設けてくれたこの場で、一度だけ俺と話をしてくれませんか」
そこまで述べた後、俺はもう一度頭を床に擦りつける。
「俺が美亜さんと交際する機会を手にした以上、これから李央さんとも無関係ではいられません。だから、すれ違うたびにギクシャクしたり、あえて言葉を交わさないような、そんな互いがすれ違うような空気を作りたくないんです。美亜さんの妹である李央さんも、また……俺にとってかけがえのない、大切で大事な人になるだろうから」
「…………ッ!!」
李央さんがピクリと震わせた小さな肩に、美亜の手が優しく置かれる。
「さっきも言ったとおり、力也くんは優しくて寛容で、話が分かる男性だよ。ここはひとつ勇気を出して、『本当のこと』を打ち明けようよ。だって私も、そうしたから」
「!お姉ちゃん、もしかして……あの癖のことを話したの!?」
「うん。私が重度の筋肉フェチであることを、力也くんは受け入れるどころか、私の気が病まないよう優しくフォローしてくれた。きっと、李央のことも理解してくれるはずだよ」
美亜の言葉に、こちらを見る李央の不満が募った瞳は、徐々に綻びを見せる。どうやら、対話するチャンスをうかがっているようだ。
「……あ、あのさ。力也くん、一つ勘違いしてるみたいだけど」
「!は、はい」
「……アタシ、別に力也くんに対して怒ってたり、何かが気に入らなくて、露骨に避けてたわけじゃないから」
「……?は、はぁ」
そこで李央さんはマスクを外し、素顔を顕わにさせる。やはり西洋人形のように可愛らしくも端正に整った美しい顔だ。
しかし、彼女の言い分には疑問が生じる。ならば何故、半年前階段で助けた後に「金輪際関わらないで」と線引きをし、それからも露骨に俺と距離を置き続けていたのだろうか。
「李央。そんな言い方じゃ通じないでしょ。もっと正確に、端的に伝えないと」
「だ、だって。それはその、こんないきなり……」
背後から美亜が説得すると、李央さんはポッと顔を赤らめる。さっき言っていた「本当のこと」といい、彼女にも何か人に言えない「何か」を隠し持っているのではないだろうか。
「えっと、ね。その……力也くんのことが気に入らない、とかじゃなくて。むしろ……力也くんの……が、気に入りすぎている、というか……」
「?????」
李央さんは視線をそらし、大きな胸の前で指をもにょもにょと動かしている。やはりおおっぴろげにしがたい、本人の中で「やましい」と感じる何かがあるようだ。
ごにょごにょと口をすぼめ言葉を濁す李央さんの傍ら、美亜は「見てられない」とばかりに首を振り、静かに口を開く。
「……力也くん。一つ頼みごとをしていいですか」
「は、はい。何なりと」
「ブレザーのボタンを開いて、腕を真横に拡げてください。できれば、その広い胸板も張った状態で」
「???は、はい」
美亜に言われたように、ブレザーを着崩して腕を拡げる。
これでいったい何を――とは、言うまもなく。
「どーーーんっ!!」
「ッッ!!!?」
「うわっと!!?」
美亜が李央さんの背中に手を置き、一思いに突き出した!!
李央さんはよろけた姿勢のまま勢いよく、俺の胸倉に飛び込んでくる。
俺はすかさず、李央さんに危害が及ばないようハグの体勢で彼女を包み込む。李央さんの身体の色々と柔らかい部分が、そして温もりが感じるのはあの階段での事故以来だ。
「ちょ、ちょっと美亜さん!一体全体、何の理由があってこんなことを……!」
「李央がまごついていたので、双子の姉として強硬手段に出ました。力也君なら優しく受け止めてくれるだろうという推測でしたが、やはり成功しましたね」
何故か得意げに理由説明をする美亜。
成功しなかった場合が大惨事だったんですけど……というツッコミは口の中で留めておいた。
「だ、大丈夫?李央さん、痛くなかったですか?」
「………………」
胸に顔を埋めたままの李央さんは、反応をしない。怪我もなさそうだし、呼吸は正常で意識もありそうだ。
「あ、あの……李央さん?どうして固まったままなの?」
「ス―――――――――ッ……フ――――ッ……ス―――――――――――ッ……フ―――――ッ……!!」
無反応なのが怖くなって再度問いただすが、李央さんは胸に顔を埋めて、荒い呼吸を繰り返しているようだ。
!!もしかして……俺の態度や美亜の行動が気に入らなくて、ブチギレている……!!?
「あっ!あの、李央さん……!!」
がばっ!!
「ふわぁぁぁああっっ♡やっぱり好きぃっ♡この『匂い』、凄くしゅきぃぃぃいいいっっ♡♡」
途端。
李央さんは顔を上げ、子猫のような嬌声を響かせる。
「…………んぇえっっ!!!?」
「ふふ♪ようやく、素直になれたようですね」
驚くのもつかの間、美亜は「してやったり」と言いたげな小悪魔な笑みを浮かべて近づいてくる。
「好きッ♡この匂いしゅきっ♡この汗と、肌と、もう何か……ッその他もろもろの匂いがしゅきしゅぎてッ、頭おかしくなっちゃいそうっ♡こんなたまらない匂いを正面から嗅いで、アタシが冷静でいられるわけないもんッッ♡♡ス―――――――――ゥッ、ハ―――――ッ……ス―――――――――ゥッ、ハ―――――ッ……へ、えへへへへ♡♡」
李央さんは、さっきまでの冷たい素振りから一転、蕩けた笑みを浮かべながら、俺の胸板に顔を……正確には鼻の先を擦りつけている。
「…………えーーっとぉ、そのぉ……説明、してもらえるかなぁ」
むしろ説明よりも救いを求めるような顔をしているだろう俺は、横にいる美亜に尋ねてみる。
「ふふ。李央は根っからの『匂いフェチ』で、何より
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