EP-006 特別職員要件
SCP-xxxx【“さらちゃん“と“はるくん“の日常】Object Class:Archon
特別収容プロトコル:
現在、SCP-xxxxは文字情報として記録されており、その性質上管理を必要としません。
財団の使命である確保、収容、保護にまつわる如何なる行動もSCP-xxxxに対して行われる事はなく、またその必要はありません。
20■■年■■月25日
現在、SCP-xxxxの解釈を巡って、全国の各支部において一部混乱がみられます。
根拠の無い感情論に迎合、主張することは服務規程違反に繋がります。
財団職員は、財団が掲げる理念に則り、使命を全うする義務があります。
各々が初心に立ち返り、職責を果たすべく行動する事を期待します。
本オブジェクトにおける特別収容プロトコルの詳細については“001”を参照してください。
説明:
☆☆☆
センシティブ且つ暴力的な表現が含まれている可能性があります。
職員はその事に留意の上本報告書を閲覧してください。
☆☆☆
SCP-xxxxは、本報告書における“補遺”です。
“さらちゃん”と“はるくん”については“001”を参照してください。
“補遺05は”は、“さらちゃん”と“はるくん”の対話の内容を記しています。
対話中、SCP-231について言及がなされますが、実際のSCP-231との関連性は不明です。
また、この報告書を閲覧する財団職員は事前に“SCP-231【特別職員要件】“を参照しておくことが推奨されます。
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・補遺05
貫く。
無理やり弄ぶ。
「やめて、いや」
苦痛に喚く。
うるさい。
全力で平手打つ。
震える肢体。
恐怖に引き攣った顔。
「おねがい」
無視して欲望を叩きつける。
その懇願が、僕の怒りを焚きつけるんだ。
わかるか?
お前の罪は、“お前”であることだ。
天使の皮を被った醜悪な淫魔。
……その泣きっ面は、偽善でしかない。
感情の赴くまま、髪の毛を乱暴にひっ掴む。
苦悶の声。
涙に歪む鼻頭に、愛憎の証を直接吐き捨てる。
恐怖に満ちた表情。
忌々しい。
……僕のものの癖に。
僕に媚びへつらう以外の選択肢が、お前にあるとでも思っているのか?
支配されているにも関わらず、自由だと勘違いした愚かな魔女。
お前は、一時の悦楽に尻尾を振って喜ぶただの豚だ。
これは僕からの躾。
お前にとっては至上の瞬間。
そうだろう?
「はい」
苦しみに満ちた表情を懺悔し、後悔に染まり、喜びに変わる。
まるで、地獄に垂らされた蜘蛛の糸を掴むように。
恥辱の限りを尽くされながら、彼女は微笑む。
「私ははるくんのもの」
その通りだ。
お前はただ、僕を愛し、従属していればいい。
「うん、あいしてるよ」
■■■■■■■
パチン。
聞きなれた柏手。
「さあ、目を開けて」
言われるまま瞼を開ける。
初夏の陽光が、静かに僕を染めていく。
「どんなイメージが浮かんだ?」
穏やかな眼差しで微笑む医師。
「……」
……重い何かが、背中を伝い落ちる。
さらちゃんへの陵辱。
この世の悪を凝縮したかのような妄想。
言える訳がない。
「……質問を変えよう。それは、幼い頃の記憶かい?」
首をわずかに振り返す。
「じゃあ、諏訪亭さんかい?」
ビクッと、身体が固まる。
先程の映像がフラッシュバックする。
下劣で、卑劣で、甘美な時間。
「……なるほど」
優しい笑みを浮かべたまま、何かを取り出そうと……したように見えた。
そのまま両手を白衣に沈ませる。
「今日はここまでにしよう」
お疲れ様、と言い残し、医師が去っていく。
あの先生は、いつも僕の記憶を探りにやってくる。
催眠療法と言うらしい。
1週間に必ず1回。
もう、かれこれ1年になる。
彼を憎んだ事もあれば、ほんの僅かだが楽しかった記憶もある。
最初はささやかな“治療”だった。
彼の優しさと穏やかさに、僕はほだされた。
しかし、日を重ねる毎に僕の心を抉るようになっていった。
過去を暴かれる事に嫌気が差した僕は、感情を閉じた。
僕のコミュ障は拍車がかかり、最後に残ったのは空虚な時間だけだった。
僕に対する仕打ちは段々エスカレートしていったけど、変わらない事もある。
……彼は、僕を精神病だと思っている。
好きなように思ってくれて結構だ。
赤の他人が僕の気持ちを分かるはずがない。
僕の事は僕が1番分かってる。
……一つだけ許せないのは、僕のコミュ障がここまで酷くなったのは、彼の責任でもある、ということ。
自分の喉仏を確かめる。
硬直した筋肉。
自分の気持ちも伝えられないもどかしさ。
僕は……もっとさらちゃんと話したいのに。
……少し休もう。
僕は、ベッドに身体を沈ませた。
廊下から、子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。
いつもより多い雑踏。
……今日は、祝日だったっけ。
車椅子がゆっくりと進む。
スーツ姿の男性が花束を持って歩く。
白衣を来た男が病衣姿の女性と話をしている。
ちらりと、銀色の嘴のようなものが見えた気がした。
あの医師の、柔らかな声が残響する。
目の前に焦点を合わせると、さらちゃんがいた。
「わっ」
ジャンプスケア。
「っ!!!」
視界がさらちゃんで覆われる。
全身の血流が、ドクンと脈動する。
「べろべろばあ、なんちゃって」
舌を出してはにかむさらちゃん。
「……」
さっきのイメージがリフレインする。
彼女から少しでも距離を取るように身体を動かす。
さらちゃんには申し訳ないけど、今日は帰ってほしい。
「遊びに来たよ」
心臓の鐘の音が一段と増した。
赤黒い何かが、僕の思考に纏わりついていく。
“私ははるくんのもの”
違う、さらちゃんはそんな事言わない。
“あいしてるよ”
やめてくれ。
違う!
……。
……ほんとに違うのか?
さらちゃんは、僕を愛してない……?
僕の事を何とも思っていないのか……?
“はるくんだけをあいしてる”
……そうだ。
何とも思ってないなんて、有り得ない。
彼女は僕をあいしてる。
“私ははるくんのものだから”
……そう、僕のものだ。
かわいい顔も、仕草も、その身体も。
そういえば、とさらちゃんが僕を見つめる。
「はるくん、最近顔つき変わったねえ」
さらちゃんがうんうん頷く。
僕が……変わった?
自覚は全くない。
「なんか、ビシっとしたっていうか、自信がついた感じ」
“私はただの豚”
「かっこよくなったと思うよ〜」
“はるくんのためだけの奴隷”
濡れた唇。
艶やかな瞳。
服従と恥辱
彼女の涙と汗のイメージが鼻を掠める。
「はるくんはね、自分の事すら分からなくなっちゃいそうな、そういう不安……というか幼さがあったように思うんだ」
幼さ、なんて言ってごめんね、と片目を閉じる。
幼い……?
それ僕に言ってるの?
奴隷の癖に……?
……この期に及んで、君は何も分かっちゃいないんだなあ。
君はただの畜生。
愚鈍で蒙昧な売女。
罪を懺悔しろ。
這いつくばって赦しを乞え。
僕にすがれ。
喜んで僕に“全て”を捧げろ。
「……はるくん、大丈夫?」
さらちゃんが僕の肩を揺らす。
赤く染まる視界が徐々に晴れる感覚。
いままでの渦巻く興奮と狂騒が、柔らかな言葉に少しずつ引いていく。
あれ、僕……さらちゃんに対してどうしてあんな風に……。
カーテンが薫風に揺れる。
“それはね、はるくんが私の全てだからだよ”
差し込む光が、柔らかなオレンジの照明と交錯する。
“はるくんは、もっと私を家畜のように扱うべきなんだよ”
セミロングの黒髪が、光の糸のように周囲を舞う。
透き通るような肌が、瞳が、僕の心を鷲掴む。
太陽を感じさせる温かい笑顔。
嫋やかな立ち振る舞い。
まるで、絵本の中から抜け出してきたかのよう。
それら全て……僕のもの。
“うん、私ははるくんのもの”
何かの蓋が開いていく。
どろっとした内容物が顔を覗かせる。
はらり。
彼女が下着を脱ぎ捨てる。
雲のような柔らかさ。
弾む曲線。
そうだ。
彼女は僕のもの。
「お水、飲む?」
いらないよ、大丈夫。
僕は首を左右に動かした。
「そっか、大丈夫そうで良かったよ」
豚が目を細めて微笑む。
そういえばさあ、とつぶやく。
「はるくんは私の事、どう思ってるのかな?」
君は愚かで、淫売で、僕に媚びることしかできない豚だけど……。
それは、君にとっての喜びでもあるはずだろ……?
「……あっ!そ、そういう意味じゃなくってね!私もさ!あんまり自分が好きじゃないから、人からどう見えるのか気になっただけでさ!」
あはは!誤魔化すように笑い飛ばす。
“はるくんは、私をあいしてる?”
感情が沸騰する。
……僕の愛情を、家畜如きが欲するだって?
お前が僕に、そんな口を聞いていいと思ってるのか!?
「……」
チクリと、心臓に針が刺した。
その小さな痛みが、僕の心を揺らす。
激昂が静かに通り過ぎる。
僕は……彼女を愛しているのだろうか。
僕は彼女との思い出を探る。
SCPの話で盛り上がった事。
……楽しかったし、興奮した。
髪留めをプレゼントしてくれた事。
……内心、飛び上がる程嬉しかった。
笑い合う僕と君。
彼女との楽しい記憶。
今、目の前で無邪気に笑う彼女。
僕はこの感覚を知ってる。
“彼”との幼い日の記憶と、その結末。
カッターナイフと髪留め。
どす黒い感情が再び沸き起こる。
先日死んだ、“あの男”の顔がちらつく。
君の笑顔が、軽率に僕の心を刺激する。
愛してる……。
僕が、君を……?
“はるくんは、私をあいしてるよ”
彼女の手には1万円札。
僕の右手には、カッターナイフの手触り。
酷く不快なものが背中を這う。
ベッドサイドの全身鏡を覗き込む。
自分の顔が、歪む。
気付けば、そこにいたのは“彼”だ。
“『私』は『君』にあいされてる?”
今度はさらちゃんの顔が歪んでいく。
美しい身体はそのままに、“僕”に変わる。
“彼”との鮮やかな日々が、ふいに蘇る。
……彼は、僕を愛していた?
カッターナイフに力が籠る。
“やめて、いや”
目の前の“僕”が、恐怖の色に染まる。
強い既視感と、嫌悪感の波。
どうしてあの時、“君”は僕を許してくれなかったの?
どうして“僕”は、こんなにも哀れに震えているの?
“おねがい”
……まるで、“あの時”の再現だ。
■■■■■■■
「1万円な」
え、何が?
「友達料。はるが、オレに1万円はらうの」
き、急にそんなの、おかしいよ……!
「うるせえな、いいからもってこいよ!」
彼がカッターナイフで、僕の左腕を切りつける。
薄く赤い線が引かれる。
■■■■■■■
お母さんは料理中。
お父さんはまだ帰ってきてない。
バッグから財布を取り出す。
1万円札を抜き取り、ズボンに突っ込む。
急いで元の場所に戻す。
……心臓がぎゅううう、と何かに圧される。
彼のところに行かなきゃ。
「はる、出かけるのー?」
心臓が震える。
左腕を隠す。
優しい笑顔のお母さん。
「晩ご飯、はるの好きなハンバーグだから、早く帰ってきなさいよ」
■■■■■■■
彼が嗤う
「お前ほんとに親から盗んできたの?まじで馬鹿じゃん」
下卑た声。
「お前、今日からオレの奴隷なー」
ねえ、どうして?昨日までそんなんじゃなかったのに……。
「……え、お前、自分のうざさ分かってねーの?オレが我慢して優しくしてあげてたの、わかんなかった??」
……なに、それ。
「安心しろって。これからも無視せずお前を奴隷にさせてやるから。来月も1万よろしくな」
■■■■■■■
右手がわなわなわと震えだす。
嘔吐感が込み上げる。
頭痛が脳を揺らす。
脈拍が、全身の感覚を破壊していく……。
“僕”が泣いている。
視力が遠のく。
遠くから耳鳴りがする。
ふっ、と僕の思考だけが“離脱”する。
SCP-231 【特別職員要件】。
オブジェクトクラスはKeter。
このアノマリーは、妊娠した女性達に纏わるオブジェクトだ。
この女性らが“出産”してしまうと、新生児を中心として超破壊的な大惨事が起こってしまう。
その為、それを防ぐ唯一の手段として【処置110-モントーク】が彼女らに用いられる。
この処置の詳しい内容は伏せられているが、非常に暴力的でセンシティブなことは暗示されている。
僕は、愛されたいんだ。
でも、“友情”や“愛”がどういうものか知らないから。
傷つける事しかできないから。
……だから僕は、コミュ障になったんだ。
僕の人生には、支配と服従が横たわるだけだった。
世界から一歩引く事でしか、自分を保てなかった。
そんなだから、空虚という胎盤を失った瞬間、周囲に破壊を撒き散らすんだ。
僕は……胎児だ。
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20■■年■■月06日
日本国におけるほぼ全ての産婦人科を有する総合病院、及び産婦人科クリニックが、周囲200~300mを巻き込む形で消滅するという事案が発生しました。
目撃者からは「突然病院が爆発したように見えた」との情報が寄せられています。
3~4時間の時間差はみられますが、これら全てが同日中に発生しているため、テロ等の破壊活動の可能性は低く、何らかのアノマリーの関与が疑われます。
現在、その原因ついては調査中です。
また、この被害によって日本国は深刻且つ重大な局面に立たされています。
民間人への影響は甚大であり、国内の混乱が予想されます。
これに対し、Thaumielクラスのオブジェクトの使用を検討する提案が各地でなされました。
これは、「同様の事案が今後も起きるかも知れない」との予測からきています。
現在、O-5評議会はこれを否決しています。
████████日
“我々”の仕事は今日も順調です。
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