私、呪術師。貴族の豪邸での除霊を頼まれたんだけど、じつは豪遊してたんだよね。ダリィし。でも、実際に出たんだよね、怖いのが……
大濠泉
第1話 幽霊屋敷に連泊してみた。するとーー
私がまだ駆け出し冒険者だった頃の話です。
呪術師だった私は、ソロでも効率良く稼げる
私が女性であるがゆえに、まだ実力がついていない段階で冒険者パーティーに所属するのは危険だと考えていたんです。
男性なら未熟なうちにパーティーに所属し、揉まれて力をつけることもあるでしょう。
でも、女性では、集団に所属しながら無力だと、ロクなことがありません。
炊事洗濯にこき使われたり、勝手に保護欲に取り憑かれたオトコに言い寄られたり、悪くすると貞操の危機に直面したりします。
だから、ソロでも出来る高額依頼にこだわっていたんです。
そして、ついに寝泊まりするだけで、お金を稼げる依頼にありつけました。
私は寝袋とパンを抱えて〈幽霊屋敷〉に泊まったんです。
〈幽霊屋敷〉とはいえ、もとは歴とした男爵家のお屋敷です。
ただ、主人だった男爵がお亡くなりになって、後継もなく、空き家になって一年が経とうとしていました。
亡き男爵はヤリ手で、巨万の富を築いて、商人から男爵に成り上がった人物でした。
それゆえか、その邸宅も贅沢を極めていました。
床も柱も大理石が使われて、方々に美しい装飾がなされていました。
調度品も年代物が取り揃えてあります。
規模は小さいながらも、中身は公爵邸にも匹敵すると噂されたお屋敷でした。
本来なら、すぐにでも新たな買い手がつきそうなものです。
実際、子爵様や伯爵様といった貴族の方から、さらには大商人からも購入希望があり、男爵亡き後、半年のうちに、二回も買い取られました。
ところが、子爵様の娘さん、次いで大商人の娘さんと、この旧男爵邸の住人が立て続けに行方不明になってしまったのです。
おまけに、夜中に近くを通りかかった人々が、「屋敷内で人影が徘徊するのが見えた」と証言したことから、〈幽霊屋敷〉という通称がパッと広がりました。
実際、行方不明になった娘さんが、二人とも、「誰かが呼びかける声がする」と語っていたからです。
「あの旧男爵邸には亡霊が出て、娘を
ーーと、ささやかれるようになったのでした。
貴族街を管理する部署は、頭を抱えました。
男爵邸をいつまでも空き家にしておくのは治安にも良くないし、税金も取れない。
結果、国家から冒険者組合に依頼がなされたのでした。
「亡霊はいない」もしくは「亡霊を浄化した」という実績で不気味な噂を上書きしたい、と。
ですから、駆け出しではありましたが、私が「呪術師」として、十日間、旧男爵邸に住み込むことになったのでした。
報酬は高額で、三ヶ月分の家賃ほどもあります。
私は喜んで引き受けました。
冒険者組合の
「こいつは呪術師しかこなせない依頼なんで、引き受けるヤツがいなくて、困ってたんだ。
まあ、色々あるかもしれないけど、みんな無視して」
◇◇◇
こうして、私は初めて、貴族のお屋敷で暮らし始めたのでした。
初日から何事もなく、日々は過ぎていきました。
最初のうちは、所持してきたパンを
が、豪華な家具や装飾品に囲まれると、緊張し続けるのが馬鹿らしくなってきます。
せっかく、お貴族様のお屋敷で寝泊まりする機会を得たのです。
そう開き直ったのは、三日目以降のことでした。
私は、街で新たに食べ物を買い込み、天蓋付きのベッドで眠るようになりました。
キッチンは豪華で使いやすく、お風呂までありました。
私は極上で快適な生活を送るようになりました。
それからは、呪文書や魔術書などを読み
これなら十日と言わず、一生、ここで暮らしても良いと思うほどでした。
そして、九日目の深夜ーー。
ついに、廊下の突き当たりにある奥の部屋から、変な物音が聴こえてきたんです。
(さすがは、〈幽霊屋敷〉。
あの奥の部屋から、男爵様の亡霊が出てきたりして……)
私はお屋敷すべての部屋を、敢えて調べ尽くしていませんでした。
私自身、まだ駆け出しの呪術師です。
ホンモノの亡霊や呪いと遭遇したくありませんでした。
しかも、今回の依頼は、「十日間、住み込んでも何事もなかった」という実績があれば良いのです。
ですから、たとえ亡霊が出ても、ヘタに手出しせずに、「十日間、過ごしましたが、幽霊は出ませんでした」と組合に報告して、お金だけを貰おうと思っていました。
ゆえに一番怪しい、廊下奥にある男爵様の書斎にだけは、踏み込まないでいたのです。
ところが、向こうからやって来るのなら、仕方ありません。
私は頭を振り、杖を手に握り締めました。
(私に
視線を廊下奥に向け、緊張しながらも身構えます。
しばらくして、今度は、ドンドンと、玄関ドアを叩く音がしました。
(なに? 外から? こんな深夜に、いったい誰が?)
気配はするけど、奥の部屋から何も出てきてません。
仕方なく、私は身を
すると、一人の生真面目そうな、銀髪の、眼鏡をかけた男性が立っていました。
身なりは少し
「どちら様で……」
と問う私の発言は一切無視して、眼鏡男は断言しました。
「このお屋敷に誰かいたでしょ?
いきなりの発言に、私は首をかしげました。
「いえ、私だけしかいませんよ。幽霊でも出るってんですか?」
しかし、私の軽口に、眼鏡男はまるで応じる気配はありません。
「じつは、ここはアナタのものでもなければ、幽霊のものでもない。
そう、私の物件なんです。
私が大枚払って買った屋敷なんです」
その男が言うには、この屋敷は、自分が一年半も前に、生前の男爵から買い取ったのだといいます。
だからーー、と眼鏡男は続けます。
「ここを不法占拠する者どもに、アナタも言ってやってください。
すぐに明け渡せ、とーー」
見るからに、思い詰めた、危なそうな雰囲気を、眼鏡男は漂わせていました。
「色々ある」と組合長が言っていたのは、このことなのでしょうか。
深夜でもありますし、正直、私は関わり合いたくありませんでした。
「そんなの、知りませんよ。
もう男爵様は亡くなっておりますし、このお屋敷もすでに何度も売買されてます。
ご存知なかったんですか?
苦情を言うのなら、いっとき住み込んでるだけの私に訴えるのは筋違いですよ」
私は男を追い出し、玄関扉を思い切り閉めました。
ふうと一息ついた直後ーー。
驚くべき事態が起きました。
しばらくしてから、背後より、声が響いてきたのです。
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